第2話 キューピット登場!!

そんな彼女と言葉を交わすようになるには、もうすこし時間が必要だった。


秋も深まるある朝、文化祭の準備のため体育館が使えなくなった日に、いつもの時間に登校してしまった。

時間を持て余していたそんな時に、ふと体育館の壁に貼られている一枚の絵に目がとまった。


その絵には、いつものランニングコースの山道の風景が描かれていた。

とてもきれいな風景で、朝焼けの空の下、小高い山の頂上の歩道を一人の青年が走っている作品だった。

静かな風景とは対照的に、凛とした空気の中を白い息を吐きながら颯爽と走るその姿は、躍動感あふれ、走る息遣いが、今にも聞こえてきそうな感じがした。


僕を、見てくれていた。彼女が、僕のことを描いてくれていた。

いつから僕を見てくれていたのだろうか?

どうして僕を描いてくれたのだろうか?

彼女は僕が気づくことを承知で、この絵を描いて、ここに展示したのか?

疑問符ばかりが、頭に浮かび、彼女と話したいという願望が、ふつふつと湧き上がってくる気持ちが募り始めた朝だった。


しかし、その日の教室も彼女の席は、空席だった。

次の日の朝、いつもの時間より、少し早く目が覚めてジャージ姿に着替えた僕は、予定のコースを走り始めた。

頭の中は、彼女のことでほぼ占められており、山の神社までの道のりをどう走っていたのか思い出せないくらいぼーっとした意識で、赤い鳥居のところまで、来てしまっていた。


鳥居の先の神社の境内に、彼女が一人立っていた。

いつもの竹箒を手に持ち、赤い袴に白い衣装をまとい、こちらを眺めていた。


聞きたいことがたくさんあったはずなのだが、いざその時になると、どう話かけようか? 正直、困ってしまった。

「おはようございます」の一言が、出てこない僕は、走り去ろうとしたその時に、彼女から声をかけられた。


「おはようございま~す」


声が震えていた。

声をここまで届けるために、一所懸命、大きな声を出しているようだった。


僕のへたれ加減をののしりつつ、彼女の精一杯の一言に感謝しながら、彼女のそばまで走っていった。


「おはようございます。今日もいい天気ですね」


「そうですね」


「あ、あの、絵 描いてくれてありがとう」

「どうして?僕」


これだけしか、言葉が出てこなかった。

どうして僕を描いてくれたのだろう?僕のことをどう思っているのだろう?

聞きたいことは、たくさんあるはずなのだが、続く言葉がこぼれ落ちていく。

彼女のすいこまれそうな赤い瞳に見つめられ、心臓のバクバクが、彼女に聞こえてしまうのではないかと思えるくらい、早く大きく打ち鳴らしていた。

悟られまいと、次の言葉を探してるところで思いがけない言葉が聞こえた。


「助けてください」


突拍子も無いその一言に、びっくりした表情をした僕に、彼女は、少し困った表情をして、目を伏せてしまった。


僕に助けてほしいって? え~ どうしょう。

彼女は、何に困っているのだろう?

僕のことをどう思っているのかとか、聞いてる場合じゃないよね。

彼女のその一言で、僕が聞きたかった色々な事が吹っ飛んでしまった。


「ごめんなさい」


「なんでもないです。どうか忘れてください」


彼女は、耳を赤くしてそうつぶやいた。


こんなときになんと答えればよいのか、僕の頭は真っ白になり、しばらくその場に固まっていたことは、彼女しかしらない。


その後になんと言葉を交わしたのか定かではないが、その場を逃げ出すように走り出し、家まで帰ってきた僕は、やっぱりへたれだった。


なぜあの時、話を聞いてあげられなかったのだろう、後悔している自分に腹が立ってきた。

彼女は、僕に助けてほしいと言ったのだ。

勇気を出して話しかけてくれたのに、絵も描いてくれたのに、僕は何も出来ていない。

何でもいいから彼女の役に立ちたい。

次会った時に、彼女と話をしよう。そして彼女の力になろう!

僕はそう心に決めた。



その日の昼休み、クラスの委員長の日野さんが、すごく怖い顔で、僕に声をかけて来た。


「あんた、かすみに何したの?」


いやいやいや ちょっと待ってと心の中で叫びつつ、委員長の次の一言を待っていると、


「学校に来れていないかすみが、何であんたのことを知ってるの?」

「なんか知らないけど、謝って欲しいって言ってて」

「何がどうなってるの?説明して」


マシンガンのように、畳み掛けるその言葉に、少しのけぞりながら、委員長を見ていると、


「なんとか言いなさいよ」


まるで取調べを受けているような状況になり、クラスメイト達は、知らないふりをしながら、興味深々に聞き耳をたてていた。


そんな状況の中、とても答えられる状況でないと判断した僕は、


「説明するから一緒に来て」


とそれだけ答えて、体育館のあの絵の所まで逃げ出すように、委員長を連れ出した。


「この絵... もしかして君?」


委員長は、目を丸くしてそうつぶやいた。

委員長は、名前を日野 麗華といい彼女の幼馴染みだった。


彼女は、体が弱く学校をよく休むため、その日の出来事や授業内容を伝えるために、彼女の所に足しげく通っているとのことだった。


そんな委員長のところに、朝っぱらから携帯に親友から、お願いメッセージが来たものだから、何事かと殺気だっているようだった。

内容は、それほど面識のないハズの転校生に、謝って欲しいと言う事だったらしい。


絵を見た委員長は、少し怒ったような、少しやさしいような、少しさみしいようなそんな表情で、その絵をしばらく見つめていた。


「何があったかは知らないけど、かすみを泣かすようなことをしたら、容赦しないからね」


そう告げた委員長は、教室に引き上げていった。

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