第20話 デビュー戦

年も明け、練習前の体育館では、吐く息が白く、朝の日差しに反射してキラキラと、輝いていた。

その日は、いよいよ僕のデビュー戦ってことになっていた。

練習試合ということで、対戦チームをこちらの体育館に呼んでいた。


僕の身長は、成長期を迎えることなく、少しずつ伸びてはいたが、相変わらずのオチビさんでした。


支給された背番号18のユニフォームは、登録メンバー15名の最後の背番号だ。

この背番号のユニフォームが、一番サイズが小さいハズだったのだが、着てみるとパンツの丈が長く、腰の位置ではくと、パンツの裾がすねの位置で、股下の位置が膝の所になっていた。

それでは動きづらいため、応急処置として、パンツを、胸の位置まで上げ、そこで腰紐をきつく縛った。

上のランニングのユニフォームも大きいため、パンツの中に入れていたが、そのままだと、胸まであるパンツに背番号が隠れてしまうため、ランニングをかなり引き出し、背番号が出る状態として、なんとか着用に成功していた。

ようするにブカブカのユニフォームだった。


試合前の練習時間で、おのおの自分のペースでシュート練習を始めていた。

僕は、ゴール下付近で、落ちてくるボールを拾っては、先発メンバー達に配球していた。


「かわいい~」

「かーたん 見て見て かなたがユニフォーム着てるよ~」


そう言って、れいかが僕のユニフォーム姿を茶化してきた。

れいかの後に付いて来ていたかすみも、一緒に僕のユニフォーム姿を楽しんでいるようだ。


しばらくすると、キャプテンから集合の声がかかり、ランニングシュートの練習が始まった。

ハーフコートの中央と右側に2列に別れ、右側のメンバーがボールを持つ。

僕もボールを持って最後尾に並んでいた。

順番に、ランニングシュートするために走り出してゆく。

次は僕の番だ。

真ん中の列で、パスを受け取ってくれるのは、同じ学年の鈴木 達也君、愛称はタップロだ。

タップロの少し前方に向けて大きく弧を描くようなパスを出し、ゴールに向かって走り出す。


「かなた」


前に走りながらパスを受け取ったタップロは、僕の走りこみに合わせて、声をかけながら、リターンパスを返してくる。


パシッ タン タン


「よいしょ」


ボールを空中で受け取り、右、左とステップを踏み、声を出すくらいお腹に力を入れ、ボールをリングに向けて放り投げた。


本来、このシュートはレイアップシュートといい、高校生の僕であれば、ランニングジャンプでバスケットボードに、手を付くことが出来る高さまで飛べていたので、某バスケット漫画の赤頭の主人公のように、ボールを置いてくるようなシュートが理想形となる。


しかし理想形とは程遠く、今の僕のシュートは、どうみても運動会の玉入れだ。

はるか見上げた先にあるリングに向かって放物線を描き飛んで行ったボールは、リングの中央に吸い込まれてゆく。


カシュッ


腕立て伏せや、ダンベルによる手首の強化で、全身を使っての両手投げではあったが、シュートもリングまで届くようになっていた。

バスケの実力は、なんとか試合に出ても恥ずかしくないレベルまでは、到達していた。


ビッ!


