#6 動機調査
たぶんきっと、夢だからというわけじゃない。
今そう思った。
きっとあの日、あのころ、わたしの世界はずっと灰色だったのだ。
どうしてと言われると、返答には困るのだけど。
「ただいま」
おかえりなさいは期待していなかった。そして期待しない通り、誰の声も帰ってこなかった。玄関の靴脱ぎには、一足だけぴかぴかの革靴が置いてある。兄の靴も母の靴も見当たらない。その革靴は父のものだったけれど、普段履きではないから、きっと次の大事な用事か何かで使うために出したのだろうと思った。
だから家にいるのはわたしひとりで、誰もいないのだと勘違いした。
リビングに入った瞬間、かさりと紙のざわつく音がした。その音を聞いて、心臓が今までの三倍は早くなっていた。少し遅れて、父の匂いとして記憶に刻まれたタバコの匂いも漂ってくる。
帰ってきていたのか。
息を吐いて、心を整える。
「ただいま」
もう一度そう言って、リビングの父と対面する。と言っても、父は新聞を読んでいてこちらをちらりとも見なかったけれど。
リビングと一続きのダイニングには誰もない。父とわたし、ひとりとひとりの空間。
「………………」
返事もない。それは予想通りだった。けれど、何かを期待していた。
だって。
わたしが人を殺してから、もう一か月は経っているのだから。
何も話すべきこともなくて、わたしはすごすごと退散しようとした。そこでふと、父の座っているソファの横に置かれている封筒に目がいった。
あっと。
声がでるのを押さえた。
それは根廻が――――あの妙に稚気のある管理官が見せてくれたものと同じ封筒で、報奨金の一億円が無事支払われたことを証明する証書を収めたものだったからだ。
中身こそ封筒の中に仕舞われているが、封は確かに開かれている。つまり父は目を通したのだ。
わたしのやったことに。
わたしが得たものに。
「××××」
突然、父がわたしの名前を呼ぶ。さっきまで頭で考えたことと、父がこれから言うだろうことが勝手に接続されて、わたしの首から上は火がついたようになった。
額から汗が滲んだ。
「父さんは今からまた会社に戻る。いつも通り、留守番を頼むぞ」
しかし、父の言葉はわたしの期待するものではなかった。
「…………はい」
「それと」
不用意に。
またしてもわたしの心は弾んだ。
それが失望に変わることくらい、この十五年で延々と学ばされているはずなのに。
まだわたしは期待することを諦めていなかった。
「来週は会社の人間たちがここに来ることになっている。分かっているな?」
「はい」
「よろしい。戻って勉強でもしなさい」
わたしはリビングを後にした。来週、近くの図書館は休みだったよなあと思い出しながら。
翌日から、紅葉に頼んだ捜査作戦決行時である放課後までの間にわたしがしたことといえば、聞き込みくらいのものだった。
朝山家について。
白花女学院生徒会長、朝山朱里について。
鉄黒高校生徒会長、朝山群青について。
完全犯罪達成の暁には一億円が支給されるMCPにおいて、果たして動機の面から捜査をすることに意味はあるのか。この点はわたしが以前いた学校においてもよく議論の遡上にのぼったものだった。
動機捜査不要派の主たる意見は、一億円こそが犯人の動機の大部分なのだから、それ以外の枝葉末節に気を取られて二週間の捜査期間を棒にふるのはもったいないというものだった。なるほど金銭目当てなら相手は殺しやすければ誰でもいい。MCP実験校内において、在籍生徒は総員が一億円を懐に忍ばせているようなものだ。動機の面から洗うのはあまり合理的ではない。
一方の動機捜査必要派は、一億円が実はさして犯人の動機にならないのではないかと主張する。正確には、「二週間の素人捜査を逃れれば罪が免責される」ことこそがMCP最大のメリットであり、嫌いなやつを殺して二週間ばれなければ万々歳、ついでに一億円も貰えればラッキーというのが犯人の思考ではないかというのだ。
