Act.11 闘剣場
俺は今、非常に機嫌が悪い。それはなぜか。これは至極単純かつ全ての人々にも当てはまることだ。
簡潔に言おう。俺は今、この武器庫の部屋の中、微動だにすることができない。そして、魔術はもちろん
......ここまで至った経緯を非常に分かりやすく反芻すると、三つの問題が俺をこんな状態たらしめているのだ。
まず一つ目。浮遊城から脱出する際、俺はその時保有していたすべての魔力を喪失した。これはどうやらあのふぁっきn――失礼。あの愛すべき浮遊城のはた迷惑な最初のトラップだったのだ。これのおかげで発動させようと思っていた念動もすべてキャンセルされ、地上まで真っ逆さまだったというわけだ。
二つ目。真っ逆さまに地上に落とされた俺だったが、幸い身体がそこまで脆くはなかったのと、積りに積もった雪のおかげで何とか落下デッドエンドは避けられたようだった。
だが問題はそこで終わってはくれなかった。あの時の俺は、魔力は勝手に回復するものだと勘違いしていた。
どうやら俺はシェオール内部でのみ魔力の自動回復が可能だったらしく、あそこから一定の距離以上離れると魔力の自動回復が打ち切られる仕様だったらしい。
このいかにも初見殺しなダンジョン特性のおかげで、俺はそのあと雪解けの季節まで雪に埋まったままだったのだ。
だが幸か不幸か俺はこの世界の商人らしき人物に拾われた。この商人は俺が中々いい見た目をしていたので、これは高く売れるぞと思ったらしく、ご丁寧にも動けない俺を彼の目的地まで連れて行ってくれた。
これはただの予想なのだが、あの時彼が喋っていることを理解できたのは、とあるパッシブスキルのおかげなのではないだろうか。
最初こそ見くびっていたが、言語理解とかいうスキルがあったのを何となく覚えている。あの時確認したパッシブスキルの中には念話や念動などもあったが、今は使えない。
憶測の域を出ないが、おそらくパッシブスキルには発動に何らかの条件が必要なものと、そうでないものがあるのだろう。
念話や念動は前者で、言語理解は後者なのではないのだろうか。
詳しいことはまだよくわからないが、魔力が戻った暁には徹底的に検証する必要性があるだろう。
そして三つ目。これはどちらかというと俺の
俺は商人に拾われた後、二、三日後にその商人によって売り飛ばされた。だがその商人は思った以上に俺の価値が低かったことに落胆していた。
その時に分かったことが、どうやらこの世界には俺の鑑定に似たような能力を持つ道具が存在しており、使用者や対象の物のステータスを確認することができるのだ。
俺はそれに掛けられ、それこそ「鑑定」されたわけだ。
俺を鑑定に掛けた大柄の男は、「ランクと耐久値は申し分ないが、付与スキルせよ付与効果にせよこのランクにしては弱すぎる。これじゃどれだけ高く見積もっても銀貨十枚だ」、と商人の男に告げた。
ここで分かったのが、この世界には貨幣制度がちゃんと普及しており、かつ俺のステータスが大幅に悪化、もしくは軽視されていることだった。
前者はこの世界を知る上で非常に重要な事だが、俺からしたら後者の方が圧倒的に衝撃的だった。
軽視されているとすればこの世界のパワーバランスがかなりおかしいことは容易に想像がつくし、悪化していてもそれはそれでかなりやばい。
結果として俺は数日間大柄の男の店に商品として滞在することになった。商売をしている所に少しの間でも留まれたおかげで、この世界についてかなりの情報を得ることに成功した。
まずこの世界にはさっきも言ったとおり、貨幣制度が普及している。しかもかなり広範囲で。基本は金貨や銀貨といった硬貨が使用されており、その流通量も中々といったところだ。
そしてその貨幣を使うのは人間だけではないということ。もちろん馬や牛といった意味ではなく、亜人――いわゆるケモ耳やエルフ、ドワーフなどと言ったファンタジスティックなヒトたちがそれを使っているということだ。だがその絶対量はここでは少なく、およそ人間百人につき亜人一人といったところか。