試合開始3分前の笛が吹かれた。


練習で使ったボールを車輪のついたボールケースに放り込み、ゴロゴロと押しながらベンチの端に移動させ、コーチの所に集合した。


体育館の2階のギャラリーを見上げると、かすみ・れいか・おやじ・おふくろの4人の顔が並んでいた。


「かなた 3クォーター目で使うから、準備しとけよ」


「はい!」


勢い良く返事を返して、試合に集中することにした。


ゲームが始まり、第2クォーター終了時点で、5ゴール差の10点リードという展開だった。



点差を縮められない形で、ゲームを進めれば良いため、比較的楽な試合となることを予想していたが、そんな展開は待っていなかった。


ボールを運ぶ役割の僕に、二人のディフェンスが張り付いていた。

オールコートの2-2-1のプレスディフェンスだ。

味方からパスを受け取った瞬間に、前の二人が一斉に僕の所に詰め寄ってくる。

すぐに囲まれ、ボールを取られないようにパスの出し所を探すが、見当たらない。

あっと言う間にオーバータイムとなる5秒の時間が流れた。


ビ~ッ


「バイオレーション 青ボール」


まんまと術中にはまっていた。

まだ僕には、ダブルチームに対抗するほどのドリブルのキープ力が、身についていなかった。

この状態を打開するには、ワンタッチでリターンパスを行い、ゾーンディフェンスの空いている位置へ走りこみパスを受ける。

この作業を繰り返しながら、ボールをフロントコートに運んで行くのがセオリーだ。

今のメンバーには、その役割をこなせるメンバーがもう一人いないため、ジリ貧状態となっていた。


ドリブルにて、二人と対峙してみたものの、左右に一人ずつポジショニングされているため、ジリジリと後退しながらのドリブルが精一杯となり、二人の包囲網に捕まっていた。


僕以外のメンバーもパスを貰いに来ていたが、二人のディフェンスに囲まれ、慌てて出したパスをカットされ、得点を許していた。


ボールが、バックコートを出ることは無く、ワンサイドゲームとなっていた。

開始3分で、あっと言う間に逆転されてしまった。


タイムアウトが取られたが、打開策を見出せないまま、額の汗をぬぐって、手渡されたスポーツドリンクをゴクゴクと飲んだ。

のどが、カラカラだった。

まだ、開始3分しか経っていないのに、肩で息をしていた。


「とにかく 空いている所に動いてパスをもらえ」


そうコーチに言われている間に、1分間の時間が流れ、タイムアウト終了の笛が鳴った。


通常のバスケットであれば、役割をこなせるメンバーへの交替が出来るのだが、ミニバスのルールでは、出来ないことになっていた。

ここが、ミニバスの辛い所で、第3クォータまでは、そのクォータ中の交替は認められていないのだ。

6分間でなるべく点差を広げられないように、しのぎ切ろうと頑張っては見たものの、その差はどんどん開き、10点差までつけられてしまっていた。


ビ~ッ


待ち続けていた、終了のホイッスルが鳴り、肩を落した僕は、重い足を引きづるようにベンチへトボトボと歩いていた。

ベンチへ向かう景色は、ゆらゆらと揺れていた。

瞳からあふれる涙が頬をつたって流れ落ちた。


ベンチに腰掛け、タオルを頭からかぶり下を向いていた。


試合開始前は、シュートを1本でも決めて、自慢しようとか考えていた自分に腹がたっていた。

まったく、歯が立たなかった。

0対20、たった6分間の結果だ。

1対1ならば、対抗出来るくらいの自信はあったのだ。


まだ、まだ、実力が足りなかった。

高校生の記憶があるだけに、自分で対処出来る方法が頭の中には、あるのだ。

そのイメージを実行するだけのスキルが、ありさえすれば...


この10ヶ月間のことを振り返り、ベストを尽くしていたか?

そう自分に問いかけていた。


そんなことを考えていると、タオル越しに大きな手で頭をガシガシとなでられ、


「かなた まだ、終わってないぞ まかせろ」


そう言って、第3クォーターをベンチで休んでいたキャプテンの進君が声をかけて来た。

確かに、まだ試合は終わってなかった。


最終クォーターが始まった。

出番の終わった僕は、精一杯応援した。


ジリジリと点差は縮まっては行くが、デジタイマーの表示する残り時間は、どんどん減ってゆく。


ビ~ッ


味方チームは、善戦したが、一歩及ばず2点差で負けてしまった。


「ゴメン かなた...」


そう一言だけ告げて、キャプテンは更衣室に入っていった。

泣くほど悔しがる後輩の僕に、勝利を届けられなかったことを後悔しているようだった。


違う。謝らなければならないのは、僕のほうだ。

このゲームは勝てる試合だった。

あの第3クォーターで失敗しなければ...


この時ほど、頭について行かない体を恨めしいと思ったことは無かった。

小学生に負けた。この僕が...

頭が沸騰してきた。

鼻の奥がツーンとして、また目の前がにじみ始めた。


赤い目が恥ずかしかった僕は、試合が終わるとすぐ体育館を飛び出し、自分の部屋に逃げ帰った。

僕のデビュー戦は、苦い思い出となった。

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