第2話 私にはご褒美だけど、君らは歪む 時には死を選ぶほどに


 アイリス・クレイヴンはアーニア王国にいた。

 そこがスロ・ハッシネンの拠点だからだ。


「で? ボスはまだ来ないの? いい加減、待ちくたびれたんだけど?」


 ここは貿易都市ニールタの片隅の酒場。

 ハッシネン商会傘下の酒場なので、アイリスたち以外に客はいない。

 店の中には店主が1人とアイリス、それからナラクとスロの4人だけ。


「向かっていますねー」スロがのんびりとした口調で言う。「ジオネ家の当主も、君に会いたいと向かってますから」


「他のメンバーは? 英雄のあたしが仲間になってあげるって言ってんのに、全員集合しないわけ?」


 アイリスたちはカウンターに座っている。

 テーブル席は、椅子がテーブルの上に置かれていて座れない。


「服装派手だね」


 ナラクがアイリスを見て言った。

 何の脈絡もなかったので、アイリスは少し驚いた。


「そうかしら? 別に普通じゃない?」


 アイリスは黒と白のブラウスを着ている。全体的にレースをふんだんに使用し、可愛らしさを演出。袖口のフリルがラッパ状に広がっているのも特徴的。

 スカートの色はブラウスと揃っていて、フリル生地が段々になっているティアードスカート。

 黒のタイツに黒のレースアップブーツ。

 煌びやかな金髪を右側だけで括り、左側には小さいサイズの黒いカクテルハットが乗っている。

 ちなみに、背中には片刃の剣も忘れていない。


「貴族っぽくてムカつく」


 ナラクは全身をローブで包んでいる。フードを深く被っているので、顔も見えない。


「そ、そんなこと言われても……」


 アイリスは苦笑い。

 アイリスは昔から戦闘服っぽいものは着用しない。訓練で山に入る時はツナギを着ていたが、最近はもう私服である。


「それでメンバーの話ですが」スロが言う。「アイリスさんの知り合いもいますよー」


「まさか英雄じゃないでしょうね?」


 そうだったら面倒だな、とアイリスは思った。

 まぁ、悪者に手を貸す英雄なんて叩き潰すけど、とも思った。

 現時点で、ナラクはアサシン同盟という非合法の組織のボスだし、スロが闇の商売をしていることも分かっている。


「いえいえ、魔物殲滅隊のトリスタン君です。彼、相当強いですねー」スロが言う。「まぁ、アスラに半殺しにされたそうですがね」


「あー、あのクソ生意気な男ね」アイリスが苦笑い。「あたしをブスって言った奴」


 実は根に持っていたアイリスである。

 しかしトリスタンは別に悪者ではない。魔物への憎しみが行き過ぎているだけだ。


「あとは、元傭兵団《焔》の団長」とナラク。

「へぇ。でもその人、手配されてるわよね?」とアイリス。


「関係ありませんねー」スロが薄暗く笑う。「アスラ・リョナを潰せるなら、誰だって味方にしますよー」


 その表情を見て、早めに潰した方がよさそうね、とアイリスは思った。

 スロは憲兵に任せればいいが、ナラクは自分で倒して屯所に連れて行く方がいい。


「仲間を売ったり、裏切ったら殺す」ナラクが言う。「正直もう、私はアスラ怖いから止めたいけど、最後まで付き合う約束だから」


「まぁ、あの劇場に居たら、そう思うわよね」アイリスが言う。「でも安心しなさい。アスラの弱点はよく分かってるの。倒す方法は伝授するわ。ボスと挨拶してからだけどね」


 もっとも気になるのは、ボスが誰なのか、ということ。

 どれほどの実力者なのか、あるいは権力者なのか。

 早く潰したいが焦ってはいけない。まずはそれらを見極めてからだ。


「ふむ。とりあえずアスラ拉致計画は一旦、保留にしています。アイリスさんの策をまず検討するということですねー。期待していますよ?」

「任せなさい。伊達にずっと一緒だったわけじゃないわ」


 アイリスはミルクを飲みながら言った。


       ◇


 ユルキは懐かしの孤児院を見ていた。

 ここはラヘーナ王国の片隅。午前中。ローブは暖かい素材だが、空気は冷たい。

 古い教会を改修した建物で、薄汚れている。まぁ当時からあまり綺麗ではなかったけれど。

 かつて、ユルキはここで育った。

 ユルキは中には入らず、孤児院の裏手に回った。そっちには林が広がっていて、少し進むと池がある。

 暑い時期に何度か泳いだこともある。他の、孤児ではない子供たちのグループとよく喧嘩していたのも懐かしい思い出。


「元気にしてんのかねぇ」


