第7話 別に男になんて興味ないんだからね! とでも言って欲しいかね?


 シリアルキラー《一輪刺し》が逮捕された3日後。

 アーニア王国の城下町、宿の一室。


「いいかいサルメ? 君はまだ見習いの身だという自覚を持ちたまえ。仕事を請けるかどうかの判断は君には早い」


 アスラがサルメに説教をしていた。

 サルメは床に正座していて、両頬が腫れ上がっていた。

 アスラが強烈な平手打ちを浴びせたのだ。


「しかしまぁ、上手に処理できたようだし、今日のところはこのぐらいで許してあげよう」


 アスラはサルメの前に立っている。


「このぐらいって……」レコが呆れたように言う。「もう、かれこれ小一時間は説教してる」


 レコはベッドに座って、説教の開始から今まで黙って見守っていた。

 現在、部屋にはアスラ、サルメ、レコ、マルクスの4人がいる。

 マルクスはいつものように壁にもたれていた。


「別に君は呼んでない」アスラが肩を竦めた。「好きでそこにいたんだろう? あ、サルメはもう脚を崩していいよ」


 アスラが言うと、サルメはゆっくりと脚を崩す。


「本当に、ごめんなさい……もうしません」


 サルメは泣いていた。


「さて、次はマルクスだね」


 アスラがマルクスに視線を送ると、マルクスが小さく頷いた。


「ひゃうっ!」


 突然サルメが悲鳴を上げた。

 アスラがサルメを見ると、レコがサルメの側に移動していた。


「面白い声」


 レコはコンコン、と軽くつま先でサルメの脚を何度か蹴る。


「ひぃぃ! やめっ……レコ、ダメです……脚……はうぅ!」


「君たち、遊ぶなら別の部屋に行きたまえ」アスラが溜息を吐いた。「私はこれから、マルクスと真面目な話がある。きっと退屈だから出て行け」


「はぁい」レコが言う。「ほら、サルメも立って」


 レコがサルメに手を貸して、半ば無理やり立たせる。


「あうぅぅ、脚が……脚が……」

「正座って恐ろしいね」


 レコが淡々と言って、サルメを連れて部屋を出た。

 アスラがマルクスに向き直る。


「君はもう少し、副長としての自覚を持て」

「はい団長。申し訳ありません」


 マルクスは壁から離れた。


「とはいえ、サルメはちょっと焦りすぎだね」

「そう思います。早く何者かになりたいのでしょう」

「自分以外の誰にも、なれやしないのにね」

「ですが、見る限り、サルメは団長になりたいのだと思います」


「レコもそうだね」アスラがベッドに座る。「でも、レコはサルメに比べてチョロい」


「なんだかんだ、レコは勝手な行動をしませんからね」

「ああ。それにレコは私を殺せる。命令すればね。もちろん、私が無抵抗と仮定してね。でもサルメには無理だろう。私を騙せても、私を殺すことはできない」

「自分も心情的にキツイですが……それは」

「でも、命令ならやる。だろう?」

「……まぁ、そうですね。他に方法がない状況なら、やりますね」


「私に絶対服従するとは、そういうことだよマルクス」アスラが背伸びをした。「サルメにはまだ、そこまでの覚悟がない。傭兵としての自覚は出てきたようだけど、私の理想の団員には遠い」


「自分はどうです?」


「君か? 君は理想の団員だよ」アスラが笑う。「でも副長としては、まだ半人前だね。それは時間と経験でしか伸ばせない。だから今言えるのは、私がいない時、君が《月花》の指揮官になるってことを常に頭に入れておくこと。立場は人を作る」


「人が立場を作るのではなく?」

「ああ。人間は与えられた役割をこなそうとする。だから立場が人を作る。逃げ出さなければ、の話だけど」

「自分は逃げません。《月花》が家族です」

「いいね、それ。私にとっても《月花》が家族だよ」


 アスラが言うと、マルクスが微笑んだ。


「話は終わり、という認識でいいですか?」


「綺麗に締めただろう?」アスラが呆れたように言う。「今ので終わってなかったら、一体どうやって話を締め括ればいい? それとも、君も長いお説教が欲しいかね?」


「まさか。十分です団長。そうではなく、話が終わったなら新たな問題について報告しておこうかと」

「聞こう」

「シルシィがティナの正体に気付いた可能性があります」

「魔物だと?」

「いえ、フルマフィを統括していた寵愛の子としてのティナです」

「ふむ。シルシィはティナの情報を持っているからね。私が与えたからだけど」


 アスラが肩を竦めた。

 以前アーニアでフルマフィを壊滅させたあと、得た情報をシルシィに渡したのだ。

 寵愛の子の容姿についてもアスラは書いていた。


「黙らせますか?」

「私がやろう」


「個人的に」マルクスが言う。「ティナは好きです。しかし、保護はいつまで続けるのです? 正直、自分たちが守らなければいけないほど、ティナは弱い存在ではないでしょう?」


