第28話 おくりもの
また、松葉杖生活に逆戻りとなり、憂鬱な日々を過ごしていた。
これからだった。
スカウトした三人を加えたチームで、一緒にバスケが出来ることが、楽しみで、毎日が充実していた。
なぜこんなにうまく行かないんだろう。
僕が何か悪いことをしたから、こんな目に会っているというのだろうか?
境遇の理不尽さに、やり場の無い苛立ちが募るばかりだった。
病院の先生からは治療に行く度に、これ以上無茶をするようならギブスにするぞと脅されていたため、指示におとなしく従い治療に専念するしかなかった。
幸い骨に異常は無かったため、大事に至らなくて済んだのだが、当たり所が少しでもズレていたら、手術しなければならない程の大怪我となった可能性があったらしい。
確かに僕のプレーは、軽率だった。
とっさの出来事で体が勝手に反応したため、故意ではない。
気をつけていれば防げる問題だったかと言うと、正直難しい状況だ。
バスケットボールのルールでは、空中にあるボールがコートの外に出ていても、ボールが着地するまでインプレーとみなされる。
ボールが空中にあるうちに追いかけコート内から踏み切り、ジャンプ中にボールをキャッチし、着地するまでにボールをコート内に戻せば、プレーを継続することが可能だ。
ある意味、技の記憶の弊害とも言える怪我だった。
これまでの経験の中で、体に染み付いた動作のため、意識するより早く体が動いてしまう。
ようするに、けがをする恐れがあるプレーだから止めよう、という判断を挟むタイミングが存在していないのだ。
ケガの再発防止を行うためには、これまで培ってきた最後まであきらめずにプレーするという精神の優先順位を下げる必要があった。
しかしそれは出来ない相談だ。
今まで大事に育ててきた、中学時代のバスケ部の恩師から学んだ大切な教えだからだ。
「かなた、ベストを尽くせているか? 自問自答しなさい」
「かなた、今の自分に満足したら、成長は止まるぞ」
「かなた、自分の信じる道が正しいと思うなら、納得いくまでとことん議論しなさい」
恩師の言葉が、僕の根っこをしっかり支えている。
気持ちの整理に答えが出せないまま、自宅療養の日々が過ぎていた。
学校では、かすみやれいかも心配して休み時間に教室に顔を出し、声をかけてくれていたのだが、
「かなた~、痛くない?」
「何か私たちに出来ることあれば、何でも言ってね~」
「大丈夫だから、心配しないで」
「こんなケガすぐに治るから、そしたらまた一緒にバスケしよう」
とウソの笑顔で答えるのが精一杯で、答える度に心が冷たくなって行くようだった。
チームメイトも僕のことを心配して、家までお見舞いに来てくれていた。
「かなた、焦らずしっかり治せよ」
「チームのことは、任せろ」
キャプテンの明くんが、僕のことを少しでも元気付けようと声をかけてくれた。
来てくれるのはとてもありがたかったのだが、バスケが出来ない僕にとって、チームメイトと話すことで、バスケのことを思い出すのが正直とても辛かった。
後からチームに合流した三人組も心配そうに僕を見つめていた。
「かなた、また教えてくれよ~」
「かなたの教え方、すっごく分かりやすくいから」
「俺たち、ちょっとは上手くなってるんだぜ」
「見て欲しいんだ」
そう嬉しそうにお願いしてくる三人を見ていると、
ああバスケ楽しいんだろうなぁとか、
始めた頃って日々自分の成長が実感できてとても充実してるんだろうなぁとか、
とても眩しく思えて、
何も出来ない自分が歯がゆく、
どうしようもない気持ちのやり場に困っていた。
そんな気持ちを気付かれないように、笑顔を作りお礼を言って帰ってもらった。
玄関からみんなが出たことを確認して、
「うゎぁ~~~~~~~~~~」
ベットの枕に顔を押し付け、思いっきり叫んでいた。