さて、犯人としての実態のわたしは前者に近かった。犯人の選定に様々な条件があったが、その第一義は「殺しやすい」ことに集約された。女子としても小柄で、健康体にもほど遠いわたしが不意をつけば容易に殺害できる対象。被害者の選定はまずそこが重視された。わたしの目的は一億円なのだから、殺す相手は誰でもいい。
とはいえ、それはあくまで理屈の話。
実際に人を殺す段階になって、当然それだけが選定の理由にはならなかった。そのことなどを加味して、捜査の側に立った今、わたしのスタンスは動機捜査必要派にほど近くなった。
理由はまず自分の経験として、どんなに「殺しやすさ」が最重視されると言っても、感情ある人間の選定である以上、そこに合理以外が含まれる可能性が非常に高いということだ。何となく殺したい人間と何となく殺したくない人間が並んでいた場合、わたしは後者の方が前者よりやや殺しやすい、くらいだったら前者を殺すかもしれない。とどのつまり「殺しやすさ」とは殺人を行うにあたり自身を説得する合理でしかないのだから、その辺はけっこう
次に「嫌なやつを殺して二週間ばれなければ万々歳、ついでに一億貰えてラッキー」という生々しさがわたしの感覚にしっくりきた。なんか、それはありそうだ。だいたい、一億円なんていわれても大抵の高校生はピンとこないだろう。動機捜査必要派が主張するように、MCPにおける最大のメリットはやはり、人を殺してもその罪が免責されるチャンスがあるという点だ。
と、ここまでが総合的な話。どんな事件であれ、わたしはそう考えるであろうという話。
ここからは具体的な『白花女学院第一事件
わたしは昨日の段階で、既に容疑者を絞っている。可能性のある人間は多く見積もってもふたりで、ごく正常な判断を下せばひとりということになる。
本来は放課後の作戦決行で大方が明らかになるだろうけれど、万が一に備えて地固めは必要だ。屋上捜査が空振りに終わったとき、別ルートで犯人を攻める手を備えておかないわけにはいかない。
だからわたしは知っておくべきなのだ。
朝山朱里がどういう人間で。
朝山群青がどういう人間か。
「あー、これ喋っていいのか?」
わたしが聞き込みとして当てにしたのは、根廻吾郎である。文科省の役人、裏を知る黒い大人、腐れ縁。朝山家の黒い事情を聞くにおいて、これ以上の適任はいない。
根廻管理官は白花女学院に用意された特別な執務室にいた。前回の学校もそうだったが、管理官は特別な部屋をあてがわれる。学校中に仕掛けられた監視カメラの映像もそうだが、管理官には極秘機密の情報が集約される。それを管理するためには、他の教員とは別の部屋が必要なのだ。
白花での管理官室は、女学院旧館の最上階にある。元は校長室だったらしく、以前いた学校の狭苦しかった事務室とは違い、埃っぽくはあったが広々として豪勢だった。元は校長が座っていたらしい木製の豪勢なデスクと革張りの椅子。来客用のローテーブルとソファのセット。部屋の側面には木製のラックが備え付けられていたが、やつが持ち込んだらしい電気ポットとお茶のセットが並んでいた。それだけが豪勢な部屋の中で、アンバランスにほほえんでいる。
わたしが部屋に入り、革張りの椅子にふんぞり返っている根廻に来意を告げると、そいつは思案げに頭をかいた。その様子は、群青会長が見せるものよりも様にはなっていないが、やつらしさをよく示した自然なものだった。
「まあ座れや」
促されるまま、来客用のソファに座る。毛の長い絨毯は踏み込む度に埃が舞った。しばらく待っていると、根廻はお茶を入れて運んできた。
「立派な部屋ですね」
「校長が特別に用意してくれたんだよ。ま、旧校舎はいくつかの部活が部室に使ってる以外では生徒の出入りもないらしいし、俺みたいなのが仕事をするには都合がいいやな」
ただいまの時刻は十一時過ぎ。わたしは授業をさぼっているのだが、そのことについて根廻は何も聞かない。
「で、朝山についてだったか。アプリのプロフィールは見たんじゃないのか?」
