第5話 大丈夫、壊さないから 武器には優しいんだよ私は


 フラメキア聖国、大聖堂の敷地内。

 アスラたちは聖騎士に案内されながら、敷地内を見て回った。

 ちなみに、アスラたちは10人2部隊で、部隊分けはすでに完了している。

 アスラ率いるアルファチームとイーナ率いるブラボーチームだ。


 アルファチームはアスラ、レア、シモン、フラメキア憲兵、他国の憲兵の5人。

 ブラボーチームはイーナ、ハンネス、フラメキア憲兵2人、他国の憲兵の5人。

 フラメキアの憲兵を多めに配置しているのは、アスラなりの配慮だ。フラメキア聖国内で、フラメキア憲兵を蔑ろにするのは効率が悪い。


「思った以上に広いね」


 歩きながら、アスラが呟いた。

 まだ大聖堂内部に入っていない。大聖堂の外周をグルッと回っただけである。聖王城の方は、今回は関係ないのでスルー。


「ふん。憲兵など不要だ」


 案内役の聖騎士が言った。

 30代の男性で、シルバーの綺麗な鎧を装備している。


「聖王陛下の決定事項です!」


 シモンがムッとして言った。


「だから案内してやっているだろう?」聖騎士は溜息混じりに言った。「本来、お前らの管轄じゃないんだぞ?」


「そりゃそうだね。悪いね。こっちも仕事だからねぇ」アスラが言う。「怪盗自体は君らが捕まえてくれても問題ない」


「ふん。そのつもりだ」


 聖騎士はやる気満々だった。

 この案内役の騎士だけでなく、敷地内を巡回している聖騎士たちの顔にはやる気が漲っていた。


「我が国の中枢を、我々聖騎士団が守るこの聖地を! 薄汚い怪盗なんぞに踏み荒らされてたまるものか! あまつさえ我らが国宝、ゾーヤの針を狙うとは!」


 聖騎士は怪盗への怒りを露わにした。

 やる気があるのはいいことだ、とアスラは思った。協力的でなくても、聖騎士たちは十分に役立ちそうだ。

 アスラたちは少し歩いて、大聖堂の入り口の前で立ち止まった。


「中に入れるのは1部隊のみだ」と聖騎士。

「そんなバカな!」とシモン。


「お前たちの配置は中に1部隊、外に1部隊と聞いている」聖騎士が言う。「本来なら大聖堂の中に入れるのは選ばれた人間のみ。聖王陛下と大司祭様に感謝しろ」


 シモンが更に噛み付こうとしたが、アスラが制止。


「問題ない。私の部隊が中に入る。イーナはもう一度周囲を確認して、どういう配置にするか考えておくれ」

「……あい」


 イーナは素直に頷いた。

 ブラボーチームのメンバーも、特に異は唱えない。

 聖騎士が歩き始め、アルファチームが続く。

 大聖堂の中は相当広かった。まず目に入るのは豪奢なステンドグラス。ゾーヤを模した女性が描かれている。

 それから、細かい装飾の施された石柱と石像。

 いい雰囲気だね、とアスラは思った。

 アルファチームの面々も「ほぉ」と大聖堂内部の雰囲気に心を奪われていた。


「金かかってますね……」


 シモンだけはやや否定的な言葉を吐いた。

 そして事実、この大聖堂にはとんでもない額が投入されている。それはアスラにもパッと見で理解できた。


