ExtraStory

EX61 進むべき道 たとえそちらが地獄であっても


「トリスタン!! もう無理なんだよ! 分かるだろ!!」


 魔物殲滅隊の集まる酒場で、男が叫んだ。

 男は魔物殲滅隊の隊員である。


「だからって!! 俺らの理念を捨てるってのかよ!!」


 トリスタンは今にも剣を抜きそうな勢いで言った。 

 烈火の如く、という表現がピッタリ。


「そうは言ってねぇ! いいかトリスタン!! すでに5人だ!! 5人が殺されてんだよ!」

「怖くて街に行けないわ!」


 男が言って、女が補足。

 メンバーが口々に「耐えられない!」だの「もう決めたことだ!」などと言う。


「情けねぇなお前らは!!」トリスタンがカウンターを殴った。「詫びを入れるってのが、どういうことか分かってんだろうが! 連中はドラゴンを飼ってやがるんだぞ! しかも2匹も!! それを、許容するってことだろうが!」


「うるせぇトリスタン! 偶然、たまたま、《月花》の連中がいる街に滞在しちまった仲間が、5人も殺されてんだよ! ふざけんじゃねぇ! 元々、てめぇらが始めた戦争だろうが! ワシらは関係ねぇんだよ!」


 魔物殲滅隊は去年から、傭兵団《月花》と戦争状態に陥っている。


「クソッ! だったら勝手にしろ! 俺は今日限りで抜ける!」


 トリスタンは酒場を出た。

 みんなが溜息混じりにトリスタンを見送る中、1人だけ、彼のあとを追う者がいた。


「おいおい、俺っちも行くぜー。置いてくなよ」


 ヘラヘラと笑いながら、元傭兵団《焔》の団長が言った。

 トリスタンは立ち止まらず、馬小屋へと移動する。


「それでー? トリスタン、お前、抜けてどうすんだー?」

「強くなりてぇ……」


 トリスタンは自分の馬の顔を撫でながら言った。


「正直なところな? オッサンは思うわけよ。世の中、どうにもならんことも、あるってな」

「うるせぇ……。あいつらだけは、あいつらだけは、絶対に許すことができねぇんだよ」


 ドラゴンを飼っていることよりも、重要な理由がある。

 傭兵団《月花》は、アスラ・リョナは、トリスタンの師匠を2人も殺したのだ。

 そう、だから、師匠を失っていなければ、トリスタンも停戦には前向きになれたはず。

 たかが1匹か2匹の飼い慣らされたドラゴンよりも、人々の脅威となる野性の魔物を狩る方が有意義だから。


 もちろん、だからと言って、ドラゴンの存在を許すというわけではない。いずれ《月花》が凋落の時を迎えるなりして、弱体化した暁には、機会があれば必ず殺す。

 要するに、今の《月花》にはどうあがいても対抗できないと、トリスタンも知っているのだ。


「オッサンの意見だけどな? お前ら魔殲は、魔物相手にゃ確かに強い。それこそ英雄並の活躍ができる。けど、対人だとそこまでじゃねーなぁ」


 魔物殲滅隊はひたすら魔物を狩り続ける。実戦、実戦、実戦で、対魔物に限れば本当に強いのだ。


「だからよー」元団長が気軽に言う。「対人の強い奴に弟子入りしたらどうだ? とりあえず魔物退治は一旦休憩にして、アスラ・リョナを殺すためだけに己を鍛え上げるってのもありだと思うぞ?」