「戦闘能力はね。でも、精神的には子供だよ。それに戦いを好まない。捕まったらティナは大人しく殺される可能性がある」


「ティナの立場的に、拷問を受けてから処刑でしょうね」マルクスが苦笑い。「その場面は見たくありません」


「では保護を続けるしかない。古城を提供してくれているしね。まだ言ってなかったけど、あの古城を中心に1キロほどの範囲を私の領土として宣言した」

「……は?」


 マルクスが口を半開きにした。


「傭兵国家《月花》を建国しておいた」

「……あー、その、はい?」


 マルクスは上手に言葉が出ない様子だった。


「サンジェストのパーティには、偉い連中がいっぱい参加していたからね」アスラは楽しそうに笑った。「そんな機会は滅多にない。時期尚早なのは理解しているけど、次の機会がいつになるか分からないからね」


「そ、そうですか……。まぁ、いいのでは?」マルクスが曖昧に言う。「元々、団長はそういうのを、目指していましたし……。となると、自分は大臣とかですかね?」


「いや、特にそういう役職は用意してない。今まで通りでいい。国家と言っても傭兵団だからね」アスラはご機嫌だ。「いやー、運良く領土と機会の両方を得たからね。これはやっとけ、って感じさ」


「じ、人生には勢いも大切……ですからね……」


 マルクスは笑ったけれど、その笑いが少し乾いていた。


「相談しなかったのは悪かったよ。でもまぁ、もう宣言しちゃったからね。私たちが輸出するのは武力だ。よって、まずは戦力の補強を行う。監獄島の資料は手に入ったのだろう?」


「はい。自分の部屋にあります。早速、資料を精査して仲間候補を探しますか?」

「もちろん。しばらく忙しくなるよ? ジャンヌの魔法書に書かれていた新性質も覚えなきゃいけないしね。君はさっさと変化を覚えたまえ」

「ジャンヌの魔法書の内容も含めて、団長の魔法書を早めに作ることを提案します。魔法使いや、魔法使いを目指している者が寄ってくるかと」

「そっちも進めるよ。ひとまず、監獄島からだよ。資料を……」


 アスラの言葉の途中で、サルメが部屋に飛び込んできた。


「大変です団長さん! 《一輪刺し》が逃げたそうです!」

「ほう。自慢大会という名の取り調べが終わって退屈したんだね」

「それで、憲兵が下に来ていて、また手伝って欲しいと言っています」

「君はどう答えた?」

「団長さんの確認を取ります、と」

「よろしい。憲兵はどう対応している? 聞いたか?」

「はい。非常線を張ったそうです。外国に逃げられ、外国の憲兵が《一輪刺し》を捕まえてしまうと、アーニア憲兵団が笑いものになると、焦った様子でした」


「その心配はない」アスラが薄く笑う。「秒で解決するよ。非常線は張らなくていいと伝えろ。なんなら、《一輪刺し》は殺してあげるとも言っておけ」


「分かりました」


 サルメが部屋を出た。


「仲間にはしないんですか?」マルクスが言う。「団長の同類なので、そう言い出すんじゃないかと思っていましたが?」


「バカ言うな。《一輪刺し》が私に従うわけないだろう? 成熟したサイコパスなんだから。殺しを始める前なら、仲間にできたかもしれないがね」

「まぁ、見境なく殺されちゃたまりませんね」

「そういうこと。殺すなという命令に従えない奴はいらない。殺せという命令より重要な場合があるからね」

「生け捕りの依頼や、情報を得る必要がある場合ですね」


「そう。ただ殺すより難易度が上がる。でも《一輪刺し》は殺しの衝動を抑えられないから邪魔になる。まぁ、だからこそ、彼女はまた殺す。よって、次の被害者が分かれば捕まえるのも簡単」