「大聖堂だ。当然だろう?」


 聖騎士がふん、と鼻を鳴らす。


「祈ってる人はいないんだねー」


 キョロキョロと見回しながらレアが言った。

 参拝客はいないが、聖騎士が数名配置されている。


「今は誰も入れてない」聖騎士が言う。「少なくとも、怪盗を捕らえるまでは誰も入れない。大司祭様の指示だ」


 アスラたちは大聖堂の奥へと進み、関係者しか立ち入れない扉を潜る。

 それから地下への階段を下りて、宝物庫へと入る。

 宝物庫の前には聖騎士が2人立っていた。

 宝物庫の中には数々のお宝が綺麗に整理されて置かれていた。


「わぁお」


 レアがとっても楽しそうに言った。


「触るなよ?」と聖騎士。


 宝物庫の奥の更に奥に、豪華絢爛な両開きの扉がある。その扉の前にも、聖騎士が2人立っていた。

 案内役の騎士が、扉を守る騎士と言葉を交わす。それから、豪華絢爛な扉が開かれる。

 中は非常にシンプルな作りだった。飾り気の1つもない殺風景な部屋。

 その部屋の中心にガラスケースが置かれていて、中に槍が入っていた。

 アスラはその槍をジッと観察した。


「槍っていうか、薙刀だねこれ」


 穂先が刀のように反っていて、片刃。穂先と柄の接合部分に紫色の宝石と装飾が施されている。

 柄そのものも薄い紫で塗られていて、濃い紫で幾何学的な模様が描かれていた。

 一言で表せば、高そうな武器。実戦よりも儀式とかで使いそうな雰囲気。

 ゾーヤの針って名前はまったくもって似合っていない。少なくとも、アスラはそう思った。


「なぎなた?」とレア。


「こういう長柄武器のことだよ」


 アスラはゾーヤの針を指さしながら言った。


「もういいか?」聖騎士が言う。「これだけ厳重なんだ、怪盗なんぞに盗めるとは思えんだろう?」


「それは怪盗を甘く見過ぎ!」レアが言う。「魔法使いなんだから、怪盗は! しかも精神系か幻覚系か、とにかく厄介な属性なんだから!」


「なんだ急に……」


 レアがハイテンションで言ったので、聖騎士が少し引いた。

 アスラは小さく首を振った。やれやれ、という意味だ。

 レアのテンションの乱高下は以前からだ。今は聖遺物を前にして楽しくなってしまったのだ。


「いくつか質問がある」アスラが言う。「この槍はずっとここにあるのかい?」


「そうだ」聖騎士が言う。「数年に1回、お披露目をするために持ち出すこともあるが、基本的にはここだ」


「なるほど。ではこの場所を知っているのは何人ぐらいだい?」

「それほど多くはないが……少なくもないか。聖騎士のほとんど、大司祭様、司祭様、その他助祭たちに、元貴族たち、聖国の中枢を担っている官僚たち、と言ったところか」

「ふむ。その中の誰かが、すでに怪盗にこの場所を漏らしているはずだよ」

「なんだと!? そんなバカなことがあるか!」


「もしくは、その中の誰かが怪盗か」アスラが言う。「どちらにしても、彼はこの場所を知っている。間違いなく知っている。そうでなくても、知ることができる。だからあんな予告状を出した」


