Act.08 門番

目の前に立ちはだかるのは高さ10メートルはあろうどでかい石の扉。その両側には精巧なレリーフが彫られており、製作者の美意識が滲み出ているようにも思える。


 俺の姿を認識したからだろうか。扉が勝手に開き始める。


 このデカさだから扉が地面を擦る音だけで何か起きそうな気がしていたが、思いの他静かに開き、どうにもやるせない感じがこみあげる。


『お邪魔しま―す......』


 どうってことはない。ライオンの部屋――つまりはボス部屋を少し広くしたような感じだった。ただ一つ違う点があるとしたら、奥に見えるでっかい宝石みたいな石があることだろうか。


 だが、単純にデカい宝石といっても魔結晶の類ではないと容易に理解ができた。どちらかというと、何かを動かすための道具ツールのような感じがした。


 松明が入口から順に火をともしていく。これも前のラスボス部屋と一緒だな。となると、次は地面がせり上がってくるのだろう――という俺の予想はまるっきり外れた。


 何もなかった場所からそいつは一瞬で姿を現したのだ。なるほどこれが空間転移テレポーテーションとかいうやつか。


 じゃなくて。


 何がやばいって俺の察知系スキルが全部警報を鳴らしているのだ。それも最大の。


「よォ......中々見ない身体してるキャクだなァ」


 背筋がぞわりとよだつ。言葉の一つ一つに魔力でも籠っているような感じだった。


 ヒトに似た体躯を持ち合わせているが、その実ヒトではない。さながら悪魔といったところか。まぁこんなところにいてついでに一瞬で姿を現せられる奴がヒトなわけもないだろう。が、意志疎通は出来るみたいだ。


「オイオイ無視かよォ......俺ちゃん悲しいぜェ?」

『勝手に邪魔して悪いな。単刀直入に言う。ここを通してくれ』

「お、なんだァ......?あァ、念話か」


 身長は二メートル程。少し細く感じるがそれでも引き締まり、赤黒い肌の下に猛る隆々とした筋肉。特に目を引くのが額に生えた捻じ曲がった二本の角だった。


「ここを通してくれ......かァ。残念だがそれはできねェな」

『何故?』

「オイオイ、そう生き急ぐなって......なんだ、腰でも据えて少し喋ろうぜェ、なァ?兄弟」

『......』


 不意打ちされないとも限らない。だが何故か、コイツはそういうやつじゃないと直感が囁いていた。


「済まねェな、兄弟。如何せん喋り相手がここ最近いなかったもんでなァ」

『......やられたのか?』


 一瞬悪魔の顔に翳りが射す。だが、次の瞬間には元のチャラい雰囲気を纏う顔つきになっていた。実はここに上がってくる途中、石を立てただけの墓標の前に白骨化した死体が転がっているのを見つけていたのだ。墓は十一層手前にあったので、それだけの強者だったということだろう。


「......まァな。お陰で暇で暇で仕方がなかったがなァ」

『で?お前の昔話でもするのか?』

「ハッ。兄弟がそう言うんだったらやってやるぜェ?」


 そう言って悪魔が語り出したのは、このダンジョンの成り立ちや強さ。元々は悪魔含め四体居たという大従者とそのマスターの活躍っぷり。何故か聞いていてワクワクする話ばかりだった。悪魔は感情豊かに過去の冒険を語り、感傷に浸る。そして俺はその話を聞き、それに負けない昔話を引っ張り出して対抗する。ここが平和な場所であれば酒の一つでも煽りたくなるような時間だった。


 だが往々にしてそのような時間は儚く消えていくものだ。悪魔が話は終わった、と立ち上がり、こちらとは逆方向に歩き出す。


「俺ちゃんも出来れば兄弟をこのまま通してやりてェンだがな。だが――それはできねェ」

『契約か』

「......そうだ」


 悪魔の話にあったマスターとの契約の一つ、『契約と命令は変更しない限り、絶対永久のものである』、だ。悪魔はここで守護をする際、彼のマスターと二つの契約を交わした。それがこの層の守護と、マスター亡き後の後追い自害を禁ず、という二つだった。


 彼のマスターは相当な腕の持ち主だったらしく、恐らく後にも先にもこの契約を外部から破棄できるものは現れないだろうとも言っていた。


「......残念だ。兄弟みたいなのと戦わなくちゃいけねェ日が来るなんてなァ」

『俺も残念だ』


 これは本心からの言葉だった。生前腹を割って話せるような人間がいなかっただろうか。ここまで楽しく人と喋れたことはなかった。だが、言い方は悪いが彼は俺が望む道の邪魔をしている。ならば排除しなければならない。それはもうお互い重々承知だった。


