第30話 キャプテン

チームメイト10名とハイタッチを交わして、それぞれが準備作業に散って行く。

ストレッチを終えた僕は、ボールケースからボールを取り出し、フリースローラインの前に立った。


トーン トーン トーン パシッ


いつものおまじない。三回ボールを弾ませて、ボールをキャッチする。

顔の正面にボールを構えて、添えた左手を残したまま右掌のボールを斜め前方に押し出す。

腕が伸び切る瞬間に手首のスナップを効かせて、前方にボールを押し出す。


カサッ


指先から弾かれたボールは、スナップが効いた縦回転でクルクルと周りながら緩やかな放物線を描く、バスケットゴールの手前上空で上昇速度を失ったボールは、ゆっくりと下降し始める。


カシュッ


ボールが、リングに触れずにゴールをくぐりネットをゆらす。


「よしっ」


シュートの感覚は残っているようだ。

久しぶりのシュートにちょっと緊張していた。

それから何本かフリースローを行い、右手の感触を確かめていた。


「集合!」


「はい」


キートが号令をかけ、センタサークルに11人のメンバーが集まった。


「じゃ~ キャプテン代理は終了ということで、後は かなた よろしく~」


!!!


「え? キャプテン代理? よろしくって何?」


キートがニヤニヤしながら


「キャプテンがず~っとサボってたから、コーチから代理を頼まれてたんだよな~」

「今日から正式に、副キャプテンということでよろしく~」


パチパチパチパチ


拍手が沸き起こる。


「じゃ~ キャプテンから一言」


そうキートにふられた僕は、しばらく固まっていた。


「あ~ なんかハメられてる感じがハンパ無いんですけど...」

「まずはこれまで長い間、サボっててゴメンなさい」

「戻って来て欲しいとお願いされているのに、なかなか決断出来ずにゴメンなさい」

「今日からは、サボらず練習に復帰しますので、よろしくお願いします」

「あと、キャプテンなんだけど、こんな俺でいいの?」


キートが間髪入れず


「俺は、さっきも言った通り福キャプテンだからな~」

「かなた~、他の誰にキャプテンやってもらおうと思ってるんだ?」


キート以外の同級生達は、まっすぐ僕の目を見て、拒絶の意思を示していた。


「わかりました。キャプテンやらせて頂きます」

「今日からよろしくお願いします」


ひやかしの歓声と拍手に包まれながら、第一声を上げる


「整列!」


「はい」


全員が、駆け足でサイドラインに整列する。

僕は、息を吸い込みお腹に力を入れて深々とお辞儀をしながら


「よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


全員が後に続いてコートに挨拶をする。


「ランニング」


「はい」


ゆっくりのペースで、軽く汗が出る程度にコートを数周まわった。

ランニング後のストレッチを済ませて、練習メニューを順番に進める。

3列に並んで、3メンをやっている最中、仕事を終えたコーチが体育館に顔を出した。


「集合!」


「はい」


コーチの所に、全員を集合させ整列する。


「よろしくお願いします。」


「よろしくお願いします。」


全員が復唱した。


「はい。よろしくお願いします」

「かなた~ キャプテンやってるな~」


コーチは軽く笑いながら茶化して来た。

その後、いつもの練習メニューを順番に進めながら、練習の合間を見ながらコーチと今後の進め方について、相談していた。

僕からの提案は、2点ありコーチに相談したところ、面白いということで快諾を得ていた。

翌日の放課後、コーチから了解をもらっていたことを実践するために、近所の文房具屋に来ていた。

四つ切画用紙とノートを人数分買って、家にあったマジックと鉛筆をバックに入れて、体育館に向かった。

更衣室で着替えを済ませ、持参したモノを一式抱えてステージに運んだ。


「集合!」


「はい」


練習を始める前に全員を集めて座ってもらった。

四つ切の画用紙をみんなに見せた、そこにはこんな事を書いていた。


”毎日、ロングシュートを100本決める。”

”ロングシュートの確率を70%まで上げる。”


