Act.12 奴隷の少女
ここ闘剣場に囚われて早数週間。ここには毎日たくさんの奴隷闘剣士がトレーニングのために各々の得物を取りにやってくる。まあそのほとんどは週末にはここには戻ってこなくなるのだが。
皇帝誕生祭がもう間近に迫っているのか、毎朝開かれる扉の向こうからよくその単語が漏れ聞こえてくる。心なしか戻ってこない闘剣士の数も減ったように思える。
どうやらここの闘剣士達のまとめ役はヤコブという
このアリーナには自分の主人に戦いの報酬を全て献上しなければならない
前者は基本戦えない男たちや、市場価値が低く付いてしまった亜人たちがよく流れついてくる。だが後者には白鐘とまでは行かないものの、かなりの強者がお小遣い稼ぎの感覚でここに定期的にやって来ているようだ。
もちろんここには賭博の概念も存在し、それは基本戦いの勝敗に賭けられている。ヤコブはその筆頭らしく、直近百戦では負けなしの大ベテランのようだった。
だが最近奴隷闘剣士に、自分は北方の国の王だと言い張っている大男が入ったらしく、意外にもここ最近の戦いで好成績を残しているようだった。これは過去の同時期のヤコブの成績を上回っているらしく、巷ではヤコブvs大男の戦いが近日中に行われるだろうという噂も流れているらしい。
ま、雑魚アイテム認定されてる俺じゃ出番はないだろうがな。
*
今日も武器庫の扉が開く。
今日の武器庫の訪問者から見るに、この後闘いがあるのだろう。入ってくる男たちは例外なく鎧、と言っても闘剣士用の腕だけの鎧なのだが――を身に着けていた。この武器庫には沢山の武器や恐らく何らかの付与効果のある装飾品が転がっている。
よく使われるものは大体入口近くに置いてあるため、今俺が居る奥の方までやってくる物好きは少ない。
だが、今日はそうでもなかったようだ。珍しい、亜人の少女。彼女はその中でもケモ耳に分類されるものだった。闘剣士なのだろう。腕には闘剣士の証である腕鎧が装着されている。
そう、ケモ耳。KEMOMIMI。この世の至宝である。何人たりともこの至宝を傷つけてはならない......
正直こんな娘(こ)に装備してもらいたい人生でした......だが、今は非常に残念なことに彼女に話しかけることができない。
見た目は十五歳から十七歳といったところだろうか。だが正直よくわからない。獣人が人と同じ速度で成長するかどうかさえ怪しいのだ。だから見た目ほど若くないかもしれないし、その逆もありうるかもしれない。
ま、予想するだけ無駄ってことだな。
ケモ耳っ娘は部屋の奥まで隅々まで見て自分の武器を探しているようだった。すでに彼女はメインの武器は確保しており、サブの武器かマジックアイテムを探しているようにも受け取れる。
だが自分の思ったものは見つけられなかったのか、武器庫から立ち去ろうとする。出来れば外に連れて行ってほしかったんだがな。ま、思うだけもう無駄なのかもな。
「......?」
ふと少女が足を止める。彼女は何かに引かれるようにしてこちらに来ている。そして、部屋の奥に辿り着く。
「......」
俺の派手な姿が目についたのか。ヒト寄りの手で俺を取る。
『っ!!』
なんだこの娘。魔力の量がおかしい。いや、正確には生成量が尋常じゃない。魔力の溢れてる今なら多少は魔術が使えるかもしれん。もうこの際だ。
『......頼む。俺を、連れて行っちゃくれないか』
「......え?声?」
『君が今持ってるその腕輪が喋ってる』
「......は?」
『他に頼れるヒトもいないんだ。頼む』
扉の向こうから彼女を急かす声が響いてくる。目に見えて彼女が戸惑い、焦っているのがよくわかる。
「っ~~、誰だか知らないけど、死んだら元も子もないですからね!」
知ってる。だからついていくんだよ。どうやらこの娘は割と礼儀が正しいようだ。俺を右手にはめ、扉の外に駆け出していく。
試しに少女を鑑定してみる。
名称:無し レベル:6 クラス:奴隷剣闘士
種族:獣人・猫亜種 精神状態:警戒 年齢:16歳
使用武器:ストゥトゥムの片手半剣
HP:77 MP:131 SP:64
天命力:65 筋力:59 敏捷:112 知識:106 魔力:209 カリスマ:71 判断:61
スキル
剣術:Lv.2 剣技術:Lv.2
…
ユニークスキル
暗視
着用装備:名無し、ストゥトゥムの腕鎧
剣術のレベルは二。正直ここじゃあってないようなもんか。が、俺を装備してくれりゃ何とかなるかもな。
少女は走り、鉄格子の前に辿り着く。鉄格子の周りには、二十人ほどの闘剣士が闘いに向けて待っていた。
その多くは身体が震えていたり、足がすくんでいたりしている。だがこの少女はその限りではなく、しっかりと前を見据えて立っていた。
ギギギギ......
