第6話 サバイバル訓練初日 「カエルの解体ぐらいで大げさすぎ」


 アスラは一通り、説明を終えた。

 ラウノの妻殺しを命じた男がまだ生きている、という話。


「確認だけど」ラウノが言う。「君たちは僕とユッカ・ホルケリを引き合わせる?」


「そうだよ」とアスラ。


「だけどその代償として、僕はアスラの団に体験入団する?」


「その通り、たったの60日だよ」アスラが薄く笑う。「60日経過して、向いてないと思えば抜けていい。監獄島に戻りたいなら、送ろう」


「アスラの話が全て事実だとして……」

「事実だよ。君も気付いてるはず」


「あんたは冷静じゃなかった」ユルキが言う。「妻にも殺した連中にも成ったんだろ? なら、黒幕がいる可能性には気付いてたはずだ」


「でも見ない振りをして、目先の報復に全力を投じた」アスラが言う。「君が黙って話を聞いていたのは、黒幕の可能性について自分でも本当は理解していたから」


 ラウノは沈黙し、目を瞑る。

 そして数秒、固まっていた。

 アスラもユルキも待った。

 オルガは何も言わない。

 ラウノが目を開く。


「……その通り。今思えば、だけど。僕は冷静じゃなかった。その可能性にも、当然気付いていた。でも……。いや、言い訳はやめよう。正解だよ。僕は目先の報復を優先した」

「感情に任せて行動してはいけない、という典型的な例だよ」


「本質を見逃す」とユルキが補足。


「君たちの話はよく分かった。僕は僕のやり残したことを片付けるため、ここを出る。ただ、君らの協力なしでもここを出ることはできる」

「ほう。面白い。どうやって?」


 監獄島から逃げ出した人間はいない。


「コンラート・マイザー」ラウノが言う。「僕は彼に成った。だから、彼が脱獄を考えていると知っている」


「マジかよ」


「この島には小さな入り江がある」ラウノが言う。「そこは立地がいい。生い茂る樹木が目隠しになっていて、遠くからでは船が見えない」


「待て」アスラが言う。「コンラートは船を作ったのか? この島で?」


「そう。船を作った。長い年月をかけて。僕たちの派閥は脱獄に興味ないから、放置していたけどね」

「忍耐力、指導力、ともに極めて高いね、コンラートは」


「彼がヘルハティで捕まったのは死なないため」ラウノが言う。「再び海の覇者になるため。この島で朽ち果てるためじゃない」


「とはいえ、やめとけラウノ」ユルキが言う。「そんな船、かもしれねー」


「君が燃やす、って意味だね」


 ラウノが微笑む。


「コンラートは血の滲むような努力の末、船を作ったのだろう」アスラが言う。「でも、それが障害になるなら、私らは焼く。淡々と、冷徹に、焼き払う」


「分からないな」ラウノが溜息を吐く。「なぜ僕にこだわる? 君らは有名な傭兵団だろう? 魔王軍さえ撃破した。僕なんか仲間にする必要があるのかな?」


「君の能力。誰にでも成れるそのスキルは、魔物たちの固有スキルの領域だよ。貴重で、ユニークで、単純に欲しい」


「魔物扱いされたのは久しぶりだよ」ラウノが苦笑いする。「気味が悪いと言われることは多かった。でも、彼女がいつも僕を慰めてくれた。子供の頃からずっと。僕は彼女が大好きだった。今も。だから、彼女の殺しを命じた男が生きているなら、殺すよ。君たちの話に乗ろう。60日、体験入団する。だから僕をユッカに引き合わせて」


「契約成立だね」


 アスラが右手を差し出す。

 ラウノがその手を握り返す。


「てゆーかラウノ、コンラートの話を出したのは、私らがなぜ君に狙いを定めたか知りたかったからだね? 普通にそう聞いてくれても私は答えたよ?」

「次からはそうする。それで? 脱獄の方法は? 何か準備が必要?」


「何も」アスラが首を振る。「明後日の朝、またここに」


「分かった」


 これで、任務の半分は終わった。

 あとは、脱獄して、ラウノがユッカを殺せば完了だ。


「あ、あたしコンラートの派閥に入るね」オルガが立ち上がる。「ユルキ、楽しかったよ! ありがとうバイバイ!」


 そしてそのまま走り去った。


「お、おう……」ユルキが言う。「変わり身早くね?」


「実に柔軟な女性だね」とアスラ。


       ◇


 サバイバル訓練初日。


「……では……これより、サバイバル初級を……始める……」


 イーナが言った。

 イーナの前には、レコ、アイリス、サルメの3人が立っている。


「……人には、向き不向きがあって……あたしは、サバイバルに、関して……団長より上だから……しっかり、言うこと聞くように……」


 イーナ、レコ、サルメはいつもの黒いローブ姿。

 しかしアイリスはいつもと違っている。

 肉体労働者が着ているような茶色のツナギに、髪の毛もツインテールじゃなくてポニーテールで結んでいる。


「サバイバルとは……即ち、食料と水源の確保……。これに尽きる……」


 ここは《月花》の拠点である古城の裏山。

 割と大きな山なので、訓練に最適なのだ。

 時刻はまだ午前中。アスラが監獄島に入った日のことである。


「装備チェック……始め」


 イーナが言うと、レコとサルメがローブの前を開いて、内ポケットをチェック。


「メタルマッチ、オッケー」とレコ。

「鉄水筒、オッケーです」とサルメ。

「短剣オッケー」とアイリス。


「アイリスも……ローブにすればいいのに……」イーナが言う。「内ポケット、いっぱいで……便利」


「それにこのローブ、防御力かなり高いですよ?」

「でもそれ可愛くないもん……」

「今のアイリスの格好も全然可愛くないけどね!」

「う、うっさい! 山に入るのにフリフリしたスカートなんか穿いてたらバカでしょ!」


「……訓練だから、事前に装備用意してもらったけど……突発的にサバイバル状態になった時は……普段着だから……」

「突発的にサバイバルって普通ないわよね!?」

「分かりませんよ? 大森林の時、急遽日程を延ばしましたし」

「あの時もさ、オレたち3人がいなかったら、みんな割と長期間滞在できたんじゃない?」

「……ぶっちゃけ、マルクスが生きてる前提なら……年単位で潜れる……あ、カエル、ラッキー」


 イーナが素早い動きで大きなカエルを鷲掴みにした。


「キモイ!」とアイリス。


「カエルと蛇は……ご馳走だから……。見つけたら即、確保」

「さすがに私もキモイです……」

「オレ平気」


「……まずは水源の確保」イーナがカエルを掴んだまま歩き始める。「……マルクスが一緒なら、必要ない……」


 イーナのあとを、3人がゾロゾロと付いて歩く。


「歩きながら……食料になりそうな……モノを探す……」イーナがキョロキョロしながら言う。「木の実、キノコ、山菜、薬草。動物がいたら……超幸運。神様に感謝しても……いいレベル」