「見ても、所詮一生徒の情報だけですから。身長体重血液型。そんなものを知りたいわけじゃないんですよ」
わたしが知りたいのは、朝山家という名家についてだ。
「そりゃ分かったが、何で俺が知ってると思うんだ?」
「『喋っていいのか?』って言ったじゃないですか」
「それは管理官として一生徒に情報提供していいのかって話でだな」
「紅葉との会話で…………」
根廻の言葉は無視する。
「紅葉は何やら朝山家について知っている雰囲気でした。彼女の出身が愛知県のあたりだからと彼女は言っていましたが、それだけが原因ではないでしょう。その原因に根廻さんが絡んでいるとわたしは考えたんです」
彼はサングラスを外して目元を掻いた。
「そうでなくても立派なお役人でしょう? 政治的に力を持っていそうな名家について何か知っているのでは?」
「否定はしないぜ」
茶碗を持ち上げ、意味ありげに根廻が笑う。
「ただ
わたしも茶碗も持つ。熱いな。
「うわっちい!」
根廻はお茶をすすって、自分で舌を火傷したらしい。バカめ。
「じゃあ根廻さんの知っている範囲でいいんで教えてくださいよ」
「いいのかねえそれ。管理官が一生徒に便宜を図り過ぎじゃねえのかって気もするんだが…………」
茶碗を置いて、彼は少し眉根を寄せて、それからまあいっかと頷いた。何の逡巡だったのか。
「財閥だとか名家っていうと日本じゃ大仰な気もするが、政治に興味のない連中が知らないだけで確かにそういうやつらはいる。だいたい、今の政治家のいったい何割が二世三世だって話だよな。今の長期政権の総理も東京裁判をしぶとく生き抜いた
「名家とか財閥の話ですよ。わたしたちが想像するよりたくさん、そうした貴族階級が存在するって話ですよね?」
「そうそう。で、これは前にも話したかもしれねえけど、鉄黒高校といえば政治家や役人を多く輩出した名門校として有名なんだ。そこからいつの間にやら分離してた白花についてはよう知らんがな」
するとひとつ、疑問が現れる。
「じゃあどうしてそんな鉄黒高校が、MCPの実験校に選ばれたんですかね。要するに政治家のボンボンたちも通ってるってことでしょう? 政治家ってのは、下々には負担を掛けさせて自分たちは甘い汁を吸う人種でしょう。そいつらが自分の母校にどうしてMCPを?」
ぐいっ、と。
根廻はお茶を飲み干した。
「そりゃお前、MCPが、
「……ガチのマジでサイコー」
「本気でそう思わなきゃ、何年も議論して実行には移さないわな」
それは、考えていなかったな。
実態はともかく、政治家になれるほどの教育を受けた大の大人が。
ガチのマジでサイコーだと思いながら高校生に人殺しをさせているって。
そういえば以前、同じようなことを根廻は言っていたはずなのに、いつの間にかわたしの頭には「ぐえっへっへ」と奇怪な笑い声を挙げる白衣の研究者みたいなのが沸いていたらしい。
根廻の言葉を総括するならば、なるほどむしろ鉄黒高校は名誉あるMCPの実験校として選ばれた……どころか
「もちろん、そんなことやってられっかって連中は事前に情報を得て、MCP実験校を離れた。だが親が『ガチのマジでサイコー』と思ってるような家庭は、下々に限らず実験校からの避難が叶わなかった。それが今の鉄黒高校の生徒たちってところだろうな」
残った茶の滴を茶碗の中でくるくるともてあそびながら、根廻が呟く。彼の言った鉄黒高校の生徒たちに関する認識は、わたしにはない大事なものだった。
ただの金持ち嫌いでは見落としがちな視点だ。
今回の容疑者にも、当てはまることかもしれない。
「朝山はどうだったんでしょうね。親がサイコーならぬサイコだったということでしょうか。でも、それだと呉の存在が矛盾しますよね」
思い出す。群青会長には呉
が、重要なのは呉が紳士的かどうかではなく、彼がボディガードとしての職分を持っているということだ。MCP大賛成! 人殺し万歳ならボディガードは不要だろう。
「ふむ……。じゃあ朝山は単に情報を得られなかっただけかもしれねえな」