鉄格子が開き、烏合の衆が闘技場へと駆り出される。闘技場の反対には、五つ鉄の檻が設置されており、中で何かが暴れているようだった。とりあえず真ん中の奴を鑑定してみようか。
名称:キロラプトル レベル:16 種族:魔獣・北地竜 状態:薬漬け
HP:218 MP:30 SP:81
スキル
突進:Lv.3 竜戦闘:Lv.2
…
まあ魔術スキル系はほぼないか。薬漬けて。まぁ調教するのに必要なのかもしれんが......
今日の闘いの登場人物が全員出揃ったことで、観客の歓声がどっと上がる。
「さァ今日の
無駄に耳にまとわりついて離れない男声の実況。
「始めッ!!」
ガコン、と恐竜の入った檻が勢いよく開き、固まって動けない奴隷闘剣士たちの中に突っ込んでくる。
「ひぃいぃいいいっ!!」
「く、来るな!!来るなぁあっ――」
「きゃあぁあぁぁっ!!」
阿鼻叫喚の極みであった。最初に狙われた男は、恐竜に胴体を噛み砕かれ、くるくると宙を舞っていた。突っ込んできた五頭はまともに戦えない闘剣士たちを一蹴し、血祭りにあげる。このままだとまあ持って五分といったところだろうか。
少女はそんなところからいち早く逃げ出し、攻撃のチャンスを窺っているようだった。他にもちらほら集団から抜け出し、戦闘態勢を整えている奴らが見受けられる。烏合の衆と言っても多少なりともできる奴らは入っていたようだ。
「ウラァアアァアァアア!!」
集団から抜け出した奴らの中では一番大きいであろう男が、その巨体に見合った両手戦斧を抱え、恐竜の一匹に吶喊する。
「ウォオォオオオッ!!」
わお。以外にも能筋スタイルも行けるのかこの世界。
巨漢は恐竜の一匹を一人で足止めしている。が、完全に腰の抜けた闘剣士たちは、立ち上がることすらままならず、酷い者は地面に水たまりを作ってしまっている。
グンッ
『おうっ』
少女が行動を開始したようだ。他に抜け出していた者たちも、それぞれの恐竜に当たっている。
残ったのは素人と思しき闘剣士十数人程と、いち早く少女含め集団から抜け出した五人か。
「しっ!」
少女が恐竜に
「ギュロッ!」
『あぶねっ』
恐竜が胴体を狙って噛みつこうとするが、念動で少女の無い胸に見えない障壁を作る。が、やはり性能が落ちているようで、身体が数メートルほど飛ばされてしまった。
『すまん』
「いえ......ありがとうございます」
観客はあちこちで繰り広げられる血みどろの戦いに熱狂し、その歓声は地震が起きているのではないかと錯覚してしまうほどだった。
ようやく現状を飲み込んだのか、その場にうずくまっていた闘剣士たちが徐々に立ち上がってきていた。
が、素人の行動はいつだって単純明快である。
「あ、......あ、あっあぁああっ!」
無謀にも、最初に立ち上がった男が別の恐竜に突っ込んでいったのだった。
『ちょっ......』
どうにも彼らの脳は恐怖を通り越してしまったようだ。次々に闘剣士たちが恐竜に突っ込んでいく。
が、結果は火を見るよりも明らかだった。戦闘を支援することはおろか、各々の武器を振るっていた五人の邪魔になっていた。
辺りは一面血の海と化し、その屍(しかばね)が死にまいと必死に戦っている闘剣士たちの足を引っ張ってしまっている。
「残るは五人!!闘剣士たちは、この危機的状況を、打開できるのだろうかッ!!??」
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