 ユルキはゆっくりとした足取りで、林を歩く。

 ちなみに、ラウノは依頼主である犯罪ファミリーに話を聞きに行っている。

 ユルキは宿を確保したのち、ここに来た。

 しばらく進むと、人影があった。

 ユルキは念のため気配を消して、コッソリ近づく。まぁ危険はないだろうが、癖のようなもの。


 と、その人影は少女だった。

 明るい茶色の髪をツインテールにしている。体格や雰囲気から16歳前後とユルキは推測。

 少女の服装は特徴がない。普通の村人という感じ。強いて何かを特筆するなら、スカートが少し短めなぐらいか。

 それよりも。

 少女は小さな箱の上に立っている。

 少女の前に木の枝から吊したロープ。

 そのロープの先端は輪っかになっている。誰がどう見ても、首つり自殺用である。

 ユルキは目を見開いた。いきなり目の前で自殺が展開しているのだ。普通は驚く。

 アスラなら淡々と見学しているかもしれないが。


 少女は目を瞑った。

 そしてホッとしたような、そんな表情を浮かべた。

 ユルキの心が痛む。

 死ぬことで安堵を得られる少女の心に。

 それはあまりにも、悲しい。

 少女が輪っかに首を入れて、箱を蹴った。迷いは見えなかった。それほどまでに、そんな風にアッサリと死ねるほど、絶望しているのだ。


「おいっ!」


 ユルキは短剣を出した。ほとんど反射的にそうした。


「俺の前で死んでんじゃねーよ!」


 ユルキが短剣を投げて、ロープを切った。

 少女が地面に落ちて、痛みと驚きで顔を歪めた。

 ユルキは走り寄って、少女を抱き上げる。


「クソ、助けちまった。ひとまず病院だな」


 ユルキの回復魔法では、少女を癒やせない。身体も心も。


「……なんで?」


 少女は自分が生き残ったことを理解して泣いた。


「ああ、チクショウ! 俺は任務中に何やってんだよクソ! あー! でも助けちまった! 助けちまったんだよぉ!」


 あまりにも悲しいと思ったからだ。

 助けたら助けっぱなしはよくない。しっかり責任を負うべきだ。そうしないとラウノだって怒る。


「なぜ……あなたが泣くんですか?」

「泣いてねーよ! クソ! 任務に支障出たら団長にケツの穴を破壊されるってだけで! いや、そりゃ泣けるけども!」


 ギャング団をぶち殺しながらこの少女も助ける。それで何の問題もない。


「てゆーか」少女がユルキをジッと見詰める。「ユルキ兄?」


「あん? 誰だっけな……」


 言いながら、ユルキも少女の顔をジッと見る。

 美人ではないが、まぁ悪くもない顔立ち。

 顔の造形がキング・オブ・普通のサルメよりは少し可愛いかもな、なんてことをユルキは考えた。

 ジッと見ていると、唐突にフラッシュバック。

 孤児院で一緒だった少女だ。いつもユルキの背後に隠れていて、盗賊になる時も一緒に連れて行くか少し迷った相手。

 まぁ、結局は置いて行ったのだけれど。


「ライリ……か? お前ライリか!?」


 ユルキは驚いた風に言った。


「久しぶり」ライリは笑顔を浮かべた。「死ぬ瞬間に会えるなら、もっと早く死ねば良かったかも」


 ライリはユルキの腕に抱かれたままだったので、そっとユルキから離れる。

 そして自分の足で立った。


「何があった? 俺は今、傭兵やってっからよぉ。昔のよしみだ。助けてやるから説明しろ。金がいるなら貸してやるし、トラブルなら解決してやる」


「そっか……ユルキ兄は盗賊辞めてから傭兵になったんだね」ライリが少し寂しそうに笑った。「でも優しいのは変わってなくて良かった」


「別に優しくはねーよ。それで?」


 ユルキが肩を竦める。

 ユルキが言うと、ライリは服を脱ぎ始めた。


「おい……」

「黙ってて」


 ユルキが止めようとしたが、ライリはそのまま下着姿に。


「ひでぇな」


 ライリの身体を見て、ユルキは顔をしかめた。


「灰皿なのよ、アタシ」ライリが言う。「客取るの嫌だって駄々をこねたから、みんなの灰皿にされちゃった……。昨日も、今日も、明日も! アタシが死ぬまでアタシは灰皿なんだよ! 死にたいよこんなの! 耐えられない!! 娼婦の真似事だって、アタシは嫌だったんだよ!? なのにあいつら、殴るんだもん! でも身体売るの耐えられなくて、それで駄々こねて、結果これだよ!! 売らない身体ならいらないって言うの! どうして死なせてくれなかったの!? こんな身体でどうすればいいの!?」


