第11話 三流の悪党は所詮、三流の悪党なのだ 魔物になろうが、変わりゃしないさ
「いきなり攻撃してくるとは、貴様は何者だ?」
ノエミは巨石の上のアスラを見上げて言った。
すでに槍の雨は周囲に降り注ぎ、数多の墓石のように突き刺さっている。
まぁ、魔力を元にした槍なのでいつかは消えるけれど。
「本気で私を忘れているのかい?」
アスラはルミアのハンドサインで、ある程度の情報を得ている。例えば、ノエミがアスラを覚えていないこととか。
「知らん。だが貴様、我を狙うというよりは、ジャンヌが狙いか?」
「いや君も殺すよ」
「それはこちらの台詞だ。我はあるお方の命令でここを守っている。訪れる人間は全て殺すように言われている」
「ナシオだろう? 私は知っているから、あのお方とか言わなくていい」
アスラの言葉に、ノエミは少し驚いていた。
「そうか。知っているのか」
ノエミの右手に、槍が出現。
「ちなみにだが、私の名前はアスラ・リョナだよ? 本当に忘れたのかね? 記憶に残るような殺し方をしてあげたのになぁ」
「貴様が……アスラ・リョナ」
ノエミが目を細め、それから左手で頭を押さえた。解離したはずの記憶が疼いているのだ。
「そうだよ。君の両手両足を爆発させたんだけど、本当に覚えてない? 君、無様に命乞いをしていたじゃないか。でも残念、うちの下っ端が君の胸に剣を突き立てて君は死んだ。うちの下っ端に度胸を付けさせるために、君の命を使ったよ。有効利用だろう?」
「ならば、今度は我が、貴様に同じことをしてやる」ノエミが言う。「両手両足をもぎ取って、貴様が殺してくださいと懇願するまで拷問してやるっ!」
「そりゃ楽しみだね。本当だよ? 心から楽しそうだと思う。やっておくれ。ぜひやっておくれ。とっても楽しそうだ。それは素敵だね。ほら、早く、早く! 早く早く! 私を楽しませておくれ! 君は最上位の魔物になったのだろう!? 私は地獄が見たい! 心から! 頼むよ! お願いだから、途中で心折れないでおくれよ! どうしたんだい!? おいでよ!! 早く早く!」
アスラは心の底から楽しそうに言った。
その姿を見て、ノエミが少し引いた。
「ちっ」
アスラは舌打ちして、溜め息を吐いて、天を仰いだ。普通、戦闘中にやってはいけないことだ。
ノエミが跳躍。それはとてつもなく速い跳躍。一瞬でアスラのいる巨石の上まで、ノエミは辿り着いた。
そしてよそ見をしているアスラを槍で突く。しかしアスラに当たらない。
ノエミは驚愕した。なぜ見ていないアスラが躱せたのか理解できないのだ。
「そうくると予測していたから、すでに避けていたんだよね」アスラが微笑む。「予測が外れたら私は死ぬけど、それはそれでいい」
◇
ノエミは槍を引きながら、バカな、と思った。
予測? 予測って何だ? よそ見している隙に距離を詰めて、突くことを予測した? どこを突くかまで? 頭おかしいんじゃないのか?
だがまぁいい、とノエミは思い直す。もう一度突けばいいだけの話。ノエミの方が速いのだから。連続で突けば、いつか当たるはずだ。仮に全て予測できても、身体が追いつかなくなる。
相手は人間なのだ。ノエミはルミアに勝った。こんな小娘に負けるはずがない。
次の突きも、アスラは躱した。
マグレではない。本当に予測しているのだ。やはり最初に考えた通り、身体が追いつかなくなるまで突くことに決めた。
ノエミが次の突きを繰り出したと同時に、左側頭部に激しい衝撃。
視界が明滅してバランスが崩れた。
この凄まじい衝撃は何だ? 何かが頭を貫通した。
アスラはバランスの崩れた半端な突きを躱し、意地悪く笑っている。何をした? 何をしたんだ?