「情報?」
ああ、そうか。
普通にその線もあるのか。
「紅葉が言うには、朝山は土地持ちの不動産王だったそうですね。土地といえば政治的利権の絡みやすい部分ですからつい見落としてましたが、逆に文科省とのコネクションは薄かった…………?」
「その可能性は高いな。国交省や厚労省、農水省あたりとは懇ろでも文科省は手薄だったんだろ。だからMCPの情報入手が遅れた。結果、大事な娘息子を避難させられなかったと」
それが朝山家の、MCP実験校に通う彼ら彼女らの実状か。
「それで、朝山家の話だろ?」
根廻は立ち上がり、お代わりのお茶を急須ごとと、いくらかのお茶菓子を持ってきた。どうにもむさいというか、役人らしくないな、こいつは。
「はい。具体的に朝山家の内実はどうなってますか?」
「犬神家よろしく骨肉の家督争いがあるかって話だろ? まあまああるって感じだな。まず朝山は四つに分かれてる」
「よっつ?」
「朝山家にはちょうど壮年世代の人間が四人いるからな。そいつらがそれぞれに所帯を持てば朝山の家系図も四つに枝分かれする。だがこの事件に関し、考慮するのは群青と朱里の家庭だけでいい」
「他二つは傍流というわけですか?」
「どれが分家で本家か、本流か傍流かって話はこの際関係ない。四つに分かれた朝山家の内、ひとつには十代半ばの子どもがいるんだが、何やらやらかして今は孤島の別荘に幽閉中だ。家督争いに出てきやしない」
「幽閉…………」
本当に横溝ミステリっぽくなってきたぞ。これで別荘が奇妙な形をしていたら館シリーズまである。
「もう片方は駆け落ちした」
「駆け落ちぃ!?」
さすがに頭の頂点から声がでた。
「今度は松本清張の二時間ドラマ版ですか?」
「どっちかって言うと島田一男じゃねえか? いやそれはどうでもよくて……。ところが駆け落ち先で二児を設けて睦まじく暮らしていたと思いきや、ガキのひとりが死んじまった。それで意気消沈してるのを見かねて朝山家の方から復縁したって話だな。どのみち家督争いできるような気概はもう持ち合わせてないだろ」
「そうして次期家督は朝山群青か朝山朱里に絞られた、と」
「朝山群青の家庭も朝山朱里の家庭も事業がうまくいってる。どっちも婿養子だから序列ってのもいいかげんな部分があってな。どっちが次期家督でもまあ文句はないって感じだ」
事情がだいぶすっきりした。いや、最初からそういう話ではあったけれど、もしかしたらのノイズは消滅した。
「いつかストリートで群青が呉に絡んでいましたよ。どうも朝山会長――朱里さんと呉はできているらしくて、それが気に入らないと」
「ああ。俺の持ってる情報でも、個人的な評価では群青より朱里の方に軍配が上がってる。次の家長にふさわしいのは朝山朱里だと、一族の中ではそう噂されていたらしい」
だが、個人の資質ですべてが解決するとは限らないのが政治闘争というものだ。それは端的に、朝山会長の周辺状況が示している。
「しかし朝山家の現有力者たちは、群青の方を跡継ぎにしたがっていたみたいだな」
モナカを頬張りながら、根廻が呟く。
「……お前もひとつどうだ?」
ひとつ差し出してくる。
「お昼が入らなくなるので」
「規則正しく飯食うタイプでもねえだろ」
「捜査会議ついでにクラスメイトから誘われてまして、一応胃袋は空けておこうかと」
「そいつはいい心がけだ」
差し出されたモナカはやつの口に消えた。こいつが食べているのを見ているだけでお腹がいっぱいになりそうだ。
「根廻さんはタバコやめたんですか?」
「いや。学校じゃ吸えないから、甘いもので誤魔化してんだ」
そういってジャケットの胸ポケットから、ちらりと電子タバコの機械を見せてくる。以前に吸っていたのは紙巻きだったから、変えたのか。
「紙巻きよりは体にいいんだぜ?」
「それ迷信ですよ」
「え、マジで?」
「何の話してましたっけ?」
「お前がこっそり俺のタバコ吸おうとしてむせかえって死にかけた話だろ?」
まだ覚えてやがったなこいつ!