そしてこの国は皇帝制をとっており、つまるところ帝国と呼べるということ。これは近々皇帝の生誕百五十周年祭があるらしく、そこから推測した事だ。そしてその祭りに向けて他国と戦争を起こしているということ。
......ここだけだと信じたいが、ここには奴隷制が確実に存在している。俺が陳列されたのは窓際の外が見えやすい場所だったので、様々なヒトが店の前を通りすぎていった。
中には手と首を鎖に繋がれ、
戦争奴隷とみられる列の中には、人間に混じって亜人がかなりの割合で存在していた。一つ奇妙だったのは、エルフやドワーフといった類の亜人はほとんど列にはおらず、亜人のほとんどは獣人にカテゴライズされるヒト達だったということ。戦争相手が獣人が多く暮らす国なのかもしれない。
この数日間で得られたのはそれぐらいか。いや、もう一つあったな。
ここでは「遊探家」と呼ばれる職が存在する。もちろん道楽などでは全くなく、自らの命を賭けて一攫千金を狙う者たちの就く職業だ。だが、この遊探家という職業は時に「白鐘」と呼ばれる怪物を生み出すことがある。一騎当千、向かう敵は鎧袖一触。たった一人で国家間のパワーバランスを崩しかねない存在と言われている。
今回の戦争にはどうやらこの白鐘の一人が出ているらしく、手っ取り早く隣国を潰して祭りのために国家内の物量を増やそうといった狙いらしい。
これだけでもこの世界がいかに馬鹿げているかがよく分かる。他国侵略に奴隷制。これじゃ向こうの歴史と大して変わらんじゃないか。
だが現実とはいつだってそんなものだ。もう認めるしかないのだろう。
俺がこの店に滞在できたのは数日。その数日後に何が起きたかというと、大柄の男の店が強盗によって襲われたのだ。犯人は複数犯で、なおかつここの襲撃は計画されたものだったらしい。
夜も更けたころに強盗はやってきて、手早く男をナイフで殺害、残った男の妻と子ども二人を睡眠薬か何かで眠らせ誘拐。ここまで三分とかからなかった。そのあと強盗犯たちは店にある金目のものを全て掻っ攫い、静かに夜の街に消えていった。
この時掻っ攫われた金目のものには、当然俺も含まれていた。
このとき誘拐された男の妻と子ども二人の行方はもうさっぱりだ。奴隷制の存在するこの国じゃ、どうせろくな目には合わないだろう。
そして店から掻っ攫われた俺たち金目のものは、町の中心部にある
それが、俺の今置かれている状況。俺は、この闘剣場の貸し出し武具として部屋の一角に置かれている。
この闘剣場は、さながらイタリアのコロッセオの異世界バージョンといったところだ。奴隷に身を落とした者たちが、闘剣士として命を懸けて主人のために金を稼ぐ。そこで敗れた者には死か、もしくはろくでもない道しか待っていない。
闘いは五日間隔で行われ、ここから出て行ったっきり帰ってこない奴がほとんどだ。奴隷は基本的に戦いに秀でた者がなるものではない。そういった奴は大概戦地で命を落とすか、捕まっても自害してしまうからだ。
つまるところ、ここにいる奴らはほぼ血を見せるためだけに存在しているということだ。
一人の男が松明を片手に部屋に入ってくる。こいつはそこそこできそうだが、ここじゃそこそこなんて喰われるまでの猶予を伸ばすことぐらいしかできない。
コイツは運よく俺を見つけ、最期の戦いのお供にしたいようだった。
男は部屋を出て、錆びた槍や刃の欠けた剣を持つ仲間のもとに向かう。鉄格子の向こうには広大な処刑場が広がっており、その上の安全な場所に血を見に来た観客どもが雁首並べて闘い、いや、虐殺を心待ちにしている。
そして今夜の
結果はもちろん闘剣士達の敗けだった。そりゃそうだろう。素人集めて武器を渡して「はい、あの魔獣倒して来い」なんて言っても結果はわかりきっているだろう。
それが、俺の今の日常だった。
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