そう思考した時、今度は首に同じような衝撃を受ける。
「前の時と同じだよノエミ」アスラが言う。「私は君と、まともに戦わない。これが私らのやり方なんだよね。忘れていなければ、少しは警戒できたのにね」
無限無数の邪淫の槍よ、とノエミは心中で言って、右手を挙げようとした。
でも腕が上がらない。身体が痺れている。
「最初のはプンティの分で、次はルミアの分かな? ふふっ、矢が刺さったままだと再生はできないのかな?」
左腕に衝撃。ノエミは衝撃の正体をやっと理解する。
矢だ。
まったく察知できないほどの遠距離から放たれた矢。
こんな芸当ができる者を、ノエミは1人しか知らない。
「あぁ、クソ、……」ノエミが言う。「貴様らは、エルナと組んでいるのか……」
「別に組んじゃいない」アスラが言う。「狙撃したいって言うから、やらせてあげただけだよ。そろそろ満足してくれたかな?」
再びノエミの頭に矢が刺さる。
「それはじゃあ、君が殺した市民の分ってことにしておこう」
アスラは苦笑いしていた。
ノエミは身体が思うように動かない。痺れ薬か何かを、矢に塗っていたのだと予測。
どこまでも抜け目ない。
更に矢が刺さる。
ノエミは両膝を突いて、アスラを睨んだ。
ほとんど動けないノエミの身体に、矢が次々に刺さる。
人間ならとっくに死んでいるというか、最初の一撃で死んでいる。
「おいエルナ、いい加減にしろよ、そろそろトドメを刺したいんだけど?」
アスラがイラッとした様子で言った。
もはやノエミのことなど眼中にない、といった様子だった。
我は、我は、こんなアッサリと死ぬのか?
せっかく生き返ったのに、強くなったはずなのに。こんな、簡単に、死ぬのか?
「前回は私の魔法のお披露目会代わりに君を殺したけど」アスラが淡々と言う。「今回はエルナの狙撃お披露目会になったね」
お披露目会の代わりに殺される?
そんな理不尽な死に方、耐えられない。
ノエミは泣いた。
かつて、生前に自分がやったことはもう忘れている。
生き返ってから、自分勝手にルミアを拉致したことも忘れている。
その時に大勢を巻き込んで殺したことも、ノエミには忘却の彼方。
いや、正確には、悪いとさえ思っていない。
自分は他人をどんな目に遭わせてもいいけれど、自分が辛いのは嫌。
「泣くなよノエミ」アスラが言う。「魔物になっても三流の悪党のままじゃないか君。何度も登場していいようなタイプじゃない。せめて誰かを殺すなら、自分が殺される覚悟ぐらいしておきたまえよ。で、これが私を煩わせた分ね」
◇
アスラは指をパチンと弾いた。
そうるすと、ノエミが連続で爆発して散った。
完全に肉片と化した。どれだけ再生能力が高かろうと、死んだはずだ。ゼルマ・ウルスのように多くの命があるなら別だが。
アスラはしばらく肉片を見ていたが、ノエミが復活する様子はない。
アスラはホッと息を吐いて、巨石を降りた。
そうすると、マルクスが自分のローブをルミアに着させているところだった。
ルミアはあまり遠くには逃げておらず、近くで様子をうかがっていたのだ。
よって、狙撃が始まった時点で勝ちを確信して出てきていた。ノエミの死を見届けたかったから。
「せっかくエロい格好だったのに」とアスラ。
「ねぇアスラ、狙撃したのはイーナ?」ルミアが言う。「半端なく上手いわ。エルナ様を超えてるんじゃないかしら」
ルミアの発言に、マルクスが笑った。
アスラも笑った。
「何? 何がおかしいのよ?」
「いや、君、自分で答え言ったから」
アスラが笑いながら言った。
「狙撃したのはエルナだ」とマルクス。
マルクスはもう笑うのを止めていた。
「……それは色々と、まずくないかしら?」
「平気だよ。エルナは知ってる。知った上で、私らを利用してるのさ。持ちつ持たれつってね。私らが役に立つ間は何もしないよ」
「なるほど。そういえば、そういう性格だったわよね。実利を取るタイプというか、現実的というか」
と、ゴジラッシュが近くに着陸した。
ゴジラッシュがルミアを見て嬉しそうに鳴いた。
ルミアはゴジラッシュと、背中に乗っている2人に手を振った。
ゴジラッシュは嬉しそうに尻尾をビッタンビッタンと地面に打ち付ける。
エルナとイーナは地面に降りて、ルミアに近寄った。
イーナはそのままルミアに抱きつく。
「あらあら? 久しぶりねイーナ」
ルミアはイーナの頭を撫で撫でする。
「無事で良かったわねー」エルナが言う。「実はあなたが生きてるって聞かされた時は、さすがに驚いたけれどねー」
「ジャンヌ軍に手を貸していたので、堂々とは生きられませんから」とルミア。
「そうよねー。まぁ、わたしは特に咎めるつもりはないわー」エルナが言う。「もっと正直に言うと、アスラちゃんたちを敵に回したくないのよねー」
「よく言うよ。敵に回ったら容赦なく私を殺せるだろうに」
「お互い様でしょー?」
