第19話 アドバンテージ

校門の桜の木が薄桃色に色づき始める頃、学年も一つ上がり、4年生となっていた。

ミニバスのチームに入った僕は、メンバーとも馴染み、練習メニューもなんとかついて行けるように頑張っていた。


練習をしていて気づいたのだが、120cm無い身長は小さいという点で、実は大きなアドバンテージを持っていた。

本来バスケットボールは、身長が高い選手が有利なスポーツだと思われているが、身長が低くても出来るポジションが存在する。

PGポイントガード(司令塔)と言うポジションだ。

ボールを配給し、ゲームを組み立て、試合をコントロールする役割だ。

身長が低いことにより、低い位置でのドリブルとなるため、身長の高い選手からは、取りづらい状態となる。

120cm無いのだから、その状態が顕著に現れていた。


キャプテンの進くんは、とても面倒見の良い性格で、入って間もない僕に積極的に声をかけて、色々と教えてくれていた。

練習前には、1対1の相手を頻繁に付き合ってくれていた。


「かなた 取って見ろよ?」


そう言って、ボールを片手でわし掴みし、高い位置に掲げていた。

身長差40cm以上なので、ジャンプしても全くボールに触れることも出来ない状態だ。


「5秒! 5秒!」


手も足も出ない状況のため、ボールを持ち続けられる制限時間の5秒オーバーをアピールして、ドリブルを催促した。


「じゃ~ いくぞ~!」


ゴールを背にした状態で、ドリブルを始めたキャプテンは、余裕を持って背中側で必死にディフェンスする僕をおちょくるように、その場で数回ドリブルをし、ジリジリと後ろに下がって来た。

僕の顔の位置付近にあるキャプテンのお尻を必死で、両手で押さえてみたものの体重差はいかんともしがたく、圧力に負け後退させらる一方だった。

そのまま、ゴール下付近まで押し込まれると、キャプテンは、左足を大きく後ろに引き、ボールをキャッチし、引いた足を軸にして、グルンと反転した。

左足を軸にしたピボットターンは、僕の5歩分の移動距離をゆうに稼げる距離を一瞬で移動し、僕をあっさり、抜き去った。


その後、目の前の大きな背中の向こうから、放たれたボールは、放物線を描きゴールリングに吸い込まれて行った。


こんな感じで、ほとんど勝負は負けていた。


ご愛嬌のエピソードとして、成功したディフェンスがあったので紹介しよう。

伸長差があるからこそ出来た芸当なのだが、いつものように進くんが、後ろ向きに僕を背負う形でドリブルをしていた。

僕の目の前の進くんのお尻の下に見える景色には、ボールが一定の間隔で、弾んでいた。


ダーン ダーン ダーン


ボールが弾み、次のボールの着地に合わせて、バレーボール選手のダイビングレシーブのように、進くんの股下に向けて、おもいっきりヘッドスライディングの格好でダイブした。


パシッ


突き出した両手に、ボールが収まり、見事、ボール奪取に成功していた。

これには、キャプテンもかなり驚いていたが、二度と成功することはなかった。


こんな感じで、1対1を繰り返し挑戦することで、僕なりの攻撃方法が徐々に見え始めていた。


この攻撃方法とは、重心の低さを利用した、左右への動きだ。

小さい選手は、大きい選手に比べて、足も短く、重心が低い位置となっている。

通常は、動き出しの動作として、ドリブルで相手をかわす場合、フェイントをかけドリブルを開始する。

右方向に行くと見せかけて左方向に動くフェイク動作のことだ。


しかし小さい僕には、前回までのループによる経験上、このフェイントという技は、特に大きな選手や運動能力の高い選手と対峙する場合、効力を発揮出来ないケースが存在していた。

ようするに、フェイントに引っかかってくれないのだ。

ワンテンポ遅れてでも、相手の動き出しに合わせて動くようなディフェンスで、追いつくことが出来るため、フェイントの動作を無視され、その場で待たれてしまうのだ。


そこで、思いついたのがこの方法だ。

右斜め前方にドリブルしながら一気に加速し、ディフェンスを抜きにかかる。

この時、ディフェンスがついて行くために、1歩右方向に踏み出したタイミングを見計らい、急ブレーキをかけ、右手のドリブルをフロントチェンジをし、左手に持ち替えながら、左方向に90度向きを変え一気に加速する。

そうすると、この左方向へのドリブルに対して、相手のレスポンスが、劇的に遅れるのだ。

他の選手は、僕より重心が高く体重も重いため、一度動き出した動作からの逆方向への変更は、難しいようだった。


ちょこまかと動いている僕からすると、当たり前のことが、実は当たり前ではないようだった。

高校生の時に物理の授業で習っていたのだが、動き出した物体を止めるためには、物体の質量と速さの二乗に比例して、発生する巨大なエネルギーを押さえ込む必要があるため、大きい選手は、急には止まれないということだ。


このことに、小学4年生時点で気づけたことは、かなりのアドバンテージだ。

まだ、バスケを始めたばかりの僕は、体が全然出来上がっておらず、頭で思い描くやりたい動作と、自分の体力のギャップが、かなりある状態だった。

全般的な筋力UPと、持久力UPに加えて、このドリブルの武器を徹底的に、磨こうと決意し、練習に没頭していた。


こんな感じで、順調にスタートしたミニバスにも、暑い季節が過ぎようとしていた頃、ちょっとした事件が発生していた。


その事件とは、女子バスケに、れいかとかすみの二名が入部して来たのだ。

かすみは、相変わらず学校を時々休むような状態で、とてもミニバスが出来るような体では、無いハズだった。

訳をかすみに聞いてみると、どうやら れいか からバスケを始めたいとの相談を持ちかけたらしい。

その理由は、最近一緒に遊ぶ機会のめっきり減った、僕との時間を少しでも確保したいと言うことだった。

かわいいとこあるじゃん。そう心の中でつぶやいた。


相談を受けたかすみとしては、入部を止める理由は、見当たらないため、許可するしかなかった。同じく一緒にいる時間が減っていた彼女としても、一緒に入部することを決意したらしい。

小学4年生と張り合う彼女に、キュンキュンしていたのは、言うまでもなかった。

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