十三章
第1話 ユルキ・クーセラは死に方を決めている 「それより私が新聞に載ったって?」
「いいかレコ。男なら、死ぬ時はカッコよく死んだ方がいい」
ユルキは真剣な口調で言った。
ここは傭兵団《月花》の拠点。食堂。朝食の時間。
食堂にはまだレコ、サルメ、ユルキと総務部の面々だけ。
「オレ、死ぬ気ないよ?」
レコが首を傾げた。
「いや、でもなレコ」ユルキが言う。「団長の乳首を抓って引っ張るってのは、命と引き換えにやるもんだと俺は思うぜ?」
「レコ。短い間でしたが、楽しかったです」
サルメが新聞を読みながらしみじみと言った。
「オレはだっておっぱいを揉みたいのに!」レコが言う。「アイリスがずっといないんだもん!! そして団長は揉むほどのおっぱいがないんだもん! 腹いせに乳首ぐらい引っ張りたいよ!!」
「凄まじい暴論だな。さすがの俺でもビビるぜレコ」
ユルキは引きつった笑みを浮かべる。
「こう! 団長の乳首を両方まとめてギュッとして! グリンって回して! せいやっ! って引っ張って腹いせしたい!」
「レコは最近は乳首に興味があるのかい?」
食堂にやってきたラウノが言った。
「違うよ。手頃なおっぱいがなくてイライラしてるから、引っ張りたいだけ。団長どんな顔するかなって」
「ふむ。やめといた方がいいんじゃないかな」とラウノ。
「オレはやるよ! オレはやるって決めた! だから誰か団長を全裸に剥いて!」
「それがまず無理だろうがよぉ」ユルキが肩を竦める。「諦めろマジで」
「ところでユルキさん」サルメが新聞を置く。「カッコいい死に方ってどんなです?」
「ああん? そりゃ秘密だサルメ」ユルキがククッと笑う。「実は考えてっけど、固有属性じゃねーとたぶん無理だな。よって、俺はまだ死ねねーんだ」
「ふぅん。僕も死に方、考えておこうかな。傭兵だし、思った通りに死ねるかは疑問だけど一応」
ラウノが真剣な表情で言った。
それから、サルメが置いた新聞を手に取り、広げて読み始めた。
「男の人って大変ですね」サルメが言う。「死ぬ時までカッコつけないといけないんですね。私なんか無様に泣き叫びながら死ぬ予定ですよ?」
「そこは活き活きと死ね」
マルクスが食堂に入った。
「……何の話?」
マルクスに続いてイーナも入室。
「団長を全裸に剥くって話」とレコ。
「ちげーよ、カッコいい死に方談義だぜ」とユルキ。
「なぜ私を全裸に剥く必要があるんだい?」
気怠そうなアスラも食堂に入った。これで全団員が揃った。
「もう面倒だし、団長脱いで」
レコが淡々と言った。
「いや脱がない。君は私の成長途中の胸をバカにするから脱がない」
アスラが席に座って、これで戦闘要員が全員席に座ったことになる。
ティナたち総務部がみんなの朝食を並べ始めた。
「執事、先にコーヒーをくれ」
アスラが言うと、「はい、ただいま」と執事がアスラにコーヒーカップを渡す。
「あれ?」とラウノ。
みんなの視線がラウノに。
「どうかしたかい?」とアスラ。
「これ」ラウノが新聞を大きく持ち上げる。「アス……団長が載ってる」
「団長が!? 今度は何をしたんですか!?」
マルクスが慌てて言った。
「この前の貴族の件とかじゃねーの?」
ユルキは朝食を食べながら言った。
「フルセンマーク美少女コンテストで優勝したとかじゃない!?」
レコが立ち上がって嬉しそうに言った。
「私はそんなコンテストに参加していないけど、君の正直なところは割と好きだよ」
「じゃあ脱いで!」
「いや、脱ぎはしないけどね」アスラが肩を竦めた。「それで? 何の件で私が載っているんだい? 取材は受けてないから、勝手な記事だとは思うけど」
アスラが言うと、レコはソッと座り直した。
「来年のフルセンマーク言語辞典に載るみたいだね」
ラウノが言った。
フルセンマークには毎年、言語辞典を出版している出版社がある。
新たに生まれた言葉や、使い方の変わった言葉など、こと細かく記されている。だから何気に需要があるのだ。主に教育関係に。
「……なんで?」とイーナ。
ちなみに、言語辞典に新しく載る単語は、こうやって新聞で先に公表される。
「言語辞典に載る意味が分かりませんわ」
みんなの食事を配り終わり、ティナたち総務部は自分たちの食事も並べ始めた。
「……アスラの名前が、極悪の代名詞に、なったですぅ?」
「近いよブリット」ラウノが言う。「正解はリョナの方だけどね」
「と言うと?」とサルメ。
「性的嗜好の一種に分類されていて」とラウノ。
「私はすでに嫌な予感がしているよ」とアスラ。
「他者への過剰な暴力や拷問を楽しむこと。敗北して理不尽な目に遭うこと」ラウノが少し楽しそうに言う。「主に傭兵団《月花》の団長であるアスラ・リョナの行動から。巷で暴力を振るうことを『アスラる? リョナる?』などと、若者たちが言い始めたことで広まる。アスラ・リョナが自分の理不尽な暴力や拷問の被害者を生かし、自分がどれほど危険な存在かを過剰に広めさせたことで生まれた単語。『アスラる』よりも『リョナる』の方が言いやすく、定着したとされている。『猟奇的な』の略もリョナになるので、ピッタリの言葉だろう」
ラウノが記事を読み終えると、みんな引きつった笑みを浮かべていた。