「それは俺も考えたけど、一体、どこの誰に弟子入りすりゃいいんだ? 英雄なんて言うなよ? 俺は連中が嫌いだぜ。吐き気がする」

「英雄はお勧めじゃねーな。正攻法すぎて、アスラ・リョナには通用しねーべ? それより、もっとやべぇのが、いるじゃねーか」


 元団長が笑う。

 誰だ? という意味を込めて、トリスタンは元団長に視線を向けた。


「《天聖神王》スカーレット」


       ◇


 見所がありそうだ、とスカーレットは思った。

 ここは神国イーティス。神王城の謁見の間。

 スカーレットは自分に会いたいと訪ねて来た2人組を見ていた。

 スカーレットは玉座に座っていて、2人組はレッドカーペットに立っている。

 2人組は最初、床に突き刺さっている数多の剣に驚いていたようだが、今は酷く冷静だった。


「あたしの弟子にして欲しいのが、君の方で」


 スカーレットは黒髪の少年を指さした。


「トリスタンだ。元魔物殲滅隊で、腕は確かだ。そりゃ、あんたには負けるがな」


 トリスタンは15歳前後に見えた。少し焦りの色が見えるが、所作で実力が高いことは理解できた。

 平均的な英雄並の戦闘能力がありそうだわね、とスカーレットは思った。

 まぁそれより何より。


「口の利き方がなってないわ。弟子になりたい割に、態度が大きいんじゃないの?」


 スカーレットはトリスタンをジッと見詰めた。

 トリスタンは目を逸らさなかった。


「……スカーレット様、でいいんっすか?」

「まぁ、そうね。とりあえずは、ね」

「え? 弟子にしちゃう感じ? 魔物退治を専門にしてた子を?」


 スカーレットの隣に立っていたナシオが驚いた風に言った。

 僕、魔物なんだけど?

 そんなナシオの心の声が聞こえた気がして、スカーレットは苦笑い。

 そういえば、アクセル・エーンルートも今は魔物だわね、とスカーレット。

 だけれど、アクセルやナシオがトリスタンに後れを取るとは思えない。少なくとも、今現在は。


「あとで決めるけれど、あたしはあたしの後継者を何人か育てておきたいのよね」

「自分が死んだあとも、世界は残るから?」


「そんなところよ」スカーレットが肩を竦めた。「それで? そっちのオジサマは?」


 トリスタンの隣に立っている男に目を向ける。

 オレンジの髪を逆立てていて、年齢は40代の前半か。

 顔は悪くない。背丈は平均的だが、筋肉質。革の戦闘服を装備している。鎧ではなく戦闘服。

 まとった雰囲気が、どこかアスラに似ている。

 傭兵かしら、とスカーレットは当たりをつけた。


「俺っちは元傭兵団《焔》の団長で、ベンノ・ヴォーリッツと申しますスカーレット王」


 ベンノは右手を胸に当て、ゆっくりとお辞儀。


「あら? すごいわね。傭兵団《焔》と言えば、フルセンマーク最大の傭兵団だわ。そこの団長は確か、戦神と呼ばれていたわね。そう、戦神ベンノ、だったかしら?」

「最大の傭兵団だった、です。スカーレット王」


 ベンノは少し複雑な表情を浮かべた。

 ちなみに前の世界でも、《焔》はジャンヌ軍に加担したけれど、スカーレットはベンノと面識はない。


「どうであれ、会えて光栄だわね。それに、戦神ベンノがあたしの軍門に下りたいってのも光栄ね。今すぐってわけじゃ、ないけれど、いずれイーティス軍の指揮を任せてもいいわ」