そんなある日、動けない僕を気遣って、かすみがお見舞いに来てくれていた。
手にはどこかのお店のロゴの入った袋を持ってきており、おもむろに袋からノートと色鉛筆の入ったケースを取り出していた。
ノートは、クロッキー帳という絵を描くためのノートで少し小さいサイズ(B5)だった。
色鉛筆は、36色セットで入れ物の缶ケースにきれいなグラデーションで並んでいた。
「かなた、無理してるでしょ?」
「私の前では、そんなの無しにしてね」
バレていた、
かすみはそんな僕を気遣って来てくれたのだろう、
「一緒に絵を描こうと思って、かなたの分持ってきた」
「私ね、体が昔から弱かったでしょ?」
「部屋にいる時間が長い先輩として、こんなのどうかなと思って」
一緒に絵を描かないかとの誘いだった。
僕は、それほど絵が得意ではなかったのだが、
「かなた、普段絵を描いたりしないでしょ?」
「私もね、最初から上手に絵が描けたわけでは無くて」
「それでもね少しずつ描いてゆくうちに、心が軽くなる感じがして」
「だから、かなたもそうなってくれるといいなと思って」
かすみは、そんなことを話しながら、真っ白なクロッキー帳の最初のページに、6色の青い色鉛筆で窓から見える晴渡った寒空を手のひらサイズで、ササッと描いてくれていた。
真っ白いページの真ん中にぽっかりと浮かんだ空には、あいいいろ・ぐんじょういろ・あお・うすあお・みずいろ・あおみどりの6色で、抜けるような空に射す太陽の光のグラデーションがきれいに描かれていた。
あおみどりの鉛筆で今日の日付と一言「この空のように晴れますように」と添えられていた。
「ありがとう」
手渡されたクロッキー帳しばらくじっと眺めていた。
空ってこんなに色鮮やかだったっけ?
光ってこんなきれいな色してたっけ?
空ってこんなに高かったっけ?
あれ?
心の底に溜まっていた何かが、込み上がってくる。
天井を見上げた僕は溢れる思いを堪えきれず、肩を震わせながら瞳いっぱいに溜まったものをこぼさない様に懸命にこらえている。
かすみは、そっと背中から手を回して僕をやさしく包んでくれていた。
溢れる思いと一緒に、限界を超えた雫が、とめどなく頬を伝い流れ落ちる。
どれだけ溜めていたのだろうか、湧き出る泉のようにとめどなく流れる涙は、枯れる事はなかった。
それからどれくらいの時間が流れたのだろうか?
肩の力が抜けていた。
今はこのままでいい、この時間も僕には必要だ。
一旦、バスケから離れよう。
そんな風に思えてきた。
「ありがとう。楽になれた気がする」
そう言って、僕は色鉛筆に手を伸ばした。
クロッキー帳をめくり、僕の部屋の窓から見える空をだいだいいろの色鉛筆で、描いてゆく。
ひとさし指を立て、寝かせるように色鉛筆を親指と中指ではさむ。
シャッ シャッ シャッ シャッ
ひとさし指の先から、夕日に染まる空が生まれてゆく。
オレンジ色に染まりだした空は、単色で塗られており上手くはなかったが、心に灯った明かりのように暖かい空がそこにはあった。
日付と一言「やっぱり、大好きだ」そう書いて、ぐしゃぐしゃになった顔を見られないように、後ろのかすみに見せた。
かすみは、黙って僕に回した手に力をこめて、ぎゅっと抱きしめてくれた。
それから僕は、空専門の画家になった。
自称画家だ。
毎日見る空は、いろんな表情を見せてくれていて、描いていて飽きる事はなかった。
かすみは、暇を見つけては僕の部屋を訪れ一緒に絵を描いてくれていた。
特に会話しなくても居心地が良く、一緒にいるだけで幸せだった。
毎日増えてゆく日付と一言を添えたその絵は、枚数を重ねるたびに少しずつ上手くなっているような気がしていた。
そんな穏やかな日々を過ごすうち、松葉杖も無事取れて、日常生活には問題なく過ごせる様になっていた。
「れいちゃんが、お見舞いに来たいって」
