第3話 そしてぼくは旅に出た

どうやら、委員長から僕の正体が同じクラスの転校生であることが伝わっていたようだった。

部活のジャージ姿で毎朝走っていることから、背中のローマ字の学校名から、同じ学校のバスケ部であることがわかり、この背の小ささもあって、僕が特定されたようだった。


彼女がどうして僕のことを知っていたのかを理解することが出来たのだが、そんなことは、どうでも良いくらい、朝の一言が気になっていた。


「助けてください」


なぜ?僕に

毎朝、走る僕の姿を見かけながら考えていたのだろうか?

僕に何が出来るのだろうか?

そんなことを漠然と考えながら教室に戻ったことを覚えている。

その日の朝以来、彼女を見かけることのない日々が続いた。


それからしばらくした期末試験前のある日、委員長から声をかけられた。


「今日って、部活休みだよね 一緒にかすみの所で勉強しない?」


「・・・・」


「放課後、神社の鳥居の所で」


「・・・・」


「絶対、来なさいよ」


「・・・・」


「返事は?」


「は・はい」


一方的に話され、どうやら行かなければまずい状況のようだった。


彼女の家は、神社の裏手にある社務所兼自宅となっており、二階の角部屋が彼女の部屋だった。

委員長に連行されるように、彼女の部屋に上がったのは言うまでもない。


彼女は、白いトレーナにデニムのラフな格好でそこにいた。

委員長が間を持たせてくれて、なんとか試験勉強が始まった。


勉強を始めて、1時間くらい経ったころ、突然、委員長が


「ごめ~ん かすみ 家の買い物、頼まれてたのを忘れてた」


そう言ってそそくさと帰ろうとし始めた。

オイオイ なんだその三文芝居のようなセリフ。

こうなることをあらかじめ仕組んでいたかのように。

彼女も特に驚いた様子もなく、


「れーちゃん ありがとね。 気をつけて」


「どういたしましてw じゃ~またね」


じゃ~またねって何だよ!

この状況どうすればいいの?

やばい、やばい、やばい、はめられた。


「じゃー僕もこの辺りで・・・・」


「はぁ~? 何か急用でも出来たんだっけ?」


委員長からのその一言で、その場に縫いとめられたのは言うまでもなかった。


委員長が帰ったあと、しばらく無言のまま勉強を続けていた。

そんな時に彼女が、申し訳なさそうに話しかけてきた。


「ごめんなさい」

「れいちゃんに無理を言って、ここにあなたを連れてきて欲しいってお願いしたの」


うつむき加減で、彼女はそうつぶやいた。

それからは、彼女はこうつぶやいた。


「これからお話することで、あなたの運命は、大きく変わることになります」


「今なら、元のままの生活を続けることが出来ますが、私を助けるために、一緒に来ていただけませんか?」


これ以上、話すと元に戻れないと宣言され、一緒に来てくれとお願いされ、どう答えるのが良いかしばらく考えてみた。


考えて見たところで、考える材料があまりに少ないことに気づいた。

Yes/Noを分ける判断基準は、僕が彼女をどう思っているか?

の一点に尽きるのではないかと思いあたった。


彼女のことを思い返してみた。

最初に会ったあの時から、僕はあなたに惹かれはじめていた。

あの絵を見た瞬間に、こころを鷲づかみされたような感覚を覚えた。

あの震える声を聞いたとき、その場で、答えられずに後悔したことを。

その後、君を助けると心に誓ったことを。


僕は、君のその吸い込まれそうな赤い瞳に見つめられ、

僕の心は、彼女の中に落ちて行くような感覚を覚えた。


落ちて行けば落ちていくほど、僕の心は熱くなった。

この気持ちは、なんだろう?

悪くない、むしろワクワクしている。

元に戻れない?それがどうしたというのだ。

この気持ちは、止められない。止まらない。

僕は、恋に落ちたようだ。それもかなり深く。


「僕は、君のために、行きます」


自然とつぶやいていた。

これから始まる無限に続くような運命の輪の中を繰り返す日々が始まるとも知らずに。


彼女は、やさしく微笑んで、そして悲しそうな顔をした。

僕は、彼女を守りたいと思った。

彼女が、今にも消えそうな不安がよぎり、僕は彼女の手を握っていた。


彼女は、まっすぐ僕を見つめていた。僕も彼女を見つめていた。

彼女の瞳に、写る真っ赤な僕が、少しずつ、少しずつ大きくなった。


僕はその日初めて、彼女とキスをした。

彼女のくちびるは、とても冷たく触れた瞬間に、体が硬直したことを覚えている。

魂が混ざるような感覚に襲われ、しばらく記憶がなくなったような気がする。


それから数日後の寒い日の朝に、彼女はこの世を去った。

それから7日後の朝に、僕も彼女と供にこの世を去った。

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