第14話 二振りの宝剣
今回の約束の日は、前回と少し違っていた。
2月29日の月の出は、日付が変わる1時くらいで、月の入りがお昼前の11時くらいということで、前回より1日前の、29日の未明から明け方の数時間と言った感じだ。
準備が間に合っていないため、宝珠の力に頼ることは出来ない。
おまけに、前回と異なり小学3年生ということで、筋力・体力ともに全然足りていない状況だ。
宝珠の力に頼らないということは、宝剣で師匠を薙ぎ払う必要がある。
今の僕にそんなことが出来るだろうか?
前回は、宝剣「猫丸」を一振りするのが精一杯で、勢いあまって、拝殿の床板に深々と突き刺してしまっていた。
刀を振り上げた時、腕がプルプルして、とても長時間持ち上げられる代物ではなかった。
今回は、恐らく身長と変わらないくらいの刀身のため、重すぎて振り上げることも出来ないだろう。
困った。全然、刀を振る自信がない。
筋トレでも、剣道でもやっておけば良かった。
ゴリマッチョな小学3年生なら、あの剣を振れるかもしれないが、今の僕にはそんな筋肉はついていない。
おやじに相談して、アプリの売り上げから、ベンチプレスのセットを買ってもらおうと先々のことを考えては見たものの、今回をどうするかが問題だ。
今の僕に出来ることを探すため、師匠について弱点とかないのか、ネットで調べることにした。
ネットで欲しい情報を調べるのは、アプリ制作で慣れていたため、簡単に見つかるだろうと楽観視していたのだが、甘かった。
師匠!弱点ないじゃん!
どんだけ完璧だったんですか~。
学問の神様として祀られていることは有名なので、それなりに学問が出来たんだろうなぁとは思ってましたけど、
弓の名手としても知らており、百発百中の腕前だったとか、大蛇にカッパに大鯰を倒したとか、何やってるんですか~。
師匠!ハンパね~っす。
弱点は見つからなかったが、調べていた情報の中に、宝刀についての資料があった。
前回使った宝刀「猫丸」についてだが、この刀にはもう一振りの対になる刀が存在していた。
名は、「小猫丸」と呼び、その名の通り小さい剣で、脇差と呼ばれる種類の刀だった。
これなら、刃渡りも短く重さも軽いため、小学生の僕にでも振り回せそうだ。
「猫丸」を「小猫丸」に変える方法があるのかわからないが、一縷の望みを抱きながら、天神様の待つ拝殿に向かった。
夜も更け、日付が変わり東の空から下弦の月が顔を出す時間が迫っていた。
拝殿は、静寂に包まれており、緋色の袴姿のかすみが、神に祈りを捧げていた。
神棚には、三種の神器が奉納されており、宝刀「猫丸」は、前回同様、存在感を放っていた。
「ごめん... かすみ 間に合わなかった」
「こちらこそ ごめんなさい かなた を助けることが出来てなくて」
「どちらかと言えば、足引っ張ってたよね」
「そんなこと無いよ」
「一所懸命に頑張る かなた カッコイイから」
「れいちゃんが、かなたのこと好きになるのは当然だよね」
「小学生のれいちゃんに嫉妬するなんて、私 最低だね」
「あの時、正直、嬉しかったんだ」
「あの れいちゃんに、嫉妬する かすみ が可愛くて」
「あのって、ひどいw」
お互い、少しだけ笑った。
そんな話をしてる間に、東側の格子戸の影が段々濃くなり、神棚にまで伸びていた。
前回同様、神棚の
光が溜まるまでの時間を利用して、天神様(師匠)にお願いをする必要があった。
「師匠、いますか?」
「どうした かなた」
「一つお願いがあります」
「なんじゃ 申してみよ」
「その、剣なのですが、小猫丸に変えてもらえませんか?」
「ほう 小猫丸を知っておるのか?」
「はい もう一振りあると聞きまして」
「猫丸では、今の僕では持ち上げることもままならないので」
「ダメですか?」
「確かに、小猫丸であれば、そなたにも扱いやすいが、無駄だと思うぞ」
「先進・能動の宝珠の教えに則って、少ない可能性を信じて挑戦したいと思います」
「その心がけ、天晴」
「承知した 小猫丸に変えてしんぜよう」
そう告げると神棚の剣が輝きを増し、光の玉のような形になり、姿を変えていった。
そこには、刀身の短くなった剣が納まっていた。
「師匠 ありがとうございます」
「では 後ほど、お手合わせ願います」
「うむ」
それだけ、答えては見たものの、全く勝機が見いだせない状況に焦りを感じていた。
時間だけが過ぎて行き、格子戸の影もだんだん短くなってゆく。
神棚より剣と鏡を取り出し、左手の鏡に写る師匠を見つめた。
靄がかかったような姿をした師匠が、拝殿の床の上に浮かんでいた。
右手の「小猫丸」は、小学生の片手には少し重かったが、持てない重さではなかった。
半身に構え、正面に師匠を捉える。まず、上段に構えて、一太刀振りぬいた。
師匠は、太刀筋を見極めるように、体(靄)ひとつぶんだけ、スッと横に動かし、かわしていた。
この刀であれば、いけると確信した僕は、とにかくがむしゃらに刀を振るった。
鏡に写るその影を追いかけ、拝殿の中を転がりながら、切りつけた。
振ってはみたものの、ヒラリヒラリとかわされ、全く当たる気配も感じなかった。
やがて、全身からは汗が吹き出し、肩で息を切らしながら、刀を杖代わりに膝をついた。汗か涙かわからないが、目に沁みた。
まだだ、こんな所で諦められるか! 動け! 動け! 動けよ!
手に持っていた鏡と刀を取り落とし、膝から崩れ落ちた。
拝殿の床をその両腕で、おもいっきり叩いていた。
「かなた もういいよ 十分頑張ったよ」
「次があるんだから、もうこれ以上は」
顔を上げると、彼女は涙に濡れた瞳で、こちらを見つめていた。
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