第8話 私は1度見逃してやった だのに、君はまた私の前に立った


 アスラはチェーザレの斧を短剣で受けながら、後方に飛んだ。

 そのまま窓を突き破って、くるっと回転しながら周囲を確認。ガラスの破片が陽光でキラキラしている。

 ブリットの部屋が二階だったので、着地地点も確認する。同時に、通りの人間の顔を認識。知った顔が2つ。

 マホロのメロディと魔殲のトリスタンだ。


 アスラは着地と同時に右側に飛ぶ。

 アスラが着地した場所に、チェーザレが両手斧を叩き付けた。

 地面が抉れるほどの超威力。

 明らかにパワータイプ。だけれど、スピードもある。

 チェーザレは即座にアスラを追って飛ぶ。

 アスラが指を弾くと、チェーザレが進行方向を強引に変更。地面が【地雷】で爆発。

 周囲で悲鳴。

 チェーザレが再び方向転換し、アスラへと向かう。

 アスラは近くにいた女性の腕を掴み、身体操作で自分の前へ。

 チェーザレが地面を強く踏んで急制動。無関係な人間を巻き込まないためだ。


「てめぇ!! 汚ねぇぞクソアマ!!」


 トリスタンが叫んだ。

 トリスタンもすでに剣を抜いている。いつもの二刀流だ。


「なるほど。魔物殲滅隊というだけあって、一般市民は殺さないのか」


 アスラがニヤニヤと言った。

 アスラに腕を掴まれている女性は、状況を飲み込めていない。


「恥知らずの魔物の味方め」チェーザレの表情は怒りに満ちている。「死んで詫びろ、死んで詫びろアスラ・リョナ!」


「そういう、勝つためなら何でもするところが、私の好み」


 いつの間にか、メロディがアスラの腕を掴んでいた。

 アスラが女性を掴んでいる方の手だ。


「だけど、一応、私も英雄だから、一般人を巻き込むのはダメ」


「別に殺すつもりはないよ」アスラが言う。「チェーザレは人間を殺さないだろうと踏んで、その上で盾にしたからね」


 ブリットを殺そうとした時、チェーザレはラウノを巻き込むと思って攻撃を中断したのだ。それはつまり、普通の人間を殺す気はないということ。


「私だって、平和に生きている市民を地獄に誘うつもりはない」アスラがヘラヘラと言う。「本当だよ? でも、ちょっとチェーザレに落ち着いて欲しかったのさ」


 ああ、でも、とアスラは思う。

 地獄に誘うつもりはないけれど、誘えないわけじゃない。


「ほら、もう行っていいよ」


 アスラが女性の腕を離した。

 女性はオロオロしていたが、「さっさと消えろ、死にたくないだろう?」というアスラの台詞で、半泣きになりながら走り去った。

 メロディはまだアスラの腕を掴んでいる。


「じゃあ、私、アスラの味方するね?」


 メロディがチェーザレに向かって言った。

 チェーザレは目を丸くした。トリスタンも同じく。ついでにアスラも。


「そうか。探していた女の子はアスラか」チェーザレが納得した風に言う。「魔物の味方をする奴はもう人間じゃない。それは魔物だ。そして、その味方をする人間もまた魔物だ」


