第18話 記憶の恩恵

バタバタと3月も過ぎようとしていた終業式間近の放課後、

僕は、始めようとしていたミニバスの練習を見に、体育館に向かった。


まだメンバーも数人しか集まっておらず、ボールを出したり、デジタルタイマーを出したり、練習前の準備をしていた。

見知った顔がいなかったため、入り口付近で、ぼんやり眺めていると、ふいに後ろから声をかけられた。


「お、天才君! そんな所で何してるん?」


知らない上級生らしい顔が、頭上からニヤニヤしながら覗いていた。

その声は、挑発的なトーンで発せられていた。

僕は、学校でもちょっとした有名人なので、彼は僕のことを知っていたようだ。

彼は、身長が160センチくらいあり、120センチに満たない僕からは、かなりの大男に見えた。


「もしかして、バスケ興味ある? 見てるだけだと寒いぜ 体操服ある?」


その日は、体育の授業が無く、持って来ていないことを伝えると、


「体育館シューズは、置いてるだろ? 取って来いよ」


体育館シューズを取りに教室に戻り、体育館入り口で、シューズに履き替えた。


「ほらっ ボール」


背の高い彼は、体育館に戻って来た僕に、いきなりボールを放ってきた。

彼との距離は、6~7メートルといったところか、初心者へのパスにしては、明らかに早い速度のボールが飛んできていた。


バシッ


思わず、両腕をたたみ両手を胸元の前に出し、ボールをキャッチした。

とっさの出来事だったため、無意識のうちに体が動いていた。

手のひらがビリビリとしびれたが、なんとか落さずキャッチ出来たようだった。


「ほ~う 取れんじゃん」

「もしかして、どこかでやってた?」


「いいえ 今日が初めてで...」


そう答えては見たものの、前回のループから3年ぶりに触る、バスケットボールは、どこか懐かしい感じがした。

前回のループでは、歴史を変えず、中学からバスケを始めており、基礎からのスタートだった。

バスケを始めた当初は、ほとんど走りこみの毎日だったため、それほど違和感を抱くことは無かった。

思い返すと確かに、ドリブルの感覚とか、けっこう早めにつかめていたような気がする。


「俺の名前は、長友 進だ よろしく」


彼は5年生で、次期キャプテンであると自己紹介してきた。

彼としては、チョコを沢山貰った有名人をちょっとからかってやろう思って、強めのパスをしたらしいのだが、まさかキャッチするとは思っていなかったようだった。

取り損なうか、良くてボールを避ける姿を想像していた彼には、かなりのインパクトを与えていた。


手のしびれも治まりはじめ、持っていたボールで、ドリブルをしてみた。

ミニバスケット用のボールは、中学・高校のボールよりふたまわり小さい5号球だ。

体の小さい僕には、小さいボールが、ちょうどいい大きさに感じられた。

最初はぎこちない感じで、ドリブルをしていたが、徐々に記憶の回路が繋がってゆくようで、だんだん感覚が戻ってきていた。


確かに、僕は高校生の記憶を持って、ループを繰り返していた。

通常の記憶ばかりに気を取られていたため、今日まで運動の記憶(技の記憶)について、意識したことが無かった。

体のサイズが異なることで、違和感はあるのだが、確かに技の記憶は残っており、反復練習を繰り返すことで、技の回路は、繋がるようだった。


手に吸い付くようなドリブルの感触に、ワクワクしながら浸っていたのだが、ふと我に返った。

う~ん。これってまた、マズイことになるんじゃね?

学年でほぼ一番小さな僕が、ミニバスで華々しくデビューして大活躍!って感じになりませんかね。


筋力がまだ付いていないため、すぐに以前と同じようなプレーが出来るわけでは無いが、技に見合った筋力を身につければ、理論上は、高校生並みのプレーが出来るようになるってことだ。


そんなことを考えているうちに、メンバーも徐々に集まり、練習が始まるようだ。

僕は、気に入られたようで、出来そうなところは参加してもいいと言われていたが、練習する格好ではないため、見学に徹することにした。


ランニングで、体育館の中を数周走った後で、輪になって広がり、ストレッチが始まった。

練習メニューは、特に目新しいものは無く、すぐにでも慣れそうな感じだった。


練習中に、コーチから、色々とミニバスについて、教えてもらった。

ミニバスが、バスケと違うところは、ゴールの高さだ。

バスケのゴールの高さが、3m5cmに対して、ミニバスのゴールは2m60cmと45cm低い高さとなっていた。

身長の低い僕にとっては、嬉しい情報だ。


あと、面白いルールが1つだけ存在していた、試合時間は、6分の4クォーター制だ。

出場する選手の数は、5名とバスケと変わらないのだが、第3クォーターまでに10人メンバーを交代して使わなくてならず、どんなに上手い選手でも、全てのクォーターに出場することが出来ないというルールだった。

要するに、レギュラーメンバーが10人なので、試合に出れる可能性が高くなるということだ。


そんな情報を仕入れつつ、僕は、あまり目立たないように、慎重にバスケを始めることを誓いつつ入部することを決めた。

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