Act.09 決着
『
はてそんな言葉を聞いたのは三十分前か、はたまた三時間前か。もう時間感覚があやふやになってきているような状態だった。
巨大な鎧を着た骸骨はその身に余る俊敏さを発揮し、大振りな剣を俺に数回も掠らせていた。
だがなんとか避けたと思ったのも束の間。間髪入れずに悪魔が骸骨の身体をつたい、跳躍して俺に攻撃をけしかけてくる。
正直防戦一方だった。反撃のために魔術を構築しようとするも、骸骨と悪魔の連携プレーによってその
「どうした兄弟?こっちはあの後一回も攻撃を食らってねェぜ?」
『キッツいなぁ。流石十一層のボスなだけはあるか』
「そう言ってもらえて嬉しいぜェ......業炎魔術、第四章四頁
悪魔が発動したのは四章の魔術。威力は並みだが、安定している。
それだけならよかったのだが、その魔術に込められている魔力の量が尋常じゃない。威力は最低限の魔力で発動した時の十倍ほど。
その威力は最大限低く見積もっても六章半ば――下手を打てば七章にも劣らない威力になっているだろう。
急いでこちらも対抗魔術を構築。今回は骸骨の妨害を退けられることができ、、そこそこの威力の魔術が発動。何とか相殺できたようだ。
だがジリ貧なのに何ら変わりはない。今ならさっきの魔術で悪魔の視界も遮られてるし、ここで何か仕掛けるしかない。
『
主戦場とは少し離れた場所に、悪魔が骸骨を召喚した時と同程度、もしくはそれよりも大きい魔法陣が生成される。
魔法陣から現れたのは、骸骨に勝るとも劣らない大きさの怪物。手にはその体に見合った黒く捻じ曲がった棒を携えており、肩には左右合わせて六本のとんがりが乗っかっている。
「ウ゛ォオ゛ォォォオ゛ォォォォォオ゛ッ!!!」
部屋全体を揺らす咆哮を放ち、巨人が棒を片手に骸骨目がけて突っ込んでいく。
「オイオイ!なんだあのでっけェ野郎はよォ!!」
『さぁな!!俺にもわからん!!』
ブラフじゃないのが実のところだ。今まで大して気にしてはいなかったが、この部屋の中には大量の死体が転がっていたのだ。悪魔が出現した瞬間に一緒に出てきていたので、あれが持っていたのだろう。それを利用させてもらっただけだ。
巨人と骸骨の頂上決戦をよそ目に、これでまた
骸骨がいるならともかく、悪魔と俺の戦闘能力はどっこいどっこい。互いに専門分野は違うが、向こうには軽快に動き回れる身体、だがこちらには悪魔を凌駕する魔力と魔術の多彩さがある。この違いをどう戦いに活かせるかが勝敗の鍵になってくるだろう。
「他所見してる暇なんざねェぜ兄弟ッ!!」
突如悪魔が俺の下から現れ、重い突きを放つ。もろに食らった俺は耐久がごっそりと持っていかれ、耐久残り半分あるかないかどうか。
というか、あいつ何を使ったんだ?鑑定の時にそれらしいスキルは無かったーー
仕方が無い、作戦変更。もう出し惜しみなんざしてられねぇ。もうここで一気に叩くしかない。
〔......魔力はさっき使って残り半分強。やるしかないか〕
巨人に供給する魔力を半減させ、術を構築する時間を稼ぐ盾になってもらう。悪魔も俺が強力な魔術を構築していることに気づいたのか、咄嗟に骸骨の裏に隠れる。
時間にして五秒程。だが戦闘中の五秒なんてそれこそ殺してくださいと言っているようなものだ。
悪魔も魔術の構築を終えたらしく、息を潜めてこちらの隙を突こうと待っている。
だがそうはさせん。
「ウギャァアァアァッ」
巨人に悪魔が隠れている骸骨に攻撃命令を出す。だが悪魔はそれを織り込み済みだったらしく、難なく骸骨から脱出する。だが悪魔の顔はいまいちぱっとしない。
こちらも巨人を
「暁闇魔術、第三章二頁
先に動いたのは悪魔。恐らく演算かそれに似た類のスキルを持っていたのだろう。
黒い炎を纏う浮遊物を七つも生成し、こちらに飛ばす。
こちらも負けじと火爆弾を同数生成し、黒球にぶつけ相殺する。
――さて、もうそろそろか。
『業炎魔術、第十章一頁
最高位魔術の同時発動、吉と出るか凶と出るか――
『
そしてそれとほぼ同時に悪魔も彼の持ち得る最大の魔術で対抗するも、魔術の
だがあくまで相手は十一層の守護者。保険をかけておいてもいいだろう。
『
悪魔がいるであろう場所で、爆音とともに瓦礫が盛大に飛び散る。
この仕掛けの正体は解術式の魔術地雷。この保険を掛けるためにどれだけ気を遣ったことか。
爆発が収まった後に部屋を満たすのは静寂。やったか?
