Act.15 兄者とヒナカ
今日も朝の鐘が鳴る。
朝起きたらまずは顔と口を洗う。そして用を足して騒がしい大部屋に。
今日の朝ご飯は昨日とさして変わりはなかったが、楽しみの甘味は変わっていた。
〔......私なんで呼ばれんただろう?〕
正直心当たりが全くない。試合では普通に勝っただけだし、まさか勝ってはいけないということはないでしょ。
フォークとスプーンを交互に動かし、朝食を一人で食べ進める。
「......む」
考え事をしていたせいか、いつの間にかフォークが何もない皿を突っついてしまっていた。皿を流し台に突っ込み、部屋を出る。
〔確かヤコブさんの部屋はこっちだったっけ......〕
松明が所々を照らす陰気な通路を右へ左へ進み、辿り着いた場違いに大きい茶色の扉を叩く。数泊置いて腹に響く声が中から返ってくる。
「おう、入れ」
「...薄暗いです」
「はっはっは、言ってくれるな。ま、戦争で資源が枯渇気味だからな」
「本をおすすめするために呼んだんじゃないんですよね?」
「まぁな」
彼は闘剣場の中でも有名な読書家。それが背後の本棚に如実に表れている。
「それでだが......」
「前の試合のことですか?」
「ああ」
まあ何となく予想はしていた。内容まではさっぱりだけど、楽しそうだったら全然歓迎。
「昨日のアレだが、俺らもどこかおかしいとは思ってたんだ」
「あの生命力は異常でしたね」
「だがここの掟で割り込みも出来なかったわけだ」
ぽりぽりと頬を搔く仕草をする。
「正直戦いに細工をする奴なんざ虫唾が走るが、どうにもその線がきな臭い」
座っていたその体に見合う椅子を離れ、部屋の左にある黒炭板にのしのしと向かう。カツカツと
「上手いですね、絵」
「そうかね?俺はそうとは思わんが」
すごく上手な絵の横に、彼がこれまでわかったことなどを書き上げていく。
「さっきも言ってもらったが昨日の試合についてだ。まず最初。薬が盛られてた」
「......!」
「どこのどいつがやったのかは知らんが、まあ過激派のやつらが最初に思い浮かぶわな」
脳裏に燃え盛る炎が浮かび上がる。
「理由はいくつか挙げられるが...戦争が大きいだろうな」
「他の、理由は?」
「そう
「......ありがとうございます」
彼が席を立ち、別の部屋に向かう。私は近くに置いてあった椅子に腰かける。
「おっ」
流石にこの部屋で待ち惚(ぼう)けというのもなんだか癪なので、ぐるぐる本を眺めていたら懐かしいものがあるのを見つけた。
〔『遊探家・虚遺物大全』か......よく読んでたなあ、これ。お
分厚い革製の本を手に取り、手に掛かる重さを感じながらぺらぺらとページをめくっていく。夜は暇だし、久々に借りてじっくり読んでみようかな。
「お、いた」
『金盞花(きんせんか)のアクス 白鐘。発見した虚遺物は数知れず。敵対する遊探家には容赦をしなかったことから金盞花(ぜつぼう)の異名が与えられた。発見した特級虚遺物は以下の通り。「
「白鐘志望か?にしてもアクスさんとはな」
「趣味が悪い、ですか?」
「はっはっは。見透かされてるな。何か理由でもあるのか?」
「......見つけた虚遺物の質と多さ、ですかね」
「なるほどな」
ヤコブさんが最初に座っていた机の左にある応接机に湯煙を上げる洒落たカップをそっと置く。
「俺が世界を歩き回って集めた自家製配合茶だ。飲んでくれ」
「いただきます」
くいっとコップを傾け、お茶の香りを楽しむ。ヤコブさんは一口だけ流し込み、また今回の問題について語り始める。
「他の理由についてだが、他を狙った可能性も高い」
「有力奴隷の排除、ですか?」
「ああ。そうだとすれば敵の計画は大成功だな。目星を付けていた奴を何人か持っていかれた」
どちらにせよ、と念を押すように私に話しかける。
「何者かが水面下で動いているのは確かだ。具体的なことは出来んが、気を付けてくれ」
「......わかりました」
冷めてしまっていたお茶を一気に流し込み、お礼とあいさつをして部屋を出て行った。
*
元気にしてるだろうか、あの娘。
俺はまた嫌な思い出しかない武器庫に放り込まれていた。だが、あの後いいことが一つあった。
〔魔力が少しだけ回復したから、鑑定も自由自在だな〕
そう。彼女のおかげで魔力が少し回復した。あれから何日経ったかは分からないが、あれから一度も使われていないので、なけなしの魔力を使われるということはなかった。
それと俺があの不運な商売人にああ言われた理由がようやく分かった。何故か俺のステータス、もとい能力が大幅に弱体化されていた。
パッシブスキルはレベルの概念がなかったらしく難を逃れていたが、それに該当しなかったものは悲惨な状態になっていた。