僕の分は、事前に家で書いて来ていた。

画用紙には、青の太いマジックで大きく目標と名前が書かれていた。

この画用紙を押しピンで体育館の壁に貼り付けた。


「これは、みんなに自分の目標を書いてもらって張り出してもらいます」

「自分自身が、どうなりたいかということを考えて、具体的な数値で目標を立ててください」

「それとこのノートには、日々の練習での目標に関しての実績データを記載してもらいます」

「僕の場合は、ロングシュートが入った場合に〇と外した場合に×を記載して、どのくらいの確率で100本達成しているかを記載します」

「慣れるまでに時間がかかるかもしれませんが、日々目標に向かって自分がどれくらい成長しているか?自己管理出来るようになってもらいます」

「今日の所は、僕のやっていることを見てもらって、イメージ出来るようになってもらえればいいです」


一気に説明したためメンバー達はぽか~んとした表情で、僕を見つめていた。

僕がやりたいことは、目標の「見える化」を行いそれに向かって、実行計画を立て、実績を記録し、達成状況をチェックし、計画の見直しを行う。

要するに、PDCAのサイクルを回すことで、日々成長を実感してもらえるようにするというモノだった。


 P:プラン(計画)これからすることを考える。

 D:ドゥー(実行)計画したことを実行する。

 C:チェック(評価)結果が良かったか悪かったか判断する。

 A:アクション(改善)見直しをして、次の計画に進む。


よく、仕事の世界で使われる考え方なのだが、アプリ開発を行う上で、読み漁っていた本の中に、良い組織を作るためにどうすれば良いかということで、書かれている本からアイディアを頂いていた。


小学生には難しい話にはなるのだが、個人の目標を張り出すことで、全員へのアピールになり、かつ”有言実行”ということで自分への意識付けも行える。

練習の合間で状況をノートにつけることで、今のプレーに対して良かった点・悪かった点を明確化させ、改善点を自分で見つけて修正してゆく。

そうすることで、個々人の練習へ取り組む姿勢が、自主的に変わって行く。

この2つの効果を狙って練習に取り入れることをコーチに相談し、了承を得ていた。


最初は僕の見よう見まねで良いから、一緒にやってみようということで、始めることにした。

僕のノートには、バスケットのハーフコートが書いてあり、シュートを打った位置に〇と×を書き込まれ、どの位置からのシュートが得意なのか不得意なのかが分かるようにしていた。

シュートを外した場合の特記事項は、三角で記述し欄外に、その時の内容を箇条書きで記載するようにしていた。


この練習方法に馴染むまで少し時間がかかったが、全員の練習への取り組む姿勢が次第に変わり始めていた。


「かなた~ ミドルレンジ左下でのポストプレーからのシュートなんだけど」

「確率が悪いからそこを強化したいんだけど、なにかいい方法はないかな~」


キートがノートを見せながら相談して来ていた。

個人練習で出来る内容なのか、ゲーム形式でなければ対応できない内容なのか見極める必要があったため、同一ポジションからのシュート練習での確率をノートに記載してもらうことにした。

結果としては、位置取りによるシュート確率の低下は見られなかった。

ディフェンスを背負った状態で、同じようなシュート練習をしたところ、あきらかに左下でポジショニングした場合に、確率が落ちていた。

ディフェンスを背負った状態からのシュート練習を反復することで、シュートの成功率を上げるべくキートの練習メニューを変更した。


こんな感じで、メンバーそれぞれの目標を明確化して、自分で管理できるように一緒に考えて行った。

目標が明確化されたことで、全員の意識が高くなり、技術レベルの向上が目に見えて実感できるように育っていった。


体育館の壁には、カラフルな色のマジックで書かれた画用紙が、毎日11枚張り出されていた。

練習と練習の合間の給水タイムの時間に、ノートを広げて直前までの自分のプレーをノートに記載する姿が定番となって行った。

こんな感じで各メンバーのスキルアップが自主的に行えるように、環境作りが進められて行った。

僕のキャプテンとしての初仕事は無事みんなに受け入れられ、チーム全体の技術力の向上に貢献していた。

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