「よ、良かったですなぁ……」マルクスが言う。「意図通り、団長の危なさが広まったようで……」
「ある意味では」サルメが言う。「名誉なこと……ですよね?」
「オレ、団長をリョナしたい!」
「お、早速使ってんじゃねーかレコ」とユルキが笑う。
「待てレコ」アスラが言う。「それだと、リョナがリョナにリョナするという意味不明な感じになってしまうよ?」
「……ああ……レコ・リョナって、レコ名乗ってるんだっけ……」
イーナが苦笑いを浮かべた。
「お尻叩きは尻リョナになりますの?」
ティナが首を傾げて言った。
「知らないけど、リョナの枠にはめるならそうだろうね。ジャンヌが君にしていた虐待は尻リョナで、君がサルメにしたのはお仕置きって感じかな。って言うか、私の名前がここまで広まるとはさすがの私も予想外だよ。普通に驚いたね」
アスラはヘラヘラと言った。
「まぁそれはそれとして」マルクスが言う。「今日からそれぞれ仕事を振るんですよね? そちらの話をしましょう」
「君は真面目だね」アスラが言う。「まぁ報告もあるから、みんな食べながら聞いておくれ」
アスラが言うと、みんな普通に食事しながらも、意識はアスラの方に向けた。
「まずルミアだが、あいつは団には戻らない」
アスラの言葉で、みんな意識だけじゃなくて視線もアスラに向けた。みんなルミアのことが気になるのだ。
「コンラートたちと冒険に出るそうだよ。まぁ、連中は船も持ってないし、今すぐではない。大森林や大山脈を越えるのもありか、って話してるそうだよ」
「コンラートのやつ、海の男から山の男になるのか」ユルキが言う。「森の男かもしれねーが、どれも似合うな、あのオッサンなら」
「ルミアが遠くに行くのは、寂しいですわね」
ティナがしみじみと言った。
「うちに戻るよりはマシだろう」とマルクス。
「正直な話、冒険に出たら2度と会えない可能性がある」アスラが言う。「だから盛大にお別れ会をやろうと思うんだよね」
「いいっすね、それ」ユルキが賛成する。「娼婦も呼んで、盛大にやりましょーや」
「娼婦を呼ぶのは賛成だね。私も最近は性よ……いや、何でもない」アスラが咳払い。「とにかく、お別れ会の前にルミアの依頼を果たす必要がある」
「……神王、だっけ……」とイーナ。
「そう。これからみんなに仕事を割り振る。実はもう一件、良さそうな依頼が入ってるんだよね」
アスラがローブの下から白い封筒を出した。
「どんな依頼?」とレコ。
「地元で暴れ回っているギャング団をぶち殺してくれ、って依頼」
「なるほど」サルメが頷く。「憲兵からの依頼ですね。憲兵とは縁があります。私が行きましょう」
「サルメは懲りてないようですわ」
ティナが両手をパチンと叩いた。
その音で、サルメがビクッと身を竦めた。
そして「ごめんなさい、ごめんなさい、下っ端の癖に生意気言いました」と謝罪した。
「憲兵じゃなくて犯罪ファミリーからの依頼だよ」アスラが言う。「憲兵がピリピリしてて、自分たちで動けないらしい。だから私らに頼むそうだ」
「ほう。珍しいですな」マルクスが言う。「そっち系からの依頼は」
「そうだね。まぁでも、私らは報酬が見合えば誰の依頼でも受けるって売り文句だからね」
「……見合ってるんだ……報酬」
「そう思うよ。ギャング団の規模が分からないけど、犯罪ファミリーよりは小さいだろう? そいつらを殺して10万ドーラ。いい仕事だよ。ユルキとラウノで行っておくれ」
「了解っす」とユルキ。
「ちなみにラヘーナ王国だよ」とアスラ。
「お? そりゃ俺の故郷っすね」ユルキが言う。「仕事のあと、ブラブラして帰ってもいいっすかね?」
「好きにしたまえ。君らの取り分は8万だよ。それを二人で分けたまえ。2万は団の資金に入れるように」
「また大金もらえるみたいだね。傭兵って美味しいなぁ」ラウノが言う。「ちょうどハーモニカのいいやつを買おうと思ってたんだよね」
「……ラウノ様、素敵ですぅ……。ボクもハーモニカ、買いますぅ……」
ブリットがデレデレと言った。
「それから、神王の方は私とイーナで対処しよう」
「……了解……。レコサルメは、今回……付けないの?」
「二人はマルクスと騎馬戦闘訓練」アスラが言う。「尻と腿の皮がずる剥けになるぐらい鍛えてもらえ」
「はぅぅ……お尻はごめんなさい、お尻はごめんなさい、お尻は許してください……」
サルメが俯いてブツブツと呟き始めた。
「一通り教えておきます」とマルクス。
「マルクス厳しいんだよね」レコが言う。「鉄拳制裁される。まぁ主にサルメがだけど」
「君らは乗馬もできるし戦闘もできるけど、騎馬戦闘はまだ経験ないだろう?」アスラが言う。「ゴジラッシュという便利な乗り物があるから、あまり馬は使わなくなってしまったがね。だけど世界的にはまだ馬が主流の乗り物だから、いつ必要になるか分からない。しっかり学んでおけ。別に罰で連れて行かないわけじゃないからね?」
「はぁい」とレコ。
サルメはまだブツブツ言っている。この前のティナ送りが相当に堪えたのだ。
「さぁみんな、久しぶりのまともな仕事だよ! 今日も活き活きと楽しもうじゃないか!」
アスラがとっても嬉しそうに言った。
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