 イーナの指導の下、食料を集めながら歩いて、川を発見する。


「水質を、チェックする……。そのまま飲めそうにない……水でも、鉄水筒で煮沸すれば、飲めるようになる……」


 イーナが川の水を手で掬う。

 もちろん、カエルを掴んでいない方の手。


「この川は……綺麗。そのまま、いける……」


「魚捕れるんじゃないの?」とアイリス。


「魚も……ご馳走……。でも、カエルも美味しい。調理方法、教える」イーナが近くの岩に寄っていく。「まず、こう」


 イーナはカエルの脚を持って、次の瞬間にカエルの頭を岩に掠めるような感じで叩き付けた。


「殺した!?」とアイリス。


「……食べるんだから、当然殺す……」イーナがキョトンとして言った。「生きたまま、食べたい?」


「んなわけないでしょ!? な、なんだか、ちょっと可哀想な気もするってだけ!」


「どうして?」イーナが言う。「食べるためには、誰かが……殺さないと……」


「わ、分かってるわよ。あたしが普段食べてるお肉だって、誰かがあたしの代わりに殺してくれてるってことは。ちょっと目撃すると可哀想だな、っていう感想!」

「ふぅん」


 イーナはカエルを石の上に置いて、短剣を出す。


「……お腹裂いて、内臓を抜く……」

「ギャーーーー!!」


 アイリスがその様子を見て悲鳴を上げた。


「私もちょっと気持ち悪いです……」


 サルメも顔を歪めた。


「オレ平気」


 レコだけは平然としていた。


「魚も、他の家畜も……同じだけど? 次は……潰れた頭を落とす」


 イーナが短剣でカエルの頭を落とした。

 それから、また川に移動する。


「洗いながら、皮を剥ぐ」


 洗い終わると、イーナはカエルを石の上に置く。

 そして川辺に落ちていた枝を拾って、短剣で枝を削る。


「……串を作って、刺す。で、焼く前に塩を振っておく……」


 イーナは内ポケットから塩を出してカエルの肉に振りかけた。

 そうすると、カエルの肉がビクビクと動き始める。


「動いたぁぁぁぁぁ!!」

「き、気持ち悪いです!」

「面白い。なんで動くの?」


 アイリスとサルメは少し引いた様子だったが、レコはイーナに寄って行く。


「さぁ? 塩振ると、なんでか動く……。でも、塩ある方が美味しい……」

「イーナって普段から塩持ってるわけ!?」

「砂糖も持ってるけど……?」

「あたしの水に塩入れたことあるでしょ!? たまにしょっぱい時あるの!」


「知らない」とイーナ。


「次はどうするの?」


 レコはサバイバルを楽しんでいる様子。


「焼く。薪とか、集めて……焼く。でもその前に、拠点を探す……。お昼には少し早い」

「拠点ですか? ここではダメなんですか?」


「できるなら……洞窟がいい。なければ……なるべく、雨を凌げるところ」イーナが言う。「雨で体温を……奪われると危険。最悪、裸で温め合うけど……それでもダメなこともある」


「オレむしろ雨に打たれたい! でも団長いないからどっちでもいい!」


「この変態スケベ!」とアイリス。


「え? アイリスなんか対象外だよ?」

「それはそれでムカツク!!」


「……まぁ、とにかく、拠点探しに行く……道中で、カエルいたら捕まえること……蛇も」

「ここで魚捕って行けばいいじゃないの」

「……ダメ。カエルとか蛇に慣れさせる目的も、ある。あと、昆虫……」

「昆虫は嫌ぁぁぁぁあああああ!!」

「芋虫は……貴重な食料になる……」

「嫌ぁぁぁぁぁあああああ!! サバイバル嫌ぁあぁぁあああ!」

「私も挫けそうです! これルミアさんもやったんですか!?」

「……ルミアは、割と平気だった……。『あら、意外と美味しい』とか、言ってた……」


「ルミアはさ、割と図太いよ?」レコが言う。「元々、脳筋だし」


「……団長も、芋虫をパクパク食べてて……」


「想像しただけで鳥肌が!!」アイリスが叫ぶ。「アスラって見た目可愛いから、芋虫食べてるところ想像すると余計に気持ち悪い!!」


「……すぐ慣れる」イーナが言う。「そのうち、蛇を生で食べる……練習も……」


「帰りたい! お父様! お母様! アイリスは野生に還るより家に帰りたいです! 昆虫よりも温かいスープが好きです! 生の蛇より生野菜がいいです!」


「急に敬語になった」とレコが笑う。


「……これだから温室育ちは……」イーナが溜息を吐く。「……こんなのピクニックと同じ……」


「同じじゃない!! ピクニックはお弁当持って行くもん! 命がけじゃないもん! カエルの解体とかしないもん!!」


 アイリスは半分泣いていた。


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