 チェーザレが両手斧を構え直す。

 トリスタンがチェーザレの隣に並び、剣を構えた。


「なぜ私を探していた?」アスラが言う。「依頼かね?」


「そう、依頼!」メロディは笑顔で言った。「あとで言うね!」


「では君がチェーザレ、私がトリスタンでいいかね?」

「うん!」


 メロディは本当に嬉しそうに頷いて、アスラの腕を放すと同時にチェーザレに向かって直進した。

 とんでもない速度だったので、トリスタンは反応すらできていなかった。

 チェーザレは両手斧で迎撃したのだが、遅い。

 メロディはチェーザレの懐に入り、左手の指2本でチェーザレの喉を突いた。

 チェーザレが後方に飛ぶが、メロディはピッタリと貼り付いて離れない。完全に斧の間合いを殺している。

 チェーザレが斧を手放すと、メロディは立ち止まってその斧を拾う。


「……扱えるのか? 重いぞ?」とチェーザレ。


 発声すると少し痛そうだった。


「あは! 私を誰だと!? 私は全ての武器を扱える! 私はこの世に存在する全ての武器を扱える! だから無手なのよ!」


 わざわざ邪魔になる武器を持ち歩く必要がない。相手が何か持っているなら、相手から奪えばいい。


「オレは魔物を殺し続けた。斧を落としたこともある。斧が砕けたこともある。そんな時、オレは素手で魔物を引き裂いた。常にそうしてきた。お前にも、そうしてやる」


       ◇


 アスラはまずトリスタンの武器を【地雷】で破壊した。

 両方とも破壊した。剣の破片がトリスタンにいくつか刺さった。


「なっ……」


 トリスタンは酷く取り乱した様子だった。

 メロディの驚異的な加速を見た次の瞬間には、自分の武器が爆発したのだ。まったく状況が理解できなかった。

 そしてトリスタンはその爆発のせいで、アスラを見失ったことに気付く。

 気付いたと同時に、膝を砕かれて悲鳴を上げた。

 アスラが低空から、足裏でトリスタンの膝を蹴ったのだ。無防備な膝を破壊できるだけの威力を乗せて。

 トリスタンは砕かれた右の膝を両手で押さえて地面に伏せる。


「ははっ、戦闘中にボサッとするな」アスラが極悪非道な表情で言う。「君は死ぬより、魔物を殺せなくなる方が辛いだろう? だからそうしてあげるよ」


 アスラはトリスタンの右腕を極め、そのままへし折る。

 再びトリスタンが悲鳴を上げた。


「どうした? 私は魔物の味方をする人類の裏切り者なんだろう? ほら、私を殺さなきゃ! 私はこれからも魔物を使役するよ!? 私の利益のためだけに、君の憎む魔物を利用するよ!? ああ、私はなんて最低の人間なんだろうね! 殺さなきゃ大変だよトリスタン! 頑張れ! ほら頑張れ!! 立て! 立つんだトリスタン!」


 アスラが両手を叩いてトリスタンを応援した。


「ちくしょう……この鬼畜がぁ……ああああああ!」


 アスラはトリスタンの左手の甲に短剣を突き刺して地面に繋ぐ。


「ああ、愚かな奴だよ君は。1度見逃してあげたのに、どうしてまた私の前に敵として現れた? ん? チェーザレを連れてきたら勝てるとでも? うん? せっかく助かった命だったのに、自ら散らしにくるなんて、愚かにも程があるだろう?」


 アスラはトリスタンの左手を貫いてる短剣の柄尻を踏みつける。


「まぁ殺さないけどね? 魔物退治できなくしてあげるよ。悲しいね? これほど魔物を憎んでいるのに、君はもう2度と魔物を退治できない。哀れだね。でも自業自得だよ? 私に敵対したのだから」


「なんでだぁぁぁ」トリスタンが涙声で言う。「お前と俺なら、俺の方が強かったはずだろぉぉぉ」


「ん?」とアスラが首を傾げる。


 そして短剣の柄尻から足を退ける。

 少し考えて、そしてポンと手を叩いた。


「そうか。前回は君を倒すのにイーナと協力してなんとか、って感じだったから勘違いしちゃったんだね」アスラがニヤニヤと言う。「ごめんよ、私は前回、激しい腹痛に見舞われていてね、実力の半分も出せていなかったんだよ。はは、私が君のようなヒヨッコに負けるわけないだろう?」


「ちくしょう! チクショウ! 畜生!」


 トリスタンは無理やり左手を動かして、短剣が刺さったままアスラに掴みかかる。

 アスラはそれをヒラリと身軽に回避。


「おいおい、右腕は折れて、右の膝は砕け、左手の甲には短剣が刺さっている。そんな状態の君が、私を捕まえられるとでも?」


 言いながら、アスラはトリスタンの腹部を何度も殴った。

 トリスタンが血を吐いて、気を失う寸前まで殴った。


「おい、身の程を知れたかね? 私は投降した魔物には優しくしてやるが、何度も敵対するクソ人間には優しくないんだよ」


 アスラが言うと、地面に倒れたトリスタンが、血塗れの口を動かした。


「なんだって?」


 アスラが屈んで、トリスタンに顔を寄せる。


「……クソアマ」とトリスタン。


「ははっ! なるほどなるほど! 根性だけは大したもんだね!!」


 アスラはトリスタンの顔を思いっきり蹴っ飛ばす。


「あはは! もし映画なら、私は悪の親玉で、君は成長途中の主人公ってところかな!? そんな感じのシーンだよ! 感動的だね!」


 まぁ、アスラは善悪にはさっぱり興味がないのだけれど。


「そこまでです!! 状況を説明してくださいアスラ!!」


 大きな声を出したのはシルシィだ。

 いつの間にか、アスラとトリスタンの周囲に憲兵たちが集まっていた。


「なぜ少年を痛めつけているのですか!? アーニア国民ですか!? 事情があるなら、今、この場で話してください!」

「私は戦争が好きで、戦闘が好きで、一方的な虐殺が大好きで、その逆も愛しくて、だからこうした」

「説明になっていません!」


 シルシィは悲鳴のように言った。

 可哀想に、とアスラは思った。

 シルシィはアスラを逮捕しなくてはいけない。なぜなら、シルシィはアーニア王国の憲兵団長だから。

 そして、アスラは明らかな傷害行為を行っていたのだから。


「私が私の敵をどうしようが、私の勝手だろう? これは私と、私たち《月花》と魔殲の戦争なんだよシルシィ」


 今後も魔殲は諦めないだろう、とアスラは思った。

 だったら、戦争しかない。願ってもない。それが最善の解決法だ。

 ああ、次から次に敵が現れてくれる。闘争に困らない素晴らしい人生だ。こういうのを、幸福って呼ぶんだったよね?


