第4話 今夜はじめよう、地獄を見せてやる 「あたしは地獄を見ることになりそう」
ユルキたちがラヘーニ王国に入ってから3日後。
「ギャング団のメンバー、及びメンバーっぽい奴のリストは完成したね」
宿の部屋でラウノが言った。
ラウノは黒いローブ姿で、椅子に座っている。
「だな。全部で15人。思ったより多いな。しかも、俺の知った顔もいやがる」
ユルキはベッドに寝転がって、リストを見ながら言った。
この3日間、ユルキとラウノは情報収集に奔走した。ギャング団の根城から仲間、趣味に朝食にと、全部調べ上げた。
「ユルキ兄……」
ライリが心配そうに呟いた。
ライリは初日、ユルキと出会ってからずっとこの宿にいる。
今はユルキとは別のベッドに座っている。この部屋は3人部屋だ。ユルキが部屋を取り直したのだ。
「平気だよ」ラウノが笑顔を言う。「君は何も心配しなくていい。僕たちが片付ける」
ラウノを見て、ライリが頬を染める。
「イケメン過ぎて、まともに顔が見れません、ラウノさん……」
ライリは視線を床に移してそう言った。
「おいおい」ユルキが笑う。「俺もイケメンじゃね?」
「えー? ユルキ兄は、なんかユルキ兄って感じだもーん」
ライリが明るく言った。
ラウノもライリの事情は知っている。それに念のため、ライリに成って共感した。
恐ろしいほどの絶望の中で、ライリはユルキという光に出会った。
僕は見た目で好かれるけど、上辺だけなんだよね。ラウノは心の中でそう言った。
あら? ユルキ君に嫉妬? 彼は三枚目みたいに振る舞うけど、中身は詰まってるものね、とラウノにしか見えない幻の妻が言った。
嫉妬ではないよ。ただの分析。だけど少し、羨ましいかも。
「おい、ラウノもなんとか言ってやってくれよ」ユルキが言う。「俺だって巷じゃイケメンのユルキ君で通ってんだぜ? 情報収集だって、俺のこのイケメンがあったからこそ捗ったってもんさ」
「それは僕も同じだけどね」
ラウノが笑う。
「ユルキ兄は全然、イケメンなんかじゃないし!」ライリが言う。「だからきっとモテないし、可哀想だから、アタシがお嫁さんになってあげる!」
「おお、マジか。そりゃありがたい」ユルキが笑う。「でも俺、傭兵だからよぉ。ある日、突然帰ってこねーとかあるぜ?」
今の、ライリは本気で言ったんだよ?
ラウノは分かっていたけど、言わなかった。ユルキが自分で気付くべきだし、ライリはもっと分かりやすく告白するべきだと思ったから。
この3日で、ライリはかなり明るくなった。もちろん、心の傷も身体の傷も癒えてはいないのだけど。
それでも、未来を見ている。死ぬほど絶望した暗闇から、ユルキと出会って未来を夢見るようになった。
もしかしたら、幸せな人生を送れるんじゃないか、という淡い夢。自分は助かるんじゃないか、という希望。
ライリは死にたくて死を選んだわけじゃない。原因があった。だから、その原因さえ取り除けば、ライリは生きていられる。
僕も、ユルキも、その夢と希望を潰しやしない。必ずギャング団を全滅させる。
ラウノはユルキとライリの楽しそうな会話を聞きながらそう誓った。
「よしラウノ、今夜にでも連中のアジトを襲撃しようぜ」
アジトと言っても民家だ。特に罠もない。
「了解。予定だと7人か8人はいるはずだよ。連中は気まぐれだから分からないけどね」
「居るだけ殺して、残りは見つけ出して狩ろうぜ。街からは出ねーだろ」
まぁ、出たとしても追い詰めるけれど。
◇
「今夜だイーナ」アスラが言う。「今夜神王をやる」
結局、神王に外出の予定はなかった。
ここはアスラたちの取った宿の部屋。
「了解……。侵入ルートも、完璧だし、いいと思う」イーナが言う。「……拉致できないのが、残念だけど……リスクは犯せない」
イーナは腕立て伏せをしながら言った。
ちなみに、アスラはベッドに座ってミルクを飲んでいる。
「神王はどうも病気らしいね」アスラが言う。「長くない、って話だよ」
「あたしも、それは聞いた……」イーナが言う。「近く……神位を譲るらしい……」
2人はこの3日、情報収集に時間を費やした。神王の予定から寝室への潜入ルートまで。