「そうだね」アスラが肩を竦める。「それより、君の狙撃は素晴らしかった。私を遙かに凌駕している。とんでもない狙撃だった。でもやりすぎだよ? あんなに撃ち込む必要はなかった」
「あらら? アスラちゃんがなかなか倒さないから、わたしにもっと射ろって意味かと思ったわー」
どうやら、すれ違っていたようだ。
まぁエルナは団員ではないので、仕方ない。
エルナとはイーナが一緒だったが、イーナはエルナの指示で【加速】を使っていただけで、戦況は見ていなかった。
「そうか。まぁいい。とりあえず城に戻ろう」
◇
古城に戻ると、ティナがルミアの尻に飛び込んだ。
「ちょ、そこは前から来て欲しかったわ」
さすがのルミアも苦笑い。
「この尻! この尻ですわ! 姉様の次に素敵なお尻!!」
スリスリと自分の顔をルミアの尻に擦りつけるティナ。
「くすぐったい!! くすぐったいから!」
ルミアは少し照れながらティナを引き離した。
「おかえりなさいルミア」アイリスが言う。「久しぶりね」
「ええ、本当に久しぶりね。あら? アイリス少し感じが変わったわね」
「まぁね。あたしだっていつまでもお花畑じゃないのよ?」
「それは良かったわ」
ちなみにここは謁見の間。
みんな集合している。
ブリットは人形の時点で紹介を済ませているが、執事のヘルムートと可憐な美幼女メルヴィの紹介はまだ終わっていない。
「愛してるぜルミア、一発やらせてくれ……がふっ!」
ヘラヘラと言ったユルキの首を、ルミアが軽く突いた。
お互いに挨拶代わりだ。
「オレの方が愛してる!」とレコ。
「私も愛してます!」とサルメ。
サルメはすでに普段通りだ。別にそれでいい。長く落ち込まれても困る。
「僕は初めましてだね」
ラウノは微笑みを浮かべながら言った。
「そうね。ラウノ君でしょ? アスラからイケメンだと聞いていたけれど、本当にイケメンね。ビックリしたわ」
「……ラウノ様は……ボクのですぅ……」
ラウノの身体にしがみ付いていたブリットが言った。
「あら? 人形の子よね? 本当に性格が違うわねー、人形の時と」
ルミアはニコニコと言った。
「さて、少し休んだらルミアは1度テルバエに戻って、また今度遊びに来てもらおうか」
「そのことなのだけどアスラ」ルミアが真剣に言う。「またわたしを団に入れてくれる?」
「なぜ?」
アスラは驚いた。
アスラだけでなく、他の団員も驚いていた。
「無理よアスラ。本当に無理なの」ルミアは悲しく微笑んだ。「わたしは、わたしのせいで、大勢が死んだの。巻き込まれたの。わたしの過去は、けっして綺麗なものじゃない。今後も、わたしはトラブルの種になるわ」
「一般人と一緒には暮らせない、という意味か?」マルクスが言う。「1度抜けたのだから、そのまま抜けていろ。地獄に戻る必要はない。名前を変えて国も変えて、プンティとやり直せばいいだろう? 自分たちも協力する」
「分かってよマルクス」ルミアが言う。「耐えられないの。わたしのために、いったいどれだけ死んだの?」
「ご近所さんなら全滅だよ」アスラが言う。「誰1人残ってない。プンティだけさ、あの地区で生き残ったのは」
重苦しい沈黙。
本当に酷い有様だったのだ。
「わたしはマルクスに賛成よー?」エルナが言う。「わたしも協力してあげるから、足を洗ったならそのまま身を潜めなさいなー。英雄だって、生きたまま引退できるのってかなり運がいいのよー? ねーヘルムート」
「いかにも」ヘルムートが頷く。「早めに引退できたのなら、その幸福を捨ててはいけません。戦いの日々が恋しく感じることも、やはり稀にはありますが、基本的に平和はいいものですよ?」
「ヘルムートって、双剣のヘルムート!?」
ルミアが驚いて言った。
「かつて、そうであったこともあります」
「なんで執事の格好してるの?」ルミアは本気で驚いている。「というか、どうしてアスラたちといるの?」
「成り行きでございます。執事は憧れの職業でしたので、引退後の趣味にと」
「そ、そうなのね……。執事に憧れているってのも、珍しいけれど」
「ルミア、戻りたいなら下っ端からでいいなら戻してあげるよ」アスラが言う。「でも君、一回裏切っているし、入団試験も受けてもらう。卑猥で痛いやつ」
「ええ。いいわ。みんなを裏切ったこと、でも後悔はしてないわ。だから謝らないけど、わたしに罰を与えたいなら、好きにしていいわ」
「まぁそう結論を急ぐな」アスラが言う。「とりあえず少し休め、それからプンティのところに送るよ。しばらく考えたまえ。この城で大英雄会議があるんだよ。それが終わったら、君の答えを聞くよ。再び地獄に戻るのかどうか、ね」
「分かったわ」ルミアが小さく息を吐く。「それとは別の話なのだけどアスラ、依頼を1ついいかしら?」
「報酬と内容による」
「報酬はみんなの頬にキスしてあげる」ルミアが真面目に言う。「だから神王を殺してくれない?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます