EX78 ムラムラスカーレット 大森林で見つけた猫を飼う


 神国イーティスの神王城、神王の執務室。

 大きな執務机で、スカーレットは書類にサインをしていた。


「あぁ……やっと落ち着いたわね」


 午後の日差しが窓から差し込む中、スカーレットは大きく背伸びした。


「そうっすねー。スレヴィのクソ野郎が残した遺産も、たぶんもういねぇっす」


 小さな執務机に座って書類を読みながらトリスタンが言った。


「まぁ、ゾーヤ軍さまさまね。怪しい奴はみーんな、自主的に戦争に征ってくれたわ」

「疑わしい奴が最前線に配置されるよう、手を打ったんで、生きては戻らないだろう……っす」


 ゾーヤ軍の配置をいじるのは非常に簡単なことだ。

 なぜなら、アルが司令官で、ベンノが参謀、更にナシオが神王代理としてゾーヤ軍に関わっているのだから。

 上層部は全部スカーレットの配下である。


「あー、久々に心が軽くなったわ」スカーレットが2回目の背伸びをした。「時々、あたし何やってんだろう? って虚無感にも襲われてたし」


「そりゃ俺もっす。強くなりたくてあんた……スカーレット様の下に付いたのに、なんで内政やってんだって話」

「そろそろ本格的に剣を教えてあげるわ」

「マジか!」


 トリスタンは勢い余って立ち上がる。


「マジよマジ」スカーレットが肩を竦める。「でもその前に、ちょっとムラムラするからそれを解消したいわね」


「おう! ムラムラの解消は大事……ってなんだって?」


 トリスタンは引きつった表情で言った。


「そんな顔しなくても大丈夫よ? 部下を襲ったりしないから」

「え? ああ、ああ、だよな……?」

「アスラのところにでも行こうかしら」


 すでに1回、関係を持っているので誘いやすい。


「いや、遠すぎだろ……北の果てっすよ」


 そしてイーティスはかなり南側に位置している。


「そうよねぇ。ナシオがいたらすぐ行けるんだけど、今は出向してるし」スカーレットが首の運動をしながら言う。「あたしもドラゴンでも飼おうかしら? 移動手段として」


「おい勘弁してくれよ……これ以上、魔物増やさないでくれ、ください」

「そろそろ慣れたんじゃないの? アルもナシオも、なんならゾーヤだって魔物でしょ? ナシオの姉なんだから」

「慣れるとかの問題じゃねぇっす」


 トリスタンは溜息を吐いて、新たな書類に手を伸ばした。


「まぁ、移動手段はあって損はないでしょ」


 スカーレットが立ち上がる。

 それと同時に、開けっぱなしにしていた執務室の入り口を潜り抜けてメロディが入室。


「あ、お姉様。悪い報告といい報告があるよ?」


 メロディが淡々と言った。


「悪い報告って?」とスカーレット。


「お姉様ってさ、ゾーヤ信仰を破壊したでしょ?」

「ええ。神殿も壊したし、像も倒したし、信者は処刑したわね」

「でもゾーヤって実在したわけでしょ?」


「ああ……なるほど分かったわ……」スカーレットが自分の頭を押さえる。「再燃したのね? ゾーヤ信仰が」


「そう。どうする?」

「今更、許すわけないでしょ? あたしは自分が神だと宣言したし、ゾーヤ信者を大量に殺してるのよ?」

「じゃあ弾圧しとくね」


 メロディが笑顔でサラッと言った。


「熱心な奴は」トリスタンが口を挟む。「ゾーヤ軍に行くだろ?」


「うん。でも生きて戻ったら信仰を深めると思うよ」メロディが言う。「生きて戻さないなら話は別だけど、それだと国の人口が減りすぎてヤバくない?」


「……解決策はあるわ」スカーレットが言う。「フルセンマーク全土と大帝国ってやつもあたしの支配下に入れればいいのよ。それで人口問題は解決」


「強硬手段だな……」


 トリスタンは本日もう何度目か分からない引きつった表情を浮かべた。


「ゾーヤ信仰の方も、あたしがゾーヤを殺して真の神だって宣言するわ」


「ええええ!?」メロディが手を叩いて喜ぶ。「神様殺しちゃうの!? いいなぁ! 私が殺してもいい!?」


「なんであんたが殺すのよ……」


 スカーレットが呆れた風に言った。


「私はお姉様の部下だし、実質お姉様が殺すのと同じよ! 間違いない! それにゾーヤはお姉様の部下にすら勝てない格下ってことにもなるし! ね!」