「ただ奇妙なことに、新しい神王が誰なのか分からないんだよね」
「そう……。それ不思議……。候補がいないのに、神位を譲る話が……先行してる」
神王は宗教団体の教祖みたいなものだ。血筋はさほど重要ではない。多くの場合、次の神王は現在の大司祭の中から選ばれる。
「普通、神位譲渡には色々な儀式があって、前もって準備するものなんだよね。次の神王も」
「うん……。なのに、現神王だけが、準備を進めてる……。意味不明」
イーナは腕立てを辞めて立ち上がる。そして部屋を歩き始めた。
「それと、少し面白い話を聞いたんだよね」
「……さすが、情報屋のナヨリちゃん……」
アスラが情報収集をする時に使う偽名と役職。それが情報屋のナヨリだ。
「ナヨリちゃんは明るくて可愛い情報屋さんだからね」アスラが楽しそうに言った。「好きな飲み物はミルクだ。さて、面白い話ってのは、魔法に関することなんだよね」
アスラはミルクを飲み終わり、サイドテーブルに置いた。
「魔法……?」とイーナ。
イーナは魔法に関する情報を得ていない。
「そう。魔法。神王は代々、特別な魔法を継承するという噂があるんだよ」
「……誰から、聞いたの?」
「側近だよ、神王の」アスラが言う。「側近に接触して、気持ちよく酒を飲ませて、色々と話してもらった」
「……団長、大胆……」
「まぁ、どういう魔法なのかは分からないけど、面白そうだから神王に吐かせようかなって思って」
アスラがいい笑顔を浮かべた。
拷問する気満々なのだ。
「……性的虐待を、受けた人たちの恨みも……晴らす」イーナが言う。「あたしが……確認できただけで、4人、被害者がいた……」
「まぁもっと多いだろうね。むしろ4人もよく分かったものだね」
「あたしも、被害者って……ことにしたから……」
「そうか。ひとまず、神王はできる限り苦しめて殺そう」アスラが言う。「だけど寝室だし、限界はある。やりすぎると、近衛兵が飛んできて、最終的には神聖十字連まで出る」
「了解……。夜が待ち遠しい……」
◇
アイリスは相変わらず、アーニア王国の酒場にいた。
昨日、ジオネ家の現当主であるカーリン・ジオネが合流して自己紹介を済ませた。
アイリスは今日もミルクを飲んでいる。
カーリンはアイリスの左隣で酒を飲んでいた。ちにみに右隣にはナラクで、その更に右にスロが座っている。
カーリンは25歳の女で、赤毛のロング。胸はそこそこある。鍛えていないので、柔らかそうな身体。いわゆる女の身体。服はベージュのドレス。
少し話しただけだが、ダメ人間の典型だとアイリスは思った。
働きもせず、財産を食い潰しながら道楽しているのだ。
道楽の内容は主に観光で、ここに来る前は中央でハルメイ橋を見ていたとのこと。
と、酒場の入り口が開き、カランカランと来客を告げる鐘の音がした。
「「ボス!」」
カーリンが走ってボスに抱き付き、スロはその場で嬉しそうな笑みを浮かべた。
ナラクは普段通り。特に感情の起伏はなく、カウンターに座ったまま。
「なんだ? もうオレのアソコが恋しいか?」
脳に響くような甘い声で言ったのは、30歳前後の男。
黒髪ロングで、細マッチョ。美形。男か女かパッと見分からないレベル。
赤い戦闘服に白のズボン。黒のコンバットブーツ。昔、西フルセンで流行した戦闘装束。
背中には双剣。
西フルセンの人間であることは明らかだが、アイリスはこの男が誰なのか分からない。
「アイリス・クレイヴンよ」
アイリスは席を立って、しっかり身体を男の方へと向けた。
「オレはエッカルトだが、単にボスと呼んでくれてもいい」
男の声は甘く、アイリスは少し頬を染めた。
エッカルトってどこかで聞いたことがあるような、とアイリスは思った。
でも思考がまとまらない。
「君は英雄のアイリスで間違いないか?」とエッカルト。
「ええ。あたしがそう」とアイリス。
何か変だ、とアイリスは思った。
エッカルトはカーリンを軽く押して、自分から離れるように促す。
カーリンがそれに従う。
「性行為の経験は?」
「ないわ」
「では自慰行為は?」
「一回だけ……」
なんで!? あたしは何を言ってるの!?
