Act.16 呼び出し
『ほう?』
ヒナカが言ったのは、皇帝誕生祭で勝ったチームは晴れて自由となれるということ、そしてそれを狙って沢山の奴隷闘剣士たちが最近は訓練をしているということ。
「仮に出られたとしても魔法ですぐに見つけられます。そして捕まってしまえば後は地下行坑道に放り込まれてしまいます」
とのこと。つまるところ何をしようとここから出る方法は何をしてでも勝ち残らないといけないということだ。
ヒナカと話していると何かぼんやりとした感覚が時折身体をすり抜けていく。本当にこの世界はどうなっているのかよくわからない。
「さすがにもう戻らないとまずいですね」
『ちょろまかしか?』
「私を何だと思ってるんですか。普通に訓練ですよ」
なるほど真面目だな。と思った俺がどうやらアホだった。どうにもこの娘、丁寧を通り越して不器用とも言えるほどの訓練メニューを組んでいた。今後一緒にやっていくんだったらこれは流石に変えないとまずい。
ここでは訓練ができる時間は決まっているが、その内容までは定められていない。なのでこういったミスがあるのも致し方ないことだった。
訓練始めたのが日が高く昇っている頃で、気づけばもうそれが山に隠れるような時間になってしまっていた。
ヒナカは魔法が使えない。というか元より獣人は魔法に適性が低いらしかった。もともと獣人は魔法ではなくその秀でた身体能力で狩りや戦闘を行うものであり、そもそも魔法とは縁のない種族だったそうだ。
「はっ、はっ、はあ」
『素人目だが、中々いいんじゃないか?』
「ありがと、ございます」
『そういや訓練が終わったら俺はどうなるんだ?またあそこにぶち込まれるのか?』
「そう、なりますね」
それだけは絶対に避けねばならない。うーむ、どうしたものか。
『お』
「何かいい案でも思いつきましたか?」
『うむ。では聞いてくれ。その名も――』
「そこの奴隷、獣人だ。ついて来い」
見事に話の腰を折ってくれたなそこの衛兵。まずはお前を処さねばならんな。どうやらこの衛兵はヒナカを呼びに来たようだ。衛兵の後ろには他の奴隷が五人綺麗に並んでおり、何かに怯えている様子だった。
少し不服そうにしながらも、ヒナカが衛兵の後ろに出来ている奴隷の列に加わる。
今話しかけるのは正直躊躇う。
流石にそこまで察しのいい奴はそういないだろうが、喋る腕輪が居るなんて知られたらどうされるかわかったものじゃない。
黙ってついていくのが吉か。
多様なヒトが働く闘剣場の内部は、熱気と活気に包まれていた。
時折見える外には人の住む家がミニチュアに見えてしまうほど巨大な建物が町の中心にそびえていた。
あとでヒナカに聞いておくか。
奴隷一行は日の光の差す地上とは反対の方向に進んでいく。
俺たちが辿り着いたのは、暗い――というよりかは昏い六畳ほどの小部屋。
右手にはまた下に続いている階段。その逆側には俺たちが入ってきた上に続く階段があった。
過去の奴隷の悲鳴が、苦悶が。まるで冥土へ誘う子守歌が聞こえてくるような部屋。その正面には、鉄格子で仕切られたカウンターの椅子に座っている丸々太った豚のような男が悠然と座っていた。その横には頬骨の突き出た痩せぎすのローブを着た男がそばに立っている。
下からの風が冷たい風呂敷のように体を包む。
「右から二番目の奴隷。貴様、奴隷の分際で私の居ない所で私を侮辱したそうだな?」
「――なっ!?ありません!そのようなことは断じてありません!!」
「はっ。笑わせてくれるわ。貴様がごとき薄汚い奴隷の言葉なぞ誰が信用するか。私の信頼できる部下がそう言っているのだ。そこに間違いがあるわけがなかろう?」
「ならその部下がそう嘯いているだけです!わた、私はそのようなことは一切!!」
「ほう?貴様、私の部下を侮辱したな?」
必死に反論していた男がはっと口を紡ぎ、己のしでかした大きな間違いに気づきその顔を青ざめさせていく。