「そりゃ、そうだわね!」レアが嬉しそうに言う。「置き場所が分からない物は盗めないんだもの! ついでに言うと、侵入する算段もすでに付いているんだわ!」


「というわけで、場所を変えよう」


「バカを言うな貴様!」聖騎士が怒って言う。「聖遺物だぞ!? 我が国の宝だぞ!? 勝手に動かしていいと思っているのか!?」


「盗まれるよりマシだろう?」


 アスラが指をパチンと弾くと、ガラスケースの上に小さな魔法陣が出現。

 みんなの視線が魔法陣へと集中する。

 魔法陣から一枚のピンク色の花びらがヒラヒラと舞い落ちて、ガラスケースと接触。

 同時に小さな爆発を起こしてガラスケースを粉々に砕く。


「何事だ!?」


 外の聖騎士2人が飛び込んでくるが、アスラはどこ吹く風。

 サッとゾーヤの針を持ち上げ、クルクルと回してみる。


「き、貴様! 何をしているのだ!?」


 案内役の聖騎士が言って、そのまま剣を抜く。

 外から来た2人も剣を抜き、アスラ以外のアルファチームのメンバーは何がなんだか分からずに混乱している。


「さっきも言ったけど、隠し場所を変えよう。さすがの怪盗も、前日に隠し場所を変えるとは思っていないだろう?」


「ふふふふふふ、ふざけるな貴様!」と案内騎士。

「それを置け!」と聖騎士A。

「聖遺物に触れるな貴様!」と聖騎士B。

「嘘だろ……俺のキャリア終わりじゃねぇかこれ……」とシモン。


「なんだい? こんなの普通の武器じゃないか。ちょっと豪華なだけでさぁ」


 ヒョイっとアスラがゾーヤの針を肩に担ぐ。


「そんな雑に扱うなアホ!」と案内騎士。

「我が国の宝なんだぞ!?」と聖騎士A。


「大丈夫、壊したりしないよ」アスラが言う。「盗まれないように場所を変えようってだけじゃないか」


「ああ、終わったわ……」レアが膝を突き、神に祈るようなポーズで言う。「憲兵人生よサヨウナラ。私、明日から新しい仕事を探さなきゃ……」


「俺のせいだ……」シモンは世界の終わりを目撃したような表情で言う。「俺が、大聖堂を警備する許可なんか取ったから……」


「いや、落ち着きたまえよ」

「落ち着いていられるかっての!!」


 フラメキア憲兵が大袈裟な身振りを加えて言った。

 他国の憲兵はオロオロしている。


「私は壊したりしない。私にとっては何の価値もない槍だけど、君らが大事にしているのは知っている。だから壊さない。安心したまえ」


「違う! そうじゃない!」と案内騎士。

「そもそも、それに触るな!!」と聖騎士A。

「むしろ貴様が怪盗なのではないか!?」と聖騎士B。


「私が盗む気なら、君らはもう死んでる」アスラがヘラヘラと言う。「でも君ら生きてるだろう? 私はこの槍に興味ない。もっといい武器持ってるしね。単純に1番効率がいいってだけだよ。場所を変えるのが」


「それはそう!」レアが立ち上がる。「でも、他国の国宝を勝手に触るのは……」


「それはまずいって!」シモンが必死に言う。「本当、マジで、心から、お願いだから、それを置いてください! 場所を変えなくても、守れるっしょ!?」


「大司祭様を呼んでこい!」聖騎士Aが言う。「こんな事態は初めてのことだ! どうすればいい!?」


「普通ならこの場で斬り殺すんじゃないのか!?」と聖騎士B。


「そんなことしたら、聖遺物が落ちるだろうが! 傷でも入ったらどうするんだ!?」

「いや、そもそも君らに私を斬り殺すのは無理なんじゃないかな? 武器もあるし」


 アスラは笑顔で事実を述べ、ゾーヤの針をクルッと回して構える。


「止めろ! それを使うな!」と聖騎士B。

「頼むからそれを渡してくれ! ください!」とシモン。


 しかしアスラは渡さない。


「とにかく大司祭様だ! お前たちは見張っていろ!」


 案内騎士が凄まじい勢いで駆け出した。

 アスラは再びゾーヤの針を肩に担ぐ。


「確実な方法だし、むしろこれしか対応策がないってのが現状だね」


「それもそう!」レアが同意する。「逮捕できなくても、最悪でも国宝は守れるわ!」


「いや、逮捕するつもりだけど?」とアスラ。

「あれ?」とレア。


「私がここで怪盗を待って、入って来た瞬間に脚を吹っ飛ばして動けなくするというのはどうだろう?」

「悪くないけど、それミスったら怪盗死なない!? 殺害じゃなくて逮捕が目的なんだけども!?」


 レアが焦った様子で言った。

 と、聖騎士Cと聖騎士Dが走って来て剣を構えた。しかし攻撃する素振りは見えない。案内騎士に刺激せず見張るよう言われたのだろう、とアスラは推測。


「威力の調節は得意だよ。まぁ、今のは冗談だよ。ここで待つのは私じゃない。私はこの槍と一緒にいる。肌身離さず」

「そりゃ! 教官が槍をずっと持ってるなら! まず盗まれることはないけども!」

「なんなら私の城で匿っておこう」


「やっぱり貴様が盗む気じゃないか!!」と聖騎士A。

「というか城に住んでいるのか!? 憲兵なのに!?」と聖騎士B。


「あれ? そう言えば名乗ってなかったね」アスラがニヤッと笑う。「私は憲兵に雇われた傭兵で、傭兵国家《月花》の初代皇帝アスラ・リョナだよ」


 聖騎士4人は驚愕の表情を浮かべ、そして他の憲兵たちに視線を送った。今の話は本当か? という意味だ。

 レアたちが頷く。事実です、という返答。


「おい!」と聖騎士Aが聖騎士Cを見る。


「聖王様も呼ぶんだ! ガチで対処できん!!」


 聖騎士Aが泣きそうな声で叫んだ。

 

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