第29話 始動

僕は、バスケと距離をおいていた。

ケガの再発を恐れて、そうすることにしていたのだ。


年も明け、冬のオリンピックがテレビ中継されていた。

カナダのバンクーバーで開かれているらしいのだが、特に冬のスポーツに興味があるわけではなかった。

日本勢が金メダルゼロという状況に、解説の人達が憂いているのを見ていると、頑張る選手を自分に重ねて、そんなに結果にこだわらなくても良いじゃないかと言いたい自分がそこにいた。


結果にこだわったばっかりに、過度なトレーニングを重ねケガを負ってしまった自分。

良い成績を残すために国を代表して一所懸命競技するアスリート達を見ていると、やるせない気持ちが湧き上がっていた。

金メダルを取る(世界一になる)ために、頑張って頑張って頑張って...

この人たちは、何を考え何を思って競技を頑張っているのだろうと考えながらテレビ画面を眺めていた。


今の僕は、何を目指しているのだろうか?

何のために、バスケやってたんだろうか?


そうだ、かすみを助けるため、九つの宝珠全てに光を満たすために頑張ってきたのだ。

次の約束の日まであと2年、その日までに準備をすればいいのだ。

バスケは、その手段であって目的ではなかった。

こだわっているのは、僕自身の問題だ。

切り替えよう。

僕は、一所懸命に競技している選手を見ながら、そんなことを考えていた。


時が過ぎ桜の花が散り始めたころ、学年も一つ上がり小学校最後の年を迎えていた。

足の状態もすっかり良くなり、以前とそん色ないくらい運動をすることが出来るようになっていた。

チームメイトからは、何度も戻ってきて欲しいとお願いされていた。

僕にとってもミニバス最後の年、同級生7名と一緒にプレー出来るのは、今しかなかった。

来年になれば後から勧誘した3人組は、隣町の中学に進学することになるからだ。

この仲間と一緒にバスケがやりたい。


ケガをしない程度にバスケをしよう。

ケガをしないバスケとは、どんなバスケになるのだろう?

そんなことを考えながら、長らく封印してきたバスケの道具をクローゼットから引っ張り出していた。

仰向けにベットに横になり、天井に向かって手首のスナップだけで、軽くボールを投げ上げる。


 カサッ シュルシュルシュル バシッ


きれいなたて回転でまわるボールが、宙を舞う。

久しぶりさわるボールの感触は、やっぱり良いものだった。


プレースタイルを大きく変えよう。

僕の役割はゲームコントロールに徹して速攻の前線には加わらず、遅攻の底のポジションで相手のディフェンスのフォーメーションを崩してラストパスを供給する。

おぼろげながらチームとして勝てるプランを想像しながら、ボールを投げ上げていた。


僕の乾いた心と同じように、久しぶりに取り出したバスケットシューズは、カラカラに乾いていた。

靴箱からシューズ用のクリームを取り出してきて、ひび割れそうになっているシューズに塗りこんでゆく。

拭き取り用の布で丁寧にクリームをなじませながら、ゆっくり円を描くように磨き上げる。

チームのみんなと一緒にこの一年を過ごせたらどんなに楽しいだろうか、ワクワクする心を実感しながら、シューズの革にゆっくり馴染んでゆくクリームのように、僕の心のカサカサをじんわりと潤して行った。


