Act.17 奴隷闘剣士長
「そうですね、ご飯を食べたら向かいますか」
『......そうだな』
衝撃だった。あまりの意外さに、理不尽な仕方で騙し討ちにあったような気になった。
だってあの見た目だぞ!?身長二メートル越えの頭に角生やした筋骨隆々な怪物が本読んでお勉強とかどう想像すればいいんだ俺!?
熱いヤコブとやらの
本、あるいは紙を媒体とした情報の宝箱。中身は著者の物の見方や思考によるところが多いが、同じ話題について書いてある本をいくつか読めば、大体の事実は見えてくる。
情報弱者である俺にとっては、読むことさえできれば現状魔力と負けず劣らず欲しいものとなる。
『あー、そうだ、ヒナカ、俺に向かって何かしゃべってくれないか?』
「?」
『ちょいと実験が必要なんだ』
「喋るといっても......何を?」
『そうだな......この目の前にある飯を事細やかに
「......わかりました。行きますよ?」
ヒナカが俺たちの目の前にあるトレーの上に載った質素な食事について細かいことまで音声として説明してくれる。
だが俺が見ていたのは、実際はそこじゃなかった。というかヒナカには悪いが、説明の一切を俺は聞いていなかった。
では飯の説明をさせたのは何故か。答えは『口』を見ていたのだ。
世の中には読唇術という技術がある。本来は耳の聞こえない人――つまりは聾者が会話をするために生み出された技術だ。これは実用電話を開発したグラハム・ベルの父親であるメルビル・ベルが開発したといわれているが――今は覚えるために紐づけた記憶を掘り返している場合じゃない。
だが残念。ビンゴというわけにはいかなかった。
希望的観測だったが言語理解が何らかの理由によって発動されておらず、ヒナカの使っている言語が日本語だということに賭けてみたのだが......残念。ちゃんと言語理解は発動されていたみたいだ。
かつ、ヒナカが使用している言語は俺の知る言語のどれでもなかった。例えるならば、邦画を吹き替えで見た時のような違和感。それとは違って音はちゃんと距離によって小さくなっていたが、役者の口の動きと実際に流れている音声での口の動きが違うという点には変わりがなかった。
ふーむ。これは今後ちゃんと調べていかないと行けなさそうだな。
「あ――あに――兄者、聞いてます?」
『あー...ごめん、何?』
「聞いてないですね......」
『......ごめん。一つ、聞いてもいいか?ヒナカの使ってる言葉って何語?』
「何語って......帝国共用語ですよ?」
『こう...なんか正式?な名前とかはないのか?』
「私の知る限りではないですね」
なんと......どうにもこの言葉を開発した奴はネーミングセンスが絶望的にないらしい。
なるほど言語は日本語とは全く違うもの......ね。ということは文化関係もすんなりとはいかなさそうだな......将来が心配だ。
ヒナカと俺は活気にあふれた食事部屋を離れ、ヒナカの意向で寝室にきて早々に寝ころんで借りてきたという本を読んでいた。
ヤレグとやらは今日試合が入っているとのことで部屋に戻ってくるのは遅いらしい。
『それ、どういう内容の本なんだ?』
〔遊探家と虚遺物についての本ですよ。『遊探家・虚遺物大全』っていいます〕
『読めるか試してみるか......』
じっと本を見つめ格闘すること三十秒。
うーむ。分からん。
残念ながら本から情報を抽出するのは諦めたほうがいいかもな......