「次の被害者が分かりますか? 好みの対象者は多いかと」


 マルクスが首を傾げた。


「君らでも分かるよ。まぁ、とりあえず行こう。依頼が殺しか捕縛か確認してからね」


       ◇


「久しいね、若き王」


 アスラはアーニア王の膝の上に座った。

 王城、謁見の間。

 玉座に座っているアーニア王に向かい合う形。

 ちなみに、アスラはクレイモアを装備していない。


「……余の膝は指定席か何かか?」


 アスラは最初に城の警備を撤収させた。

 よって、謁見の間にはアスラとアーニア王、そして親衛隊長の3人しかいない。

 少なくとも、見えるところには。


「だから! 貴様はどうしてそう、無礼なのだ!」


 親衛隊長が怒り心頭で言った。


「君も帰りたまえ。王令だよ、王令」


 アーニア王の持つ特権。

 議会を無視し、王が絶対的な命令を出す権利。

 ただし、命令が遂行されたのち、議会で王令の是非を問われる。

 ちょっとした罰則で済むか、失墜するかは王令の内容による。

 アーニアは立派な法治国家なのだ。


「ああ、王よ」親衛隊長が泣きそうな声で言う。「こんなくだらない王令は初めてです」


「うむ。余も心臓がバクバクしておる」アーニア王が苦笑い。「議会で散々文句を言われそうであるな……」


「心配するな若き王。これは必要な措置だよ。そして隊長はさっさと退席したまえ」


「ぐぬ……貴様が命令するな……まったく……」親衛隊長が踵を返す。「……王を頼むぞ、傭兵」


「はいはい。何事もないよ。迷い込んだ子羊を調理するだけの、簡単な仕事さ」


 それから、親衛隊長が謁見の間を出るのを見送った。


「それでアスラよ、なぜ余の膝に座っているのか説明を」

「私とイチャつけ」

「……いや、待てアスラ。そのために人払いを? そのために余は王令を? そもそも男に興味ないのでは?」

「もちろん興味ない。もっと可愛く言って欲しいかね? わ、私は別に男にな……」

「いや、別に」

「……そうか。ちなみに、私が興味あるのは、怒り狂ったサイコパスの言動だよ」


 アスラがニヤニヤと笑う。


「さいこぱす、とはなんぞ?」

「私のことさ。私のようにイカレた奴のこと。《一輪刺し》もサイコパスだよ」

「殺人犯……ということか?」

「いや違う。別にサイコパスだからって、必ずしも殺人者になるわけじゃない」

「……では何が違う? いわゆる、普通の人間と」

「私を見て、君が感じたことが答えだよ」

「……なるほど。分かったような、分からないような……」


 アーニア王が曖昧に笑った。


「まぁとにかく、《一輪刺し》は君を愛している。もちろん勘違いだけどね。サイコパスに他人を愛する能力はない。でも、酷く執着する」アスラが醜悪に笑う。「だから、君とイチャついて、彼女がそれを見れば、どんな反応をするだろうね?」


「意地悪な嫌がらせだ」アーニア王は苦笑い。「しかし、本当にクレータは余を愛しているのか? 敬意も好意も感じたが、男女として愛しているとは感じなかったが……」


「犯行のキッカケは、君のお見合いだよ」

「……余の見合い? どういうことだ?」


「最初の犯行はお見合いの翌日」アスラが言う。「君、丁寧にお見合いの日付を手紙に書いてたろ?」


「偶然、ということは?」

「ない。それがキッカケだよ。そして、彼女が若き王」


「なぜ余を? 愛しているのでは? あ、いや、そういう空想か」アーニア王が顔を斜めにした。「だが、空想であっても愛していると思っているなら、殺さないのではないか?」


「身代わり殺人といってね、本当に殺したい相手に似ている者を代わりに殺すのさ。そして、いつか本物を殺すことを夢に見る。彼女は君を殺しにくる。確実に。私が彼女ならそうする」

「だから、なぜ余を殺す? 偽物でも愛だと思っているのだろう?」


「愛なんて理解できない」アスラが淡々と言った。「彼女のは執着。殺せば永遠に、君は彼女の物になる。理解するのは難しいだろうから、そういう性質だと思っておくれ。彼女は君を刺しながら、絶頂を迎えるだろう。たぶん、1回、1回、丁寧に刺すはずだよ。君のこの胸に――」


 アスラがアーニア王の胸を指でなぞる。


「深く、ゆっくり、優しく、突き立てる。何度も、何度も、気持ち良くて、我を忘れて、きっともう死んでもいいとさえ思うだろう」


 アスラの表情は、どこか壊れていて。

 アーニア王は背筋が凍りそうになった。

 恐ろしい。

 やはりアスラは恐ろしい、とアーニア王は再認識した。


「ほら、恋する乙女の登場だ」


 アスラがアーニア王の膝から降りる。


「いや、空想に浸る少女、かな?」


 アスラの視線の先に、調理用のナイフを持ったクレータ・カールレラがいた。

 謁見の間の扉は、王がいる間は常に開いている。

 その扉から、クレータはゆっくりと歩いて入ってきたのだ。


「我が王、その女は誰です?」


 クレータが微笑みを浮かべて言った。

 クレータはレッドカーペットを歩いている。


「若き王、なぜ驚いている?」とアスラ。


「いや、クレータの姿が、いつも通りで……。まるで、これから仕事をするかのような……」アーニア王は引きつった表情で言う。「……罪なき市民を4人殺し、余を、仕事仲間を、家族を、ずっと騙し続け……更に脱走したような奴が……なぜ普段通りの格好で、普段通りの表情なのだ? まるで、何事もなかったかのようにっ!」


 クレータは白のコックコートに赤のショートエプロン。そして黒のズボン

 艶やかな黒髪はロングストレート。


「君に会うんだから、そりゃおめかしぐらいするさ。着飾るという意味じゃなくて、一番見て欲しい自分、という意味。まぁどうであれ」アスラが意地悪に笑った。「狂気を感じただろう?」

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