スキルは全てのレベルが弱体化される前の三割以下になっていて、前まで鑑定で見えていたところのかなりの部分が表示されなくなっていた。
魔力に関しては状態が一番酷く、元の五分の一まで減ってしまっていた。もちろん持っていた魔力ではなく、そもそも溜められる量がそうなってしまっていた。
正直泣きかけた。かなりガチで。涙腺はないけど。
重い石の扉が地面をする音が俺の耳に聞こえてきた。
「......いますか?」
まっとうなヒトが誰もいないであろう部屋にこんなことを言う確率はほぼないだろう。
『出してくれ......』
「あ、いた。訓練、付き合ってください」
『くん、れん?』
「そうです。ほら、行きましょう」
彼女が素早く俺を見つけ出し、そのまま外に連れ出してくれる。久々に見る空は青かった。というか奴隷って一応訓練はしていたんだな。
彼女はそのままほかの奴隷であろうヒト達が訓練しているところを通り過ぎ、早足にここの敷地であるという森へと向かった。
『......前は使ってくれてありがとう。お陰であそこから少しの間だけど出ることができた』
「いえ。こちらこそ、助けてもらいました」
『今後君に俺を使う気があるのかは――』
「あります」
即答だった。何かやりたいことでもあるのだろうか。
「あなたには助けてもらいましたし......すごい、戦いやすかったです」
『そりゃありがたい。一応魔法は使えるし、君を助けることもできる......と思う』
「......」
『俺としては君に使ってほしい。けど前みたいに何もできないまま時間だけが過ぎるのは嫌なんだ』
だがこれは、裏を返せばあの怪物たちと戦うことを意味している。だが、これはあんまり意味はないかな。
「もちろんです。目標が、あるので」
『聞いてもいいか?』
「白鐘に、なりたいんです」
聞けば、彼女の育ての親がそうであったらしい。
『絶対にか?』
「絶対、ならなくちゃいけないんです」
聞けば、彼女は孤児だったらしい。母親はヒナカが小さい時に倒れてしまい、父親も行方知らず。あてもなく路地裏でいつ死ぬのかもわからない生活をしていた時に、彼に拾われ、彼の経営する孤児院で育てられたらしい。
彼女はそんな彼に追いつこうと、十二のときに孤児院を出て、旅をしていたがその道中で奴隷商人に捕まり、四年もの歳月を経て今に至るわけだ。
『よし決めた。絶対に白鐘にしてやる』
「いいんですか?」
『もちろん。......そうだ。名前、まだ聞いてなかったな』
「名前は、ないです」
何があったと聞くのは野暮かもしれないが、そこはちゃんと確認しておきたい。
『......何か、あったのか?』
「――奴隷契約で、取られました」
どうにも契約をより強くする魔法があるらしく、奴隷に関しては主人への反乱がほぼ不可能になるうえに売るときに便利にするために名前は取られるそうだ。
どこで聞いたかは忘れたが奴隷は「個性」を取り上げるのが反逆を防ぐためには有効だという話を聞いたことがあったな。しかし、名前がないとどうにもやりづらい。
『どうする?前の名前は覚えてるのか?』
「ヒナカ、です」
ヒナカ、か。飼ってた犬の名前のまんまとはな。数奇なこともあるもんだ。
『なるほどね。よろしく頼む、ヒナカ』
「ほんとに、いいんですか?」
『だめなのか?』
ふるふると首を横に振る。それにはどうして守ってやらねば、という感情を沸かせるものだった。どうにも愛らしい印象を与えるのが得意らしい。
はっと我に返り、ヒナカが放った次の言葉は結構返答に困るものだった。
「あなたは、何て呼べばいいですか?」
『あー、そうだな......』
決めてなかった。向こうでの名前は何故か覚えていないし、かといって人と喋ることがこれまで一切なかった。こうなるならもっとかっちょいい名前とか考えとけばよかったか?
『うーむ......』
「名前、ないんですか?」
『......はい』
「じゃあ、私がつけます」
そういってヒナカがうーんうーんと唸り始める。その考える目は真剣そのもので、妥協を許さないようだった。
「あっ」
『お?』
「決めました」
『なんだいなんだい』
「兄者」
『うん?』
「兄者」
『......理由は?』
「私を、助けてくれたから」
『他候補は......?』
「ないです」
〔名称:未登録から兄者へと移行...
おう久しぶりナレーターさん、じゃなくて。まじか。......まあいいか。本人が呼びやすければそれに越したことはない......と自分に言い聞かせておいた。
『それで?これからどうするの?』
「まず、この闘剣場を出ます」
『逃げるのか?』
「いいえ」
きっぱりと言い放った。
「次の皇帝誕生祭で、勝ちます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます