第15話 わるあがき

いや、まだだ。ここでは終われない。

僕は、泣いている彼女を見て片膝を立て、刀と鏡を握りしめた。


考えろ。

今の僕に何が出来るのか?

これまでの2度の立ち合いで師匠は、どこにいた?

やみくもに突っ込みながら刀を振る僕に対して、師匠はなるべく動かず、刀をギリギリの位置でかわしていた。

太刀筋を読む事が出来るとは言っても、あまりに動かなさすぎるのではないか?

いや、待て、もしかして、動けない?

なぜ?

前回の師匠と今回の師匠は、対照的な位置取りをしていなかったか?


考えろ。

師匠は、常に闇の中にいた?

月影となる位置に立っていた?

もしかして、月明かりに照らされるとマズイのか?

単なる思いつきだ。可能性としては、かなり低い。

しかし、他に方法があるわけでもない。

試してみる価値はあるハズだ。

決心した。


残された時間はそれほど無い。東の空がうっすらと白み始めた。

体力は、ほぼ限界に達していた。

刀を床に突き立て、笑う膝に力を込めて床板を蹴った。

師匠に向かうのではなく、東側の格子戸の下に転がった。


右手の鏡で師匠の位置を確認し、子猫丸の刀身を鏡代わりにして、

月明かりの光を床板の影の部分に反射した。

弱い細長い光の帯が影を照らしていた。

刀の角度を変え、光の帯を師匠に向けて放った。


「ぐぎゃ~~~」


光を浴びた師匠は、靄っていた体の一部が実体化し、火傷をしたような傷を負い、その部分から煙を上げていた。


ビンゴ!

僕は、推論が正しい事を確信した。

しかし、この後鏡で師匠の姿を捉えることは、出来なくなってしまった。

鏡に写る範囲に入らないように、影の位置を高速で移動し始めたのだ。


鏡に移すことが出来ないのであれば、鏡も反射板として利用し、刀と両方を使うことにした。

二つの光線を師匠がいるはずの影の領域に向かって、対角線上を上下にクロスするように斜めに光を走らせ、追い込むように光の位置を操作した。

スパイ映画でよく見る赤外線センサーの赤い光の帯が、侵入者を検知するべく、上下方向と左右方向に移動していく感じだ。


師匠には足が無いため、横方向のセンシングが意味を為さない。どこかの空間に浮いている可能性があるからだ。

鏡に反射する光は、手のひらサイズの円形のため、刀の幅ほど範囲が広くないため、2本の光による追い込み漁はなかなか難しかった。

丁寧に、光の帯を闇に走らせるが、手ごたえがまるで無かった。

広い拝殿の闇を2本のラインで、センシングするには技術が足りないと感じていた。

師匠は、光の隙間をすり抜けるように、移動しているようで、捉えることは叶わなかった。


こうなっては、お手上げだった。東の空が次第に明るさを増し、南の空高く上がっていた下弦の月も白くなり始めていた。


「かなたよ よくぞ一太刀浴びせた」

「あの状況から、よく心を折ることなく、策を考え、実践したな」

「だが、次は、同じ手は食わぬぞ!」

「その一太刀を評して、これはわしからの褒美じゃ」


そう言って、師匠はこの勝負の終わりを告げた。

時を同じくして、腕の赤い宝珠にたまった砂が吸い込まれて消えて行った。

それと同時に、実践・交渉・人望の宝珠が輝いた。


「かなた ありがとう」

「頑張ったね」

「凄~く 頑張ったね」


彼女はそう言って微笑んでいた。

朝日が差し始めた拝殿に立つ彼女の頬には、キラキラと2本の筋が光っていた。


「一矢報いることは出来たけど、また負けちゃった」

「ごめん」


そう言って膝立ちでうなだれた僕を、彼女はやさしく抱きしめ、

僕のぐしゃぐしゃになった顔を彼女の胸で受け止めた。


「かなた 謝ってばかりだよ」

「まだ、これが最後じゃ無いよね」

「前回と違って、この経験は次に繋がると思うわ」


そう言って、しばらくそっと抱きしめてくれていた。


彼女の言う通りだった、

今回は何も出来なかった前回と違い、

一太刀は浴びせることが出来たのだ。

次の4年後のために、

何をすればよいか考え、

準備すればいい。

まだ、4年ある。

しっかり準備しよう。


そう考えられるようになった僕は、顔を上げた。

見上げた先には、優しく微笑む彼女の顔があり、赤い瞳に写る僕の顔は、酷かった。


恥ずかしい顔を見られるのが嫌で、俯こうとした頬を白い両手で挟まれ、阻止された。


彼女顔がだんだん近づく、え、このまま...


優しく口づけをされた。


う~ん。これってもしかして、ファーストキス!?

いいのか 俺 いいんだけど...

何か男として、情けなくないですか~


そんなことを考えながら、しばらく硬直していた。


かすみちゃん、男前!

僕の胸は、キュンキュンしてます。

惚れてまうやろ~。惚れてるけど...


とりあえず、これは二人にとって、二度目ということにしようと心に決めた。

そう、ファーストキスは、決してしょっぱい味では無い!!

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