「ね、じゃないわよ。戦いたいだけでしょうが……」スカーレットが溜息を吐く。「まぁでも、それも悪くないわ。やれるなら、やってみなさい」


「やったぁ!!」


 メロディが飛び上がって喜んだ。


「それでいい報告って何だ?」とトリスタン。


「あ、うちの里から1人降りてくるんだけど、その子は頭がいいの」メロディが言う。「たぶんお姉様の後継者になれると思う。もちろんマホロ候補だから強いし」


「そう。それは楽しみね。あんたの仲間なら、まぁスレヴィみたいには……ならないでしょ」


 スカーレットはスレヴィの件が割とトラウマになっている。

 あいつは負の遺産を多く残した。スカーレットの心も大きく傷付けた。


「それは大丈夫。ところでお姉様、どっか行くの?」

「ええ。大森林に行ってくるわ。ストレス発散と乗り物の確保よ」

「わぁ! 魔物をぶっ殺してストレス発散!?」

「お? そいつはいいな」


「「一緒に……」」


「あんたたち2人に国のことを任せるわね! たぶん30日以内には戻るわ! それじゃあ、よろしく頼むわよ!」


 スカーレットはメロディとトリスタンの言葉を遮って、急いで執務室を出た。

 2人が付いてくると、色々と困る。国家運営的にもそうだし、スカーレットはそもそもムラムラしているのだ。

 ストレス発散とは魔物退治ではないのだ。

 大森林で開放的に1人で致す予定なのだ。



「いやっほー!!」


 スカーレットは全裸で泉に飛び込み、水泳を楽しんだ。

 ここは大森林の奥地。スカーレットが神王城を飛び出して、すでに数日が経過している。

 スカーレットはほとんど魔物に襲われることなく、この泉まで到達。

 よほど頭の悪い魔物でなければ、スカーレットを襲ったりしない。なぜなら圧倒的強者だから。


 ちなみに、この泉まで到達した者は魔殲の連中ぐらいで、正規の探検家たちはここまで辿り着いていない。そういう秘境。

 この泉には水棲の魔物が多く存在し、そのほとんどが上位の魔物である。

 しかし彼らは、泉の底でガタガタと震えながらスカーレットという嵐が過ぎ去るのを待っていた。

 スカーレットはほどよく疲れるまで泳いで、陸に上がった。

 そしてそのまま草の上に寝転がって伸びをした。


「ああ、やっぱ1人で森林浴っていいわねぇ。全裸でも何も言われないし!」


 開放感に身を任せているスカーレットである。

 ある程度、身体が乾くまで空を眺めてから服を着た。それからバックパックを背負って更に奥地を目指して出発。

 更に数日、スカーレットは進んだ。ドラゴンを探して奥へ奥へと。

 時々、全裸になって開放感を楽しんだり、ムラムラを解消したりと、森林散歩を楽しんだ。


 久々のまとまった休暇である。スカーレットはとことん楽しんでいた。

 食糧はすでに底を突いていたが、大森林産のアレやコレやを食していたので問題ない。

 そして。

 幅の広い川に出た。

 その川の向こう岸に、綺麗な大きい猫を発見。白色だけど、黒い模様が入っている珍しい猫。


「可愛い! あの猫、連れて帰ろう!」



 彼は大森林の奥地を支配する最上位の魔物だった。

 白虎と呼ばれる種族で、知能も戦闘能力も高い。

 彼が歩けば、他の魔物たちは道を空ける。彼が吠えれば、他の魔物たちはその場に伏せて震え始める。

 彼は紛うことなき王だった。その周辺では、という注釈が必要だが、間違いなく彼はその辺りを支配していたのだ。


 ドラゴンとだって、彼は戦ったことがある。もちろん撃退した。

 彼には無尽蔵の魔力があって、覇王降臨さえ使いこなす。

 残念ながら魔法は使えないが、元々の身体能力が圧倒的に高いので、何の問題もない。

 それに特殊スキル『幻爪げんそう』は遠く離れた敵を引き裂くことができる。

 そう、つまり彼は強いのだ。


 そんな彼の縄張りに、金髪の人間が現れた。賢い彼は人間のことも割と知っていた。

 殺したこともあるし、言葉だってある程度は理解できる。

 そう、その人間は偉大なる彼のことを猫と呼んだのだ。

 本来ならそんな侮辱、彼は絶対に許さない。怒り狂って引き裂くに違いない。