「好きな男はいるか?」
「いない……でもラウノはカッコいいと思ってるし、ユルキも素敵。マルクスも誠実でいい人……」
ヤバいヤバい。《月花》の団員を褒めてはいけない。ここは敵地なのだ。
それなのに、アイリスは思考が鈍く、嘘を吐けない。
「今、嘘が吐けない、と思ったか?」
エッカルトの質問に、アイリスが頷く。
「オレの固有スキルなんだ」エッカルトが微笑む。「脳が痺れたような感覚があるだろう? 今の君は、嘘を吐くだけの思考能力がない状態だ」
あれ? それヤバい、とアイリスは思った。
そう思った瞬間、手が勝手に片刃の剣の柄を握った。
「お前、本当はスパイだろう?」とエッカルト。
「そうよ」とアイリス。
そのやり取りに、スロが驚愕の表情を浮かべた。
「まさか! まさかまさか!」スロが言う。「完全に、情報を流していたじゃないですかー! どういうことです!? ボスの能力は絶対! アイリスは嘘を吐けない! ですが信じられませんねー! アイリスの《月花》への嫌悪は本物でしたよー!?」
「嫌いなのは本当だもの」アイリスが言う。「同時に好きだけど、そっちは言わなかったの」
ダメだ、全部本心を話してしまう。嘘や虚像で飾れない。
「スロってバカねー」カーリンが言う。「その点、私の送り込んだヘルムートは上手くやってるわよ」
「ヘルムートさんが……スパイ?」
アイリスは片刃の剣を抜いた。
完全に敵対行動を取ってしまっている。アイリスが本心で、こいつらを敵だと認識しているからだ。
「そうよ。孫を人質にしたら簡単だったわ!」カーリンが笑う。「スロも、もっと手の込んだ保険をかけるべきだったわね!」
「ぐっ……おのれアイリス……」
スロは血管が浮き出るほどに怒り狂った。
もう戦うしかない、とアイリスは鈍く思った。
そう思った瞬間、エッカルトがアイリスの腹部を殴った。
アイリスの身体がくの字に折れ曲がり、片刃の剣を落としてしまう。
アイリスは床に膝を突き、さっき飲んだミルクを全部吐き出した。
「戦える状態だと思うか? お前の思考は鈍っているんだぞ?」
エッカルトはアイリスの顔を蹴る。
アイリスは床を転がって、テーブルにぶつかった。
あ、ダメージが大きい、と思いながらアイリスは立つ。
閃光弾を使って逃げるしかない。
「やらないかアイリス?」エッカルトが言う。「本当に裏切ってしまえばいい。オレと性行為をしよう」
「嫌よ」
そう答えた瞬間、エッカルトは間合いを詰めてアイリスの顔を殴った。
アイリスが引っくり返る。
「おお! 不細工なツラになりましたねー!」
鼻血を出すアイリスを見て、スロが嬉しそうに言った。
「オレは和姦しかしない。やらないかアイリス」
「い、嫌だってば……」
そう言ったアイリスの腹を、エッカルトが踏み潰す。
アイリスが悲鳴を上げた。
「やろうアイリス。やるだろう?」
エッカルトはアイリスの髪の毛を掴んで、無理矢理立たせた。
その時に、小さなカクテルハットも外れてしまう。
「嫌だって……」
エッカルトがアイリスを殴る。何度も殴って、アイリスは気を失いかけた。
「やるだろう? 和姦だ。和姦しよう」
「こんなの……強姦と一緒……」
エッカルトがアイリスをぶん投げる。
アイリスは店の壁に叩きつけられ、力なく床に落ちた。
「もう……やめてよぉ……」
アイリスは身を縮めて震えた。
嘘が吐けないということは、強がりも吐けない。
「ではオレと、オレたちとやろう。楽しいぞアイリス。《月花》など裏切ってしまえ」
エッカルトの言葉に、アイリスは震えながらも小さく首を横に振った。
エッカルトは椅子を持ち上げ、アイリスに投げつけた。
それからアイリスに歩み寄り、髪の毛を掴んで引きずる。
「ナラク。アイリスの服を斬れ」
「はいボス」
ナラクは短剣でアイリスの服をササッと切った。
アイリスは下着姿に。
「やるだろう? 準備はよさそうだ。やろうアイリス」
アイリスは小さく首を振った。
エッカルトはアイリスの髪を離し、アイリスを蹴る。
何度も蹴って、アイリスが動かなくなった。
「お前たち。下着も剥ぎ取れ」エッカルトが言う。「それから地下で拷問しろ。ボスと喜んでやります、と言うまで徹底的に拷問しろ。ただし絶対に殺すな? それと、欠損はさせるなよ? オレは五体満足のアイリスとやりたいんだ」
「はいボス!」
カーリンが恍惚とした表情で言った。
何度も奴隷を拷問して殺したことがあるので、その楽しさを知っているのだ。
もちろん、非合法の奴隷だ。ジオネ家は西ではなく中央の大貴族だったのだから。
「ボスは、参加しない?」とナラク。
「オレは出かける」ボスが言う。「スパイを送り込む《月花》にムカついたから、1人殺してくる」
エッカルト的には、ナシオに言われて仕方なく月花対策委員会を運営しているだけだったのだ。自ら動く気などサラサラなかった。
しかし、《月花》がこちらに勘づき、スパイを送ったのは気に入らない。
そしてそれ以上に、アイリスの強情さが気に入らない。《月花》の誰かの首を土産に持って帰り「お前のせいだ」と言ってやりたいとエッカルトは思ったのだ。
「おお! ついにボスが直接動くのですねー!」スロが嬉しそうに言った。「頑張ってくださいボス! 戻るまでに必ず、アイリスを従順なメスブタにしておきますよー!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます