第9話 天の宝珠
翌朝、まだ日が昇る少し前に、家を出た僕は、神社に向かった。
賽銭箱の横で靴を脱ぎ、誰もいない拝殿へと続く階段を上り進んで行った。
早朝の拝殿は、静まりかえっており、空気がピンと張っていた。
しばらくすると、頭の中に直接聞き覚えのある低い声が響いてきた。
「ひさしぶりだな。健在であったか」
そう切り出した天神様は、用件を一方的に伝えてきた。
前回達成出来なかった条件の提示ということで、今から言う、10の条件を満たせば良いとのことだった。
その条件の達成状況を確認するための、
それは、透明な9つの宝珠と1つだけ少し赤みのかかった宝珠が連なった物だった。
九つの宝珠には、それぞれ磨かなければいけない能力が割り当てられており、以下の通りだった。
[独立・能動・先進・鍛錬・実践・交渉・
独立:自立せよ! 「誰かが何とかしてくれる」と思うな!
能動:アリになるな! 自分の役目を自発的に決めて行動せよ!
先進:まず、やれ! 真っ先に飛び込むファーストペンギンになれ!
鍛錬:文武両道をめざせ! 日々の鍛錬にて己を磨け!
実践:己の力を発揮せよ! 鍛錬にて身につけた力を披露せよ!
交渉:交流・議論せよ! ディベート力を身につけよ!
循環:感謝を連鎖せよ! 思いやりの心を広く伝えよ!
人望:評価を求め 人望を高めよ!
達成度が増すにつれ宝珠が光り、これら9つの宝珠が光を満たすように、精進せよとのことだった。
最後の赤の宝珠は、うらみの宝珠といい、達成の条件がまったく正反対のものだった。
他人からうらまれることで、宝珠が真っ赤に染まった場合は、この試練は終わりを迎えるので、くれぐれも用心せよとのことだった。
終わりってなんですか?って突っ込みたかったが、そんなことはとても怖くて、聞くに聞けない状況だった。
ようするに、赤くなるのを抑えて、それ以外の宝珠が全部光れば目標達成ってことらしい。
クリアまでのタイムリミットは、2008年の2月29日と、前回失敗した、2012年2月29日の2回となっている。
最初の期限まであと、2年ちょっとだ。
わからないこと、相談したいことがあれば、ここにくれば話しをしてくれるらしい。
そこまで語ると天神様は、スッといなくなったようだった。
ここから先の数日間は、試行錯誤の日々がしばらく続いた。
もらった
左手の手首にはめ、どの宝珠が何をすると光が溜まってゆくのかそれを確かめてみた。
まず最初に光ったのは、能動と鍛錬の宝珠だった。
とにかく、色々試さなければならないが、手っ取り早く始めることとして、高校時代に行っていた毎朝のランニングを始めることにした。
もしかして彼女に会えるかもという下心が無かったかというとうそになるのだが、毎朝あの場所に向かうことで、いつでも天神様に相談することも出来るということで、日課とすることを決めた。
翌朝、ランニングから戻ると腕の宝珠の一つが光り始めた、宝珠の中心から光があふれ出し、花火のように弾けた。
弾けた光の粒が、宝珠の中に残っていた。
その後続けて、鍛錬の宝珠も光を放ち、同じように光の粒が溜まっていた。
どうやら、僕の決断や行動で、それぞれの宝珠が反応するらしい。
光の量は、その時の行いによって、変わるもののようで、小さなことではほんの少しだけ溜まり、なかなか行えないような凄いことをやると、大きく光が弾け、それなりに光が溜まって行くようだ。
この宝珠中で、最も理解に苦しんだのは、循環の宝珠だ。
感謝の連鎖という言葉の意味が、まったくピンと来ない感じだった。
しかし、この宝珠ほど、光らせたことで、僕の世界観を変えた物はなかった。
感謝している気持ちを伝えるには、「ありがとう」の言葉を相手に届ければ、良いと理解していた。
感謝の気持ちを伝えることを意識して、日々過ごしてみたが、これだけでは、感謝が連鎖することは無く、循環の宝珠が光ることはなかった。
ここで、所作の宝珠が光ったのは、予期せぬ出来事だ。
他人からしてもらったことに、気を配って感謝の気持ちを伝えることに注力した。
ランニング中の朝の挨拶、
「おはようございます」
「今日も、頑張ってるね~ 寒いから風邪ひかないように」
「はい!」
新聞を取りに来ている近所のおじいさんとの何気ない会話。
こんな会話をすることで、所作の宝珠が小さく輝いた。
感謝とは、相手に何かをしてもらった時、うれしいと感じる気持ちのことである。
それを連鎖させるということは、この気持ちを次々と繋げて行くということで、間違いなさそうだ。
どういうことかと言うと、以下のような内容になる。
僕と関わる誰かが困っている時に、少しだけ手を伸ばして、助けてあげたとする。
助けたことで、感謝された時に、感謝してくれた相手にお願いをする。
お願いとは、別の誰かが困っている時に、僕と同じように少しだけ手を伸ばして、助けてあげることだ。
このお願いと、自分ではない誰かに手を伸ばす行為が繋がることで、連鎖が始まる。
例えば、学校帰りに雨が降り出し、傘を忘れた友達が靴箱の所で困っていた時、少し勇気を出して声をかけ、一緒の傘で帰る。
その時に、その友達に、別の誰かが困っているときに、僕と同じように傘に入れてあげて欲しいとお願いをする。
このお願いは、なかなか繋がらないが、これが繋がりだすと、僕の周りの世界は、少しだけ優しくなった気がした。
まぁ、宝珠が光る判断基準は天神様が決めているようなので、納得できない時やわからない時は、理由を聞くために早起きをして、拝殿に向かった。
なぜ、納得できないのかを説明すると、天神様にその思いが届くこともあり、そんな時には、交渉の宝珠がかなり強く光ってびっくりしたこともあった。
そんなこんなで、しばらく僕なりに頑張っていたのだが、それぞれの宝珠の光り方は、かなり差が出る結果となっていた。
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