 ライリは泣きながら言った。

 あまりにも悲痛な声で、ユルキは激しい怒りを覚えた。

 ライリの身体の火傷は、1本や2本の煙草を押し当てられた程度のものじゃない。

 何度も何度も何度も、その身体で煙草を消されたのだ。それも大人数に。


「犯罪ファミリーか?」


 もしそうなら、依頼主だが殺してやる、とユルキは思った。

 ライリが首を横に振った。


「ギャング団って呼ばれてる……。犯罪ファミリーなんかより、よっぽど危ない連中だよ……。ルールも何もないんだから……。アタシ、最初は普通に仕事くれるって言うから……信じたの……バカだったよ」


「手口さ。最初は普通っぽい奴が仕事探してる女の子に声かけるのさ。酒場の店員とか、比較的まともな仕事を餌にすんだよな。で、紹介料10万ドーラとか言い出すわけだ」


 そうなると、身体を売るか危ない仕事をしなければ返せなくなる。憲兵にチクったら尋常じゃない拷問で殺し、通りに捨てる。

 ユルキはギャング団についてある程度知っている。それにラウノは元憲兵だから割と詳しく知っていた。

 要するに、若い無法者の集団のことだ。明確なボスがいないので、駆逐が難しい。


 犯罪ファミリーはシノギを行い、色々とルールがあるけれど、こいつらにはない。

 ガチで無法の限りを尽くすので質が悪い。とにかく危ない連中だ。

 ギャング団の中でもマトモな部類の奴は、成長とともに犯罪ファミリーに入ったり盗賊団に入ったりする。

 そうでない連中は、殺されるか憲兵に捕まるまで無法を続ける場合がほとんど。


「服を着ろライリ。俺の宿に連れてってやる。そこに隠れてな」ユルキが笑顔を向ける。「ギャング団なんか、10日もありゃ片付けてやるさ。身体の火傷痕も、俺の知り合いなら綺麗に消せるんだぜ? 頼んでやるよ」


       ◇


 アスラとイーナは始まりの国イーティスの宿で、ホッと息を吐いた。

 取ったのは2人部屋だ。


「胸くそ悪いね」


 アスラはベッドに腰掛けて言った。


「そこら中で……子供たちが叩かれてる……」


 イーナが表情を歪めながら言った。

 イーナは普通に椅子に座っている。


「まったく何が罪の浄化だ」アスラが言う。「ただの虐待じゃないか。どうせ罪に見合わない過剰な鞭だろうね。誰も疑問に思わないのがまたイカレてるよ。さすが始まりの国。国家そのものが宗教団体だから、仕方ないけれど」


「……神王を殺せば……少しは……」


「変わらないよイーナ」アスラは小さく両手を広げた。「ゾーヤ信仰を辞めさせるぐらいじゃないと、無理だよ。別に熱心な信者でもなかったルミアですら、体罰に疑問を感じてなかったからね。むしろ嬉々として私を叩いていた頃もあった。まぁ私にはご褒美みたいなもんだがね。普通の子らは虐待を受けると歪んでしまう」


 罪に見合った適切な罰ならば、特に問題はないとアスラは思っている。

 それにアスラの場合、あとでちゃんとケアをしている。


「……仕方ない、のかな……?」


「まぁね。それより、今後の予定だけど」アスラが言う。「神王に外出の予定があれば、拉致して外で殺すことも視野に入れている」


「ガチクソ野郎だから……拷問してやりたい……」

「うん。そのためには外の方がいいね。だけど最悪は、神王の寝室で殺す。その時もまぁ、猿ぐつわでもして、少しは痛めつけてやろう。被害者はノエミだけじゃないだろうしね」

「……分かった。あたしはじゃあ……寝室への侵入経路を……探ってくる」


「そうしておくれ。私は神王の予定を確認してくるよ。さほど難しくはない任務だけど、神聖十字連には気を付けるように。実力はピンキリだけど、上位の連中は英雄候補ばかりだよ」


 隊長は大英雄のエステルだ。


「……それじゃあ、行ってくる。集合は?」

「ああ。背伸びをしたら私も行く。3日後にお互いの情報を擦り合わせよう」


 言ってから、アスラが背伸びをした。

 割とゆっくり、丁寧に身体を伸ばした。

 エステルにボコられた痛みがまだ残っている。

 しかし【花麻酔】のおかげで、回復速度も少し速い上、痛みも軽減されていた。

 そして室内を見回すと、イーナはもう消えていた。

 

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