「こちらこそ光栄ですな。フルセンマーク最大勢力の王にお会いできたこと、更に、自分を知っていてくれたこと」


「あとでナシオが将軍のところに案内するわ」スカーレットが言う。「ベンノは軍に所属して。最初は将軍の補佐官として、ね」


「過分な評価、感謝いたします」


 ベンノは再びお辞儀をした。世渡りを理解している。トリスタンと違って、完全に大人だ。

 前回の世界に比べて、人材がかなり集まっている、とスカーレットは感じた。

 右腕にナシオ、左腕にメロディ。

 神聖十字連とエステル、戦闘指導員としてアクセル。

 そう、アクセルは今、イーティス兵や十字兵を相手に戦闘指導を行っている。

 教えるということは自分の修行にもなるので、アクセルも特に文句は言っていない。

 その上で、戦神ベンノを軍に迎えることができる。

 そして後継者候補としてトリスタン。

 まぁ、後継者候補はもう数人欲しいけれど。


 とにかく、前回よりずっといい人材が集まっている。これならフルセンマーク統一も、その後の内政も、なんとかなるかもしれない。

 いや、とスカーレットは思い直す。

 優秀な宰相が欲しいわね。あたしの考えを先読みして動いてくれるような、そんな優秀な宰相が。

 ふと、アスラの顔が浮かんだ。

 部下に欲しかったわね、と小声で言った。


 もしもあの日、アスラが頷いてくれたならば、アスラと一緒に征服を目指せたならば、きっと安定した素晴らしい統一国家を作ることができたはずなのだ。

 ああ、だけれど。

 敵として戦うのも悪くない。

 アスラはあたしを理解してくれる。敵でも味方でも、どちらにしても理解してくれる。完全に無意識だが、スカーレットはそう思っていた。


「それで、スカーレット様?」トリスタンが言う。「俺を弟子にしてくれるのか? いや、してくれるんっすか?」


「ちょっとあたしを攻撃してみなさい。今の実力を見てあげるから」


 言って即、トリスタンは両手で剣を抜き、距離を詰めた。


「あら? 迷わないのね」


 トリスタンが右手の剣を縦に振り下ろす。

 スカーレットは左手でそれを挟んで止める。

 トリスタンが左手の剣を横に薙ぐ。

 スカーレットはそれを右手で挟んで止める。

 玉座から立ち上がることすらなかった。

 さすがのトリスタンも面食らったようで、目を丸くした。

 スカーレットはトリスタンの腹を蹴っ飛ばす。

 トリスタンが武器を手放して、後方に飛ぶ。半分は自分で飛んだのだ。

 まぁ、それほど強くは蹴っていないのだけど、トリスタンが過剰に受け身を取った形である。


「忘れ物よ」


 スカーレットは剣を持ち直してから、両方トリスタンに投げた。


「うおっ!」


 スカーレットが投げた剣を、トリスタンが回避。

 剣は2本とも床に刺さった。


「……マジかよ。クソ強いって聞いてたけど、ここまで差があるのかよ……」


 トリスタンは引きつったような表情で言った。


「その年齢でよくそこまで練り上げたわね」スカーレットが言う。「いいわ。弟子にしてあげるけど条件があるわ」


「条件?」

「あたしの思想も受け継ぐこと。これは絶対条件よ。思想を受け継げそうにないと分かった時点で切り捨てるわ」

「……思想によるぜ。俺はアスラ・リョナと《月花》を許せねぇし、殺すつもりでいる。それに反対するような思想なら、受け継げないっすね」

「それは問題ないわ。連中はどうせあたしの敵に回るもの」

「そっか。それと、俺はとにかく魔物が嫌いで、憎い」

「あら、どうするナシオ?」


 スカーレットがおどけたように言った。

 ナシオは肩を竦めただけで、何も言わなかった。


「うちは魔物を使うわよ?」スカーレットが言う。「耐えられないなら、消えなさい」


「……俺は、魔物に関わらなくても、いいってんなら、なんとか耐える」


 以前のトリスタンなら、耐えられなかった。

 だが今は強い目的がある。アスラを殺すこと。とにかくあいつだけは許せない、という強い強い想いがトリスタンの原動力になっている。

 何かの間違いで仮に許せたとしても、アスラは生きていてはいけないタイプの人間だ。トリスタンはそう思っている。

 よって、どちらにしても殺す。

 その目的のためなら、味方の魔物に目を瞑るぐらいは可能だ。


「いいわ」


 やはり後継者はもう数人必要ね、とスカーレットは思った。

 魔物も平気な顔で使える人間がいる。魔物を嫌悪しない者が必要だ。

 やっぱりアスラが仲間ならどれほど良かったか、とふと思考してしまい、スカーレットは首を振った。

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