「魔殲……魔物殲滅隊ですか?」

「そうだよ。私らとは敵対している。このガキは1度見逃してやったんだよ。それなのに、また私の前に立ち、武器を抜いた。それがどういうことか、分かるかね?」


 アスラがチェーザレではなくトリスタンを選んだ理由だ。


「酷く愚かだとは思います……。わたくしなら、2度とアスラに会わないように生きるでしょう」

「私もそう望んだよ」

「ですが! だからと言って、こんな派手に、しかも一方的に攻撃を加える必要がありますか!? 知らないかもしれませんが、我が国では傷害罪というんです!」

「いや、知っているよ? 知っていて無視したんだよ?」


「くっ」シルシィが顔を歪める。「あなたを呼んだのは、わたくしたちです。こんな問題を起こされては困ります。お願いですから、ここは大人しく捕まってください」


「捕まえてみたまえ」とアスラ。


「アスラ、お願いです。どうか地面に両膝を突いて、両手を頭の後ろに回してください」シルシィは泣きそうな顔で言った。「それと、そっちの少年をすぐ医者に診せてください」


 シルシィの指示で、憲兵が2人、トリスタンに近寄る。


「シルシィ、私は別に抵抗していないよ?」


 アスラは地面に両膝を突いて、両手を頭の後ろに回した。

 そして軽く、周囲を確認する。

 ユルキたちの気配はない。だがそれでいい。ブリットの安全を確保するよう、窓から飛び出す前にハンドサインを送っている。

 魔殲の狙いがブリットだからだ。

 チェーザレとメロディの姿は見えなかった。


「通報で私だと思って、わざわざ来たのかね? それにしては早いね」


 アスラは自分の両手に縄をかけているシルシィに言った。


「ちょうど、所用で近くの屯所にいましたので。通報の容姿からアスラだと判断して、わたくしが直接来ました」

「ふむ。そうか。悪かったね」

「思っていないくせに」


「まぁね」とアスラが肩を竦める。


 それにしても、とアスラは思った。

 シルシィはいつの間にかアスラを呼び捨てにしている。以前は「アスラさん」呼びだったはずだが。


       ◇


「怪物め……」


 そう呟いて、チェーザレは地面に倒れた。

 もう戦う力は残っていない。限界だ。場所を移動しながら、メロディと戦い続けて、気付いたら日が落ちかけていた。


「あは。褒められちゃった」


 薄暗くなり始めた空の下、メロディは楽しそうに言った。

 すでにチェーザレの両手斧は持っていない。戦闘の最中で砕け、だから捨てた。

 この場所はアーニア城下町の外側。

 城下町は低い壁で囲われている。将来的には立派な城壁を作る予定なのだとか。

 チェーザレたちは戦闘しながら、その低い壁を飛び越えて、外の広い場所でやり合った。


「オレを殺せ……でなければ、オレはまた、連中を狙う……」

「うん。いいんじゃない? 私はそういうの好きだなぁ。1度負けても、鍛えて再戦する。そういうの好きだなぁ」


 メロディが敗北した場合、2戦目はない。マホロを名乗れば、の話だが。


「バトルジャンキーか、お前は……」


 チェーザレは目を瞑っている。目を開けるだけの力もないのだ。

 本当は喋るのだって苦痛なのだ。


「えー? そんなことないよ? ただ、好きなだけ。生まれたその瞬間から、闘争だけが私の人生だったから」


 マホロは誕生と同時にその人生が決まる。

 即ち、技の継承と更なる修練。《魔王》を狩れるように。たった1人で《魔王》を殺せるように。そうして己を磨き続ける。

 1500年間、疑問にすら思わずそれを続けたのだ。


「あ、そうそう、チェーザレってパワーもスピードもあるけど、ちょっと雑だから、もっと型とか意識した方がいいかも。まだ強くなれるよ? まぁ現時点でも、そこらの英雄より強い」


 チェーザレの相手は主に魔物だ。よって、細かい技術は必要ない。思いっきり斧を振って、ぶった斬るか叩き潰す。

 だから、対人間はそれほど得意ではない。特に技を駆使するようなタイプは苦手。まぁ、魔殲は全員そういうタイプが苦手だけれど。


「じゃあ、私はアスラを探しに行くから、またねチェーザレ。次の《魔王》を私が殺したら、種をちょうだいね」

「……勝手にしろ……」


 チェーザレはそのまま眠った。

 城下町の外側だが、特に危険な場所ではない。盗賊も出ないし魔物も出ない。何度も大森林で寝起きしたチェーザレにとっては、こんな場所でも平和な寝床になる。

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