その夜コーチに電話をした。チーム復帰のお願いだ。


「コーチ、長らく連絡していなくて申し訳ありませんでした」

「足の状態もほぼ完治できましたので、練習を再開させてください」

「やっぱり僕は、バスケがしたいです」


そう告げると


「連絡、遅せえぞ。いつまで待たせたと思ってるんだ」

「俺だけじゃ無く、みんなだ」

「かなた、待ってたぞ」

「で、いつから来れるんだ?」


そう怒鳴っているコーチの声は本気で怒ってはいなかった。


「いつでも大丈夫です。明日の練習から参加させてください」


「おう、じゃ~体育館でな」


「はい」


そう答えて、電話を切った。

明日の練習が待ち遠しく、その日はなかなか寝付けなかった。


翌朝いつもの日課のランニングにて、師匠にバスケを再開することを報告に行った。


「師匠、おはようございます。 バスケ再開しようと思ってます」

「プレースタイルから大幅に見直して、ケガをしないように頑張ります」


天神様は、いつものように静かに語りだした。


「そうか、かすみも心配してたぞ」

「思うようにやってみるがよいぞ」


「はい。頑張ります」

「で、師匠 実は相談があります」


「なんだ、申してみよ」


「かすみとれいかについてなんですけど、れいかが積極的になり始めてて」

「これからどうしたものかと」


「そなたは、どうしたいのじゃ?」


「かすみのことだけ考えたいので、れいかの気持ちをどうにか出来ないかと」

「気持ちに答えないと、赤の宝珠が爆発しそうで」

「師匠だったら、この局面をどうにかできませんか?」


「わしだったら そうよの~」

「かすみに相談するかの」

「かすみにそのまま、自分の気持ちを伝えて」

「どうするのが良いか聞くのじゃ~」

「恐らくれいかの気持ちを思って、れいかの事を大事にするように答えるはずじゃ」

「あとは、れいかへ対応し、其の事をかすみに報告するのじゃ」

「これで大丈夫だと思うぞ」


師匠はそう答えてくれていた。

特に何かをしなければならないという訳ではないらしい。

これでどうして大丈夫なのかと僕にはあまりピンと来てはいなかったが、師匠を信じて実践することに決めた。

師匠にお礼を言い、拝殿を後にした。

これで、心配事は無くなった。

学校の授業は、そわそわして何をやっていたのか上の空のまま、放課後を迎えた。


体育館へ小走りで向かう、


「かなた~ お帰り」


隣のクラスのダックが声をかけて来る。


「お~ ダック ただいま」


笑いながらそう答えて、体育館へ一緒に向かった。


体育館には、キートとタクが先に準備を始めていた。

僕の顔を見るなりふたりとも準備の手を止めて、


「かなた~ 遅せ~よ~ お前のラストパスもう忘れたぞ」


「かなた~ 待ってたよ~」


キートとタクがそれぞれに思いを口にしていた。


「待たせてゴメン またよろしく」


そう言って更衣室に向かった。

急いで着替えをすませて、靴紐を結ぶ。

軽く屈伸をして、コートに向かった。


体育館の床に寝そべり、念入りにストレッチを始める。

黒いサポータを巻いている膝をゆっくり伸ばしていく、

そうしているうちに仲間が続々入って来た。


タップロと5年生になった元気くん、3年生の大志くんだ。

あと、知らない男の子がもう一人一緒に入って来た。

元気くんが僕の所に彼を連れてきて、紹介してくれた。


「彼は、同級生の山口 直人くんです。この人が、岸 かなたくんだよ」


彼は、ペコリと頭を下げて


「よろしくお願いします。」


元気よく挨拶して来た、


「かなたです。よろしく」


そう挨拶しているうちに、三人組も合流して来た。


「おお かなた 久しぶり~」

「やっと来たね~」


おどけるケンタに続いて


「待ってたよ~ これで司令塔から解放される~」


スエッチョが僕のポジションの替りをしてくれていたようだ。


「これでみんな揃ったな かなたお帰り」


ゴッケンがにっこり笑いながら片手をあげて近づいてきた。


パシッ~ パシッ~ パシッ~


ハイタッチの音が3っつ館内に響いた。


「俺も 俺も~」


そう言いながら他のメンバーも集まって来た。

全員とハイタッチを交わし終わった僕の掌は、真っ赤になっていた。

熱くなった掌は、僕の心に火をつけてくれていた。

みんなの気持ちがとても嬉しかった。

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