「ぐェえ......流石は兄弟だなァ......腕の半分持ってかれちまッたな......」
ちっ......あれでやれないのか。
ふと悪魔を見て気づく。明らかに先ほどとは様子が違う。恐らくは狂鬼化――嫌な予感がするので咄嗟に鑑定を発動させる。
名称:
HP:2050/6197 MP:1493/4812 SP:75
スキル
剣術:Lv.9 剣術技:Lv.10 業焔魔術:Lv.10 晦冥魔術:Lv.9 暗黒召喚魔術:Lv.10 空間魔術:Lv.8 体術:Lv.8
…
ユニークスキル
黒妖炎 シェオールの加護 影渡り 悪魔の王 欺きの達人
シピアルスキル
狂鬼化(発動中)
絶句した。狂鬼化の大まかな予想は当たっていたが、正直ここまでとは思っていなかった。基礎ステータスは二倍、魔術に至ってはレベルが倍近く上がっているものや、そもそも前の鑑定では見当たらなかったものが何十個と増えている。
「あァ......前には無かったスキルがいっぱいある......って顔してんなァ、兄弟?」
『......』
「沈黙は肯定と捉えるぜェ。ま、スキルの一つだと言ッておくぜ。詳しく知りたいんだったら俺ちゃんを
『――ッ!』
まさか、見られていた、のか?
「その答えは
思考までッ――!?
急速に加速する思考に、身体が追い付いてこない。何故予想しなかった?何故考えようとしなかった?
悪魔がにやにやとこちらを見てくる。まさか、最初の会話すらもすべてブラフだったのか?
「あァ、それについては嘘は言ってねえぜェ。兄弟とのハナシ、楽しかったぜェ?」
使う魔術も戦法も全部筒抜け......詰みか。
「そうとも言えるなァ。兄弟には悪いが、ここでくたばってもら――」
『なんてな』
「あァ......?」
悪魔でもイラついた時の顔と反応はヒトと大して変わらないんだな。ま、お前風に言うとするなら――
『
「ならやってみろよォ兄弟!!」
正直今の俺じゃ悪魔の動きは目で追えない。だが、多少なりとも苛ついて冷静な判断ができない今なら。
『
「ッ、うおぉあぁアぁァっ!?」
掛かった。俺の真下に捕縛系の術が設置されており、それに悪魔は自ら飛び込んでいったのだ。継ぎ早に業炎魔術を構築。
今度は――逃がさんぞ。
『業炎超級魔術、第一頁
巨大な蓮の花が術者たる俺の真上に雄大に咲く。だが、その蓮から繰り出される一撃は無慈悲だ。
「晦冥超級魔術、第一頁
超級魔術の戦い。ここまで来たらもうどちらが勝つかなんて分からなかった。だが徐々に、そして確実に蓮の炎が悪魔に迫り、とうとう彼の半身を飲み込んだ。
かつーん、と広い部屋に金属と石が当たる乾いた音が響く。もう気力も魔力も限界だった。
「はっはァ......どうやら、俺ちゃんの、負け......らしいなァ」
『どうだかなぁ......止め刺す魔力すら残ってない奴にどうやって負けるってんだ?』
「放っといても俺ちゃんもう死ぬしなァ......あァ、俺ちゃんの魔結晶、もちろん持って行ってくれるよな?」
『あぁ。お前が使ってた剣もいいか?』
「あァ。欲しいもんは全部持ってい行ってくれていいぜェ」
『すまんな、恩に着る』
あァ、もう一つ、と悪魔が言う。
「これは出来ればでいいんだが......この
『分かった。何か他には?』
「ねェぜ......ありがとよ、俺ちゃんと戦ってくれて。お陰で後腐れなく逝けそうだぜェ......」
『そりゃよかった。心残りでもあって呪われちゃ堪らんからな』
「はッ......そりゃねェぜ兄弟よォ......」
それが悪魔の最後の言葉だった。慕う人亡き後仲間と一緒に頑張ってきていたが、もう長い間ずっと一人だったのだろう。その顔は満面の笑みを浮かべ、ただ安らかに眠っているようにも見えたのだった。
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