 だが今回、彼の反応は違っていた。

 その人間を計れなかったのだ。底が見えない。まるで深くて暗い闇のようで。

 彼が戸惑っていると、人間は覇王降臨を使用し、川を軽々と飛び越えた。


 その瞬間、彼は理解した。

 あれは怪物である。自分では勝てない、と。

 気付いたら、彼は踵を返し、無様に逃亡していた。

 こんな屈辱は生まれて始めてだった。闘争することなく逃走するなど、彼の人生において初めてのこと。

 だが彼の本能は正直だった。

 今の彼の心境を人間の言葉で翻訳すると、


「助けてママー!! なんか怖いのがいるよぉぉ!! 殺されるよぉぉぉ!!」


 である。

 まぁ、彼のママはとっくに土に還っているのだけれど。

 彼は全速力で逃げた。それはもう、足が千切れるのではないかと思うぐらいの勢いで逃げた。

 そのはずなのだけれど。

 魔天使に回り込まれた。

 彼は急制動をかけて地面を滑る。

 魔力の塊である魔天使は、柔らかな笑みを浮かべている。


 その姿は、彼の心を打ち叩くほどに美しく。

 右側の背中に存在する黒い6枚の翼は、魔の証明のようで。

 左側の背中に存在する白い6枚の翼は、聖の証明のようで。

 頭の上に輝く天使の輪っかが浮かんでいる。

 顔には黒い幾何学的な模様が浮かんでいる。


「捕まえたっ!」


 人間が彼の背中に飛び乗った。

 彼はハッと我に返り、幻爪を使用。逃げられないなら、戦うしかない。

 人間の背後に青い三本の爪が出現。即座に人間を攻撃したのだが、その人間は彼に乗ったままヒョイと躱してしまう。


「大丈夫! 怖くないから!」


 そんなわけあるかボケっ! と彼は思った。


「ヨシヨシ! 大丈夫だよ! ヨシヨシ!」


 人間は白虎を両手で撫で回した。

 割と気持ちよかったが、怖いことに変わりはなく。


「あたしはスカーレット! あんたは今日からシロね!」


 勝手に名付けをされた。

 人間改めスカーレットが魔天使を消す。

 もしかして、殺されないのかな? と賢い彼は思った。


「それにしても大きい猫ね! あ、魔物だから猫ではないのよね!」

「にゃ……にゃあ」


 彼は猫に成りすました。

 本能的にそうしてしまった。


「あ、猫の魔物なのね! 可愛い!」


 ギューッと抱き付くスカーレット。


「ドラゴンを捕まえようと思ったけど、あんたでいいわシロ。このままあたしを乗せて、あっちに移動よ!」


 スカーレットは指を指しているが、彼には見えなかった。背中に目はないのだ。

 彼が戸惑っていると、スカーレットが「あっちよ! あっちだってば!」と言う。

 彼は仕方なく、歩き始める。


「そっちじゃないわ!」とスカーレット。


 彼は方向を変えた。


「そうそう! 賢いわね!」


 彼はスカーレットを乗せたまま、フルセンマークへと移動した。

 彼と比べれば、スカーレットは小さくて軽いので、重さはほとんど感じなかった。



「いやいやいや! あんたそれ、白虎じゃねぇか! 捨ててこいそんな凶悪な魔物!」


 スカーレットが神王城に戻ると、トリスタンが慌てた様子で言った。


「はぁ? この子すごい大人しいのよ?」


 スカーレットはシロの背中に乗ったままで言った。

 ちなみに街中もシロに乗ったまま移動したので、目撃した人々は硬直していた。

 もちろん入城した時の警備兵たちも硬直していた。


「バカ言うな! その大きさ、そいつは白虎の中でも最強の個体だぞたぶん! 俺がまだ魔殲だった時、白虎にやられた仲間もいたはず」

「えぇ? 猫の魔物にやられるって、あんたらどんだけ弱いのよ……」


 スカーレットが呆れた風に言った。


「それが猫のわけないだろ!?」


「にゃ……にゃあ」とシロ。

「ほら!」とスカーレット。


「嘘だろ!? にゃあって言ったのお前!?」


 トリスタンが酷く驚いて言った。


「とにかく、この子はドラゴンほどじゃないけど、すごく速いし、何より可愛いから飼うわ」スカーレットが満足そうに言う。「ちなみに名前はシロよ」


「にゃあ」

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