そう切り出したかすみは、ちょっと複雑な表情をして、僕にれいかが心配している事を告げ帰って行った。
その次の日の放課後、れいかが僕の部屋に来た。
「松葉杖取れて良かったね」
「元気にしてた?」
「かなたから元気取ったら何も残らないか~w」
そんな風におどけて見せるれいかは、かなり心配していたらしい。
かすみからそう聞かされていたので、その無理して笑う表情に少しだけ胸が痛んだ。
「かなた~ 何色が好き?」
唐突にそう切り出して来た彼女に、目を丸くして
「う~ん そうだな~ 青が好きかな~」
空を描き続けていることもあって、青が好きになっていた。
そう答えると、彼女は持って来ていた手提げバックをごそごそと漁り始めて、僕の目の前に何本か見繕って並べ始めた。
それは、きれいな青色と白の紐で編み込まれたミサンガだった。
濃い青と水色の組み合わせや、ピンクと水色の組み合わせ、黄色と青の組み合わせなど、色とりどりのミサンガが並べられていた。
ちょっと、待った。
そのバックの中って、どんだけミサンガ入ってるんだよ。
違う色を好きって言っても対応できるくらい入ってるって事ですよね。
「気に入ったのを選んでね」
そっけなく答えた彼女のバックの中に興味を引かれつつ
「じゃ~ これかな」
そう言って、最初に目にとまった青と白のミサンガを取り上げていた。
「かなた~ ミサンガって知ってる?」
「これね、身につけていて、結んだ紐が自然に切れると願いが叶うんだって」
そう言って、僕の手にしたミサンガを手に取り、
「足首でいい?」
そう言って僕のケガした足首に、ミサンガを結んでくれた。
「私も結ぼうっと」
残ったミサンガの中から、ピンクと水色のミサンガと黄色と青のミサンガを自分の足首に結んでいた。
「なんで、両足?」
そう質問すると
「一つはかなたと一緒なんだけど、かなたの足が良くなりますようにってお願いしてるから」
「もう一つは、内緒」
そう答えて、耳を赤くしていた。
「ありがとう 大切にするね」
そう答えると
「大切にしたらダメだよ~ 切れないから~ 普段どおりでいいんだからね」
そうおどけてみせる彼女は、かわいかった。
感謝の言葉を伝えながら、バックの中にどれだけのミサンガが入っているのかとても気になっていた。
おふくろが持ってきてくれたお菓子とジュースを飲みながら、最近の彼女のバスケについて色々と話した。
彼女は、司令塔としてずいぶん成長していた。
判断しなければいけないポイントを見極めて、ここってタイミングでラストパスを配球する。
それを常に考え、僕がいつも気をつけていることを実践しているようだった。
そんな話をしていると、
「かなた ちょっとお手洗い借りるね~」
そう言って、彼女がトイレに向かって部屋を出ている間に、チャンスが訪れた。
気になっていたバックにそっと近づき、中をのぞいた。
バックの中には、透明なビニール袋が二つ入っており、一つ目の袋にはシンプルな編み方の不恰好なミサンガが山のように入っていた。
もう一つの袋には、結んでくれたミサンガと同じように編みこみ柄のあるきれいなミサンガが同じように、山のように沢山入っていた。
その量は、圧倒的だった。
どれだけの時間をかければ、これほどのミサンガを作れるのだろうか?
彼女は僕のために、僕のためだけに一生懸命作ってくれていたのだ。
とてもありがたいと感じていた。
しかし、見なければ良かったと後悔していた。
バックを元の位置に戻し、足首に巻かれたミサンガを眺めていた。
トイレから戻ってきた彼女に気付かれないように、何気ない話をした。
彼女の気持ちに答えることは出来ないと思いながら、彼女を見送った。
成長して行く彼女とのこれからの関係に、一抹の不安を覚えずにはいられなかった。
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