「…………朝山家の跡継ぎの話でしょう。ひいてはこの事件の動機の話です」
要するに、朝山朱里を殺害する動機を持つ人間、その第一候補が誰かという話だ。
「朝山家は名家に恥じない旧弊さを持ってた。ま、このご時世に家督争いだ跡継ぎだって騒いでいるんだから当然だがな。いくら朱里の方が能力的に優れていようと、自然に行けば次の家長は群青の方だろうと言われていた」
「ひょっとして朝山会長の方に呉のようなボディガードがいなかったのは、MCPであわよくば死んでくれれば話が早いと思われていたからかもしれませんね」
実際はつい最近まで、MCP実施校でも類を見ない安穏とした学校だったわけだが。
「だが当の群青は気に食わねえだろうな。しびれを切らして殺しに行ってもおかしくない。それこそMCPのルールがなけりゃな」
「………………」
MCPが適用されるのは、その生徒が所属する学校の内部だけ。鉄黒高校の生徒は鉄黒高校の生徒しか殺せないし、白花女学院の生徒は白花女学院の生徒しか殺せない。
サングラスを外して、根廻は目元をマッサージする。
「俺からお前に聞いてもいいか?」
「別に構いませんよ? 管理官が推理の途中経過を生徒から聞いてはいけないってルールでもあるんですか?」
「いやねえけど。こういうのは『まだ話すべきときじゃない』ってのがお約束だからな」
「わたしは探偵って柄でもないですから、もうペラペラですよ」
「喋りより体つきがペラペラだけどな。マジで太れよ、健康的に」
医者みたいなことを言いよって。
根廻は少し考えるように天井を見上げる。わたしは一方で、窓の外を見た。ブラインドは降りていたが、隙間から曇り空がちらりと見えた。
晴れないな、いっこうに。今の学校には、よく合った雰囲気ではあるのだけど。
でも少し雲は薄くなっているか? 少なくとも、雨や雪を心配する必要はなさそうだった。
「ポイズン……毒島って女子生徒がスマホを調べてたな。あれは俺的には重要だと思うんだが…………」
「………………」
「そもそも、なぜ朝山群青は事件が発生してすぐに生徒会警察を率いて白花に来れたんだ?」
MCP下で殺人が行われた場合、アナウンスが行われる。アナウンスというか、つまり殺人事件発生を全生徒に知らせるための校内放送だ。そうでなければ二週間の捜査期間、そのスタートが不平等になってしまうから当然だろう。
では朝山朱里の死体発見時はどうだったか。
あの時、鴨足紅葉が管理官を呼びに行った。あの行為は単に人を呼んだというのではない。管理官に現場を確認させ、アナウンスを流してもらうためだった。MCP下における事件発生を認め、アナウンスを流すことができるのは管理官だけだ。
しかしアナウンスが流れるより先に群青は生徒会警察を率いて現れた。老竹管理官の管理官室は鉄黒高校にあるのだから紅葉の到着も遅く、したがってアナウンスが流れたのは既に鉄黒高校の生徒会警察がわたしたちを締め出し現場を封鎖した後だった。
「そのことはレポートにも書いてなかったが、捜査報告会でも言ってなかったんだよな?」
「はい。スマートフォンと同じですね」
「スマホか…………」
生徒会警察の情報源そのものは捜査に関係がないから報告会では特に発表もなかったが、確かに妙だ。スマホとあわせて考えると、意図的にその話題が避けられている可能性もある。
なぜか。容疑者を考えれば、これはむしろ当然なのだが……。
「俺が思うに」
と、根廻は自分の推理を喋ろうとする。わたしはそれを遮った。
「管理官が自分の推理を喋っていいんですか? 犯人知ってるんですよね?」