と思ったその時。俺は久々に自分のステータス画面をじっくり見てみることにした。
『鑑定』
名称:兄者 装備者:未登録 装具ランク:Ⅴ
種族:エンシェント・ア―ティック
攻撃力:0 魔力値:226/1000 耐久値:1500/1500
魔結晶値:4170/5050 スキル促進値:105
付与効果
魔力効率化Ⅲ 装備者全ステータス上昇極小 装備者自動回復小
付与スキル
業焔魔術:Lv.3
自己スキル
鑑定:Lv.3 晴嵐魔術:Lv.3 召喚魔法:Lv.3 地凱魔法:Lv.2 蒼犀魔術:Lv.2 金魔術:Lv.3 木蘭魔法:Lv.2 時空魔術:Lv.1 暁闇魔術:Lv.1
自己ユニークスキル
地図師 影渡り
呪い
浮遊城の呪い
…
うわひっでぇ......スキル関連壊滅状態だな。ただ元からレベル1のスキルはそのままだな。ありがたい。
だが俺がほしいのはそれじゃない。その下の詳細部分だ。
下の三コロンをじっと見つめ、ポップアップされていないスキルを呼び出す。
『ぐおっ......』
ひたすらに多い。だがこのがらくたも混じっているスキルの中にはお宝がどこかには眠っているだろう。そう信じて一番上から順に読み進めていく。
だいぶと時間が経ってしまったように思える。正直な話この作業結構つらい。だが頑張った甲斐あってか、それらしきスキルを見つけることに成功した。だがそれが発動していないということはレベルが足りないのだろう、慎重にレベルを上げていく。
五回ほどレベルを上げたところ、ヒナカが読んでいる本の七割を理解することができるようになっていた。もう二回ほど上げたところ、この世界特有の言い回し以外はすらすらと読めるまでになっていた。
スキル、ほんと便利。
〔......え?もうこれ読んでるんですか?〕
『あぁ...うん。スキルのおかげ』
ヒナカには俺が知りうる俺の身体についてのすべてを話しておいた。やはり根が真面目なのか、俺の身体をじっくりと見て何か得ようとしているようだ。
〔兄者、この宝石の下にある小さな箱は?〕
『ん?あっ』
〔?〕
『それ、多分ここで開けちゃいけないやつ』
〔......何かまずいものでも入ってるんですか?〕
『あー、色々まずいやつ......そのヤコブって人が信用できるなら、そこで見せられるかも』
ヒナカが本をぽとりと落としてすくっと立ち上がる。
「行きますよ」
『あいあいさー......』
目が爛々と光っているようにも見えてしまう。よほど興味があるのだろう。なるほど好奇心が強い......と。
ヤコブとやらがいる部屋は、ここからそう遠くないそうだった。実際近く、角を二つ三つ曲がったところにそれはあった。中で誰かと揉めているようで、どすどすと足音を立てながら扉に近づいてくる。
『これやばくない?』
「やばいですね」
『隠れるか』
「そうしましょう」
この間わずか二秒。さながら阿吽の呼吸のような会話かつ動きだった。互いに臆病なのだろう。壁にべったりとひっつき、扉が開いたときに、裏に隠れられるよう準備する。
「話になりません!あなたのことは上に報告しておきますから!」
「あーもーうっせぇな!?俺は何も知らん!逆立ちしても何も出てこん!帰れ!」
ばたんと勢いよく扉が開き、危うくヒナカが扉と壁のサンドイッチの具材になるところだったので、念動で勢いを殺す。
長い紫紺の法服を着た細長い男が、裾を引きずりながら足早に通路の奥に消えていった。
「......ヒナカだろう?入れ」
「失礼します......何かあったんですか?」
げっ。ばれてたのか。というか、どうやって扉の向こうにいた俺たちのことを感知したんだ?
ヤコブらしき男は深々とため息をつき、椅子に深く腰掛けなおす。
「あのジジイ共、俺をどうにも薬事件の犯人に仕立て上げたいようでな......どうにも上層部の何人かが向こうに買収されてる可能性が高くなってきた」
「それって......」
「ああ。野郎共、そこまでしても勝ちたい理由があるらしい」
もう一度男は深いため息をつき、今度は立ち上がった。
「まあ夜も長い。茶でもどうだ?」
「前も貰いましたけど......いいんですか?」
「丁度話し相手が欲しいと思ってたんでな。ま、ゆっくりしてってくれ」
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