第7話 天神様
格子戸の影が少しずつ伸び始めるころ、僕は祭壇正面の、鏡に手を伸ばした。
月明かりに照らされた拝殿は薄暗く、巫女姿の彼女は、目を閉じ静かに座っていた。
心を決め、左手に鏡、右手につるぎを持ち、鏡越しに彼女をみた。
鏡の中には、彼女の姿はなく、そこには
しばらく、目を凝らしていると靄のようなものは、徐々に人の形に変わっていった。
しばらく待つと頭の中に直接響くような低い声で、それは語りだした。
「我は、この社に祭られているものである。名は、菅原道真と申すものなり」
「人々からは、天神様とも言われておる」
「我を断ち封ずるものよ、しばし我の話を聞け」
どうやら、この声の主は1000年前の平安時代に生きていた人で、学問の神様として祭られている有名なお方で、文武両道のお手本のような人であったらしい。
僕が手にしている剣もこの人が作ったものであるらしく、その名を神刀「猫丸」といい、立てかけてあったこの刀に走ってきた猫が当たった瞬間に真っ二つに切れたところからこの名がついたという逸話を持つものらしい。
おいおいおい、中学1年生にこんな危ないもの持たせて何やらせてんの~っと、つっこみたい気持ちをぐっとこらえて、彼の話の続きに耳を傾けた。
なんか色々話してくれたようだったが、ようは僕が、天神様のお眼鏡にかなっておらず、まだ彼女を渡すことは出来ないとのことだった。
彼を封じるには、この刀で切ればよいらしいのだが、彼は断固抵抗するらしい。
ようするに、無駄だと言っていた。
どうやら、彼は日本三大怨霊の一人として恐れられている一面も持っているらしい。
あれ、ちょっと待った!
かすみの話では、彼女自身が1000年の時を生きていて、時の狭間が云々、かぐや姫のモデルが云々、そんなこと言ってませんでしたっけ?
天神様いわく、ちょっとしたフィクションとのことらしい。
あの場で、自分の話が出せなかったため、口からでまかせを言わせていたらしい。
そんな彼の霊力にて、彼女は生かされており、彼が守護しなければ、生まれてすぐ
死んでしまっていたということだった。
彼女を守護し続けていたが、どうやら彼女の体を維持することが出来なくなり、
限界をむかえたため、やむなく僕を巻き込んだとのことだった。
う~ん。どうやら僕は、巻き込まれたらしい。
日本三大怨霊の一人である天神様が、なんの気まぐれか一人の少女を守護し、
彼女が成長するにつれて、自分の娘のように愛おしくなり、もう少し長く生かしてやりたいとの親心が芽生えたらしい。
そこまでは、理解できたが...どうして僕?
そのことについては彼女に、固~く口止めをされているらしく、その理由については教えてもらえなかった。
話をもどそう。
天神様を封じた勾玉を持つことで、彼女の体を普通の人と同じように戻すことができるらしい。
そのためには、天神様のお眼鏡にかなう条件をクリアする必要があるらしい。
そのお題は、この時までにクリアされていなければならないらしい。
ちよっと待った~。聞いてませんけど。お題のことなんて。
どうやら、詰んでいたらしい。
天神様は、小学1年生からやりなおした僕を試していたらしく、再び彼女と出会うまでに5年もの時間を費やしたことが、今回の敗因とのことだった。
そんなことを言われて、はい、そうですかと納得できるはずもなく。
僕は、右手に力を込め、刀をおそるおそる持ち上げた。
格子戸の影は、かなりながく伸びており、残り時間は、そう長くないようだ。
武道の経験もなく、ましてや刀を振るったこともなく、持ち上げたその刀は、
カチカチと震えていた。
刀は両手で持ちたいところだが、天神様の姿は、鏡にしか映らないため、どうしても片手で持たなければならなかった。
天神様を鏡に映すためには、正面に捉える必要があるため、半身に構えて、鏡に映る空間を右手の刀で切る必要があり、実際には見ていないところに刀を振り下ろさなければならないという離れ技を成功させる必要があった。
鏡に映る天神様は、あきれたような目でこちらを見ており、その場に佇んでいた。
僕は、今ならいけると思い、渾身の力で、掲げた刀を振り下ろした。
振り下ろした刀は、空を切り、拝殿の床に深く突き刺ささった。
その刀は、抜けなくなるほど、深く床板をえぐっていた。
それを見ていた天神様は、僕に二つの選択肢を提示してきた。
一つは、このままこの世界をあと4年続けて、前回と同様にかすみと一緒に死に、
10年前に戻ってやり直す方法。
もう一つは、この場でこの世界をあきらめて、6年前に戻ってやり直す方法。
僕は彼女を救うために、やり直しているのだから、救えない世界をこれ以上続ける
必要性が見つからないと考え、迷わずこの場でやり直すことを伝えた。
どうやら、この決断は間違っていなかったらしい。
「その心意気。潔し」
「残された時は、あまりないぞ」
天神様はそう告げて、彼女と話す時間を少しだけ用意してくれた。
彼女は、うつむいたままその場所に、座っていた。
「かすみ、ごめん」
「間に合わなかったみたいだ」
「こちらこそ ごめんなさい」
「かなたが私のために、出来ることを一所懸命やってきたことを知ってるから」
彼女の頬は、月明かりでキラキラと光る一すじの線を引いていた。
「次は、必ず....」
僕の声もそこまでしか出せず、その場に崩れ落ちてしまった。
これほど、自分を情けなく思えたことはなかった。
数時間前までは、これでかすみを助けられると、ある程度の自信もあった。
なのに、全然ダメだった。
彼女は、このことを分かっていたんだ...
そんなことを考えているうちに、月が西の空に沈み、日付が変わった。
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