「私の部下を侮辱するということはそれすなわち私を侮辱するのと同義だ。よって、貴様は地下坑道送りとする」
「ふざけるな!!お前の部下がでっち上げたただの法螺話だろう!!そんなものも分からないのかお前は!!」
「五月蠅いぞ奴隷。影で人を罵倒することしかできない卑怯者めが。私の部下は真実しか話さない」
「ふざけるな!!ふざけるなッ!!呪ってやる!!地獄の底まで呪ってやる!!ぁあっ、嫌だ、いやだあぁあぁああああ!!!」
男がどこからともなくやってきた覆面の屈強な男二人にがっちりと掴まれ、階段の下に連れていかれた。
今まで見てきた中で一番のクソ野郎かもしれない。ヒナカもこの理不尽な権力の暴力には相当頭にきているらしく、硬く握りしめた手からは血が流れ出している。
「はっはっは。これはまた嬉しい知らせだなぁ奴隷共?主人に仕える時間が増えたのだ。泣いて喜ぶべきであろう?」
「全くその通りですな。愉快愉快」
「ま、奴隷など我が財力をもってすればいくらでも手に入るのだがな。次はどういった嗜好が良いだろうか?」
「親子を買ってみるのはいかがでしょう?自分の子供を目の前で殺される親など見ものでしたぞ」
「ほう。それは中々良い案ではないか。気に入ったぞ」
「身に余る光栄にございます」
――絶対にこいつは殺す。あんなことを平気で言い放つ奴のどこに生きている価値があるのだろうか?ここにはこんなクソ野郎共しかいないのだろうか。だとすれば俺はここを後々更地にしないといけないかもしれない。
「あぁそうだ。貴様らに仕事がある。次の週、私の
そう平然と言い放ち、カウンターの左にある扉を男とその部下らしき痩せぎすの男が出ていく。
そのすぐ後に衛兵がやってきてヒナカたち奴隷を上へと連れていった。
他の奴隷たちは青ざめていたり、死んだ目をしていた。青ざめているものはまだましな部類なのかもしれない。死んだ目をしているヒトたちはおそらくこれを何度も経験させられているのかもしれない。
そう思うとどうにも不憫な感情が沸き上がってきた。
俺たちは衛兵に連れられ、俺の知らない場所に連れてこられた。どうにも部屋の中にいる顔ぶれからするに、奴隷が生活する場所だど推測できた。ここなら独り言をつぶやいても雑踏でかき消してもらえるだろう。
『さっきのは......なんなんだ?前見た野郎とは違うみたいだったが......』
「前の主人が大きな賭けに負けて私を手放したんです。それで前の主人と親交のあったあいつに引き渡されました」
『なるほどな......嫌いか?あいつのこと』
「吐き気がするほどには」
『同感』
「兄者がいま私に話しかけているのって、『念話』ですか?」
『そうだけど......それが?』
〔よかった。これで声に出さなくても喋れますね〕
『おぉう!?』
適応能力高すぎないかねこの子。ヒナカは魔術が使えない代わりに、真面目な性格を生かしてこの地下闘剣場で様々な魔術や魔法に関するありったけの書物を読んで知識を蓄えてきたらしい。
本人曰く、扱えはせずとも敵の武器を知っておくことは簡単に死なないためのコツだそうだ。
彼を知り己を知れば百戦危うからず、ってやつの理想形だな。
『というかこっちにも本はあるんだな』
「こっち?」
『あ、いやすまん何でもない。――ところでその本ってどのくらいあるんだ?ここにそんな施設あるのか?』
まさか個人所有でそれだけの本を持っているヒトはそういないだろう。こちらの本の価値がどの程度なのかは知らないが、剣や槍を使っているようじゃたかが知れてるかもしれんな。
「今度連れて行ってあげます。ヤコブさんなら信用できますし」
『すまん......誰って?』
「私に本を貸してくれたここの
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