「いや、結局あの後、映像を見るのはやめたんだ」
どういうことだ。
「普通ならまず映像を確認して、MCPのルールに適した殺人が行われたか確認するのが俺の仕事なんだけどな。今回はその仕事を老竹がやってくれてるし。だから今回くらいは何も知らない状態ってやつを体験してみたいのさ」
「それでいいのか管理官」
「老竹が仕事してるところに、先輩風吹かせて横入りってのもあまり感じが悪いしな。何か問題があるまでは、俺はあいつの仕事を信じてみるさ」
それが同僚と円滑に仕事をする上での秘訣なんだよ、とやつはおどけて言った。
「俺が思うに……」
そうしてもう一度、やつは自分の推理を披露する。
管理官として仕事をするやつの、おそらく最初で最後の貴重な体験だろう。
「朝山朱里を殺害する動機があるのは朝山群青。これはMCPや学校という枠組みを越えて一般的な話にしても断言できることだ。ここを無視して推理はできない。だから普通なら朝山群青を疑うんだが、やつにはルールの枷がある。鉄黒高校の生徒が白花女学院の生徒を殺害しても、MCPの適用外だ。それが問題になる。だから…………」
共犯者がいたんだ。
根廻が断言する。
「確かMCPだと、共犯はルール違反でしたけど」
「だから言葉の綾だな。正確には共犯より実行犯というべきだ。つまり朝山群青が白花女学院の誰かに殺害を依頼し、実行させた」
それなら群青会長および生徒会警察がアナウンスより先に現場に到着した理由も説明が付くのだ。
「実行犯から犯行終了の連絡を受けた群青が、颯爽と現場に現れ捜査する。ところがこれは捜査ではなく、実行犯の残してしまった証拠などを隠滅するための作業だったわけだ。ひいては捜査そのものの混乱を狙った。結果的に老竹は鉄黒高校の連中にも捜査件を認めたが、仮に認められなくても群青からすれば問題はなかったはずだ。既に現場は荒らし終わってたんだからな」
「なるほど」
「いい線いってると思わねえか? いや、管理官の俺がいい線いったらダメなのかもしれねえけどよ」
確かに根廻の推理はいくつかの不自然を合理的に説明できるものだ。鉄黒高校生徒会警察の横暴、なぜか重要視されないスマートフォン。
わたしが見たときにはなかったはずの拳銃の出現や、薬莢や弾丸の消失もそれで説明が付くかもしれない。
「すると根廻さんの推理だと、今一番犯人に接近しているのはポイズンということになりますね。彼女が調べたスマホの着信履歴などを洗えば、怪しい人間が出てくるかもしれませんし」
「だろ?」
「でも個人的にその推理は三十点ですね」
聞くべきことは聞いたし、時間もちょうどいい。
わたしは立ち上がった。つられて根廻も立ち上がる。
「俺の推理、そんなに外れてたか?」
「生徒会警察がいきなりやってきた理由は、たぶん根廻さんの言うとおりですよ。連中の目的は捜査ではなく攪乱だった」
そもそも、アナウンスすらない状態で群青会長に「行くぞ!」と言われてついていく連中だ。白花女学院が実は鉄黒高校だったという話を知っていたとしても、「行くぞ!」と言われて何の疑問も浮かばないはずがない。
あのとき、あの場にいた連中はいわゆる腹心の部下だった可能性は高い。
「でも実行犯はひとりです。依頼人のような存在も、無意識の共犯者もいない。朝山朱里を殺そうと思ったのも、殺したいと思ったのも、実際に殺したのもひとりだけです」
さあ。
あとはそのタネを暴きに行くだけだ。
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