 惜しい気持ちを抑え、十数メートル離れた所で禍々しい力を放つ悪魔に視線を向ける。


『鑑定』


名称:紅い悪魔オーター・タイフェル・亜種 レベル:87 種族:邪人・赤鬼・天恵の子

HP:3098/3098 MP:2409/2409 SP:15

スキル

剣術:Lv.9 剣術技:Lv.10 業焔魔術:Lv.5 暁闇魔術:Lv.8 暗黒召喚魔術:Lv.8 

ユニークスキル

黒妖炎 シェオールの加護

シピアルスキル

狂鬼化


 はっ......比べるのも馬鹿馬鹿しくなるほどのステータスだな。得物は長剣、魔術は闇と炎を操る。スキルを詳しく見るに、スピード重視の万能戦士マルチローラーってわけか。


 奥の手は狂鬼化......まぁステータスが跳ね上がるスキルだと予想しておこう。


 暗黒召喚もまた厄介だな。指揮スキルもあるようだし前にも出られるし後ろで指示も出せるってことか。


『厄介だな......』

「ありがとよォ」


 悪魔はそれを褒め言葉と捉えたようだった。というか鑑定してるのばれてるのか。それはそれで厄介だな。感知系スキルでもあるのだろうか。


「じゃァ......先に行かせてもらうぜッ!!」

『ぬおっ』


 姿勢を低くしたかと思ったら、次の瞬間には俺の目の前まで来ていたのだ。刺突をしてくるが、横に躱す。悪態をつきながら魔術を構築。


『クソッたれ......金魔術、第一章六頁 金属操作メタルメルト


 自らの形状を攻撃能力のない腕輪ではなく、軍用ナイフのような形状へと変化させる。その間にも悪魔は攻撃を加えてくる。


『いざ、吶喊!!』


 念動で一気に加速し、攻撃中の悪魔の喉元に迫る。


「うおっ!!やるじゃねェか、兄弟」


 躱され喉には刺さらなかったものの、頬に傷はつけられた。お返しと言わんばかりに刀身に鋭い突きが飛んでくるが、ひらりと上に移動し躱す。


「暁闇魔術、第六章十頁 死霊憑き」

『むっ』


 前が見えなくなった――というよりかは部屋自体がかなり暗くなったというべきだろう。気配察知で大体の場所はわかるが......悪魔のスピードが速すぎる。そこをピンポイントで打ち抜くことは厳しいだろう。ならば。


『業炎魔術、第五章四頁 炎腕えんかいな


 魔術を構築し、発動。炎の光と炎が部屋の壁を舐めずり回す。とりあえず周囲にばら撒いとけばどっかには当たるだろうという楽観的思考である。


『ぐおっ!?』


 魔術発動後の僅かな硬直を狙ったのだろう。そもそもが軽いため、壁際まで吹っ飛ばされ壁にめり込む。


 ちっ。向こうの魔術はもう消えたが、こちらの損傷が酷い。一旦距離を取り、金魔術も解除する。


『面倒な魔術使いやがって』

「兄弟も中々硬ェし魔術を扱いなれてるなァ。楽しくいこうぜェ?」


 また一瞬で距離を詰められる。だが、今回は対策があるぞ。


『業炎魔術、第四章八頁 火球スフィア

『晴嵐魔術、第八章四頁 千人斬り』


 防衛魔術からの前方範囲攻撃魔術。さしもの悪魔もこれには驚いたようで、大きく後ろに跳躍する。だがそのあと攻撃を仕掛けてこずにこちらをずっと見つめていて、こちらの出方を窺っているようだった。


〔っし......後はどうやって仕留めるかだな〕


 まだ魔力は四分の一も使っていない。耐久が少し心配だが、火球で耐えればまだ何とかなるだろう。こちらは多彩な魔術が扱える。大して向こうは業炎魔術と暁闇魔術、それに奥の手といったところの狂鬼化があるのみ。こちらが未だ圧倒的な有利を誇っている。


 だが、それらすべてを嘲笑うかのように悪魔が不敵な笑みを零す。嫌な予感がした俺はすぐさま上に上昇――することができなかった。


「暗黒召喚魔術、第九章八頁 召喚サモン 死を超えし黒伯爵卿オーバーロード


 悪魔の召喚に応じた鎧を着た黒い骸骨が魔法陣の中からその巨大な手で俺を掴む。悪魔が発動したのは暗黒召喚魔術の第八章。これ自体かなりハイレベルで危険な魔術だ。しかも悪魔を見るに、かなり体力を消耗している。鑑定などしなくても分かる。こいつは正面から殺りあったら確実に負ける。そんな気がした。


「はッはァ!!開札ショーダウンだぜェ、兄弟!!」


 心無しか、悪魔の声が昂っているように聴こえた。


 この状況を、どうやって、打開する?

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