第5話 ただ殺せ お菓子を食べるぐらい自然に


 アスラたちは10人以上の野盗に囲まれていた。

 サンジェストでパーティに参加した翌日、アスラたちはアーニアに向けて出発した。

 そしてサンジェストから隣国に抜ける林道で、野盗たちが道を塞いだのだ。


「金か食料を置いて行け」野盗のリーダーが言う。「そうすれば、命までは取ら……」


「よし、皆殺しにしよう!」アスラが嬉しそうに言った。「ボーナスステージだよ!」


 アスラの言葉でレコとイーナが動き、乱戦が始まる。

 指示は不要。戦術も不要。ただ力で圧倒すればいいだけの敵。


「ちょっと!? あたし英雄なんだけど!?」


 向かって来た野盗を殴り倒しながら、アイリスが叫んだ。

 アイリスの武器は現在ラグナロクなので、抜いていない。

 片刃の剣を調達するまでは、基本素手で頑張る予定なのだ。

 もちろん、人間相手に限るが。


「【風刃】」


 イーナが突風を起こす。

 野盗の1人が怯み、その隙にレコが矢を放つ。

 怯んだ野盗の胸に、レコの射た矢が突き刺さる。


「おい、殺したら首を切っておきたまえ」アスラが言う。「ジャンヌ軍の残党だろうから、懸賞金が出る」


 アスラはクレイモアで野盗の首を飛ばした。


「……なるほど、確かに……ボーナスステージ……」


 イーナが可愛らしく笑いながら、両手に短剣を握る。


「ちくしょう! 俺たちはジャンヌ軍じゃねー! ちょっと待ってくれ!」


 野盗のリーダーが叫んだ。


「あ? じゃあ、ただの野盗かね?」アスラが溜息を吐いた。「みんな、首は切らなくてもいいよ。ただ殺せ」


 指をパチンと弾き、【地雷】が3枚発動。

 アスラの【地雷】が野盗3人の頭を吹き飛ばす。


「英雄だって言ってるでしょ!!」


 アイリスが野盗の腹部に蹴りを叩き込んだ。

 その場にうずくまった野盗の背中に、短剣が刺さる。

 イーナが投げたのだ。


「殺さなくてもいいんじゃないの!? 憲兵に突き出すだけでいいでしょ!?」

「ただ殺せ、が命令だし」


 イーナがアイリスをスルーしたので、レコが代わりに言った。

 それから、

 アスラ、イーナ、レコは淡々と野盗を殺し続けた。

 野盗の人数はみるみる減って、ついに残り2人になってしまう。

 リーダーの男と、そこそこ強い女の2人が残った。


「ちくしょー、ちょっと待ってくれよ。俺たちだって、好きでこんなことしてるわけじゃねぇんだ。もう退散するから殺さないでくれ!」


 リーダーは剣を構えているが、微かに震えていた。


「私は好きで君たちを殺しているよ?」


 アスラが凶悪に笑った。

 周囲は血の海である。


「わ、わたしたちは、ジャンヌ軍に国を滅ぼされて……」女の方が言った。「生きるために、仕方なく……」


「それに俺たちは、金か食料さえ渡してくれたら命まで奪わない! ちくしょう! それなのに虫けらみたいに殺しやがって!」


 リーダーは泣きそうな声で言った。


「……たぶん本当のこと……」


 イーナは死体の服を漁ったが、金目の物が見つからない。


「生きるために仕方なく、ねぇ」アスラが言う。「盗賊はみんなそうだろう? 楽しみのために盗賊やってる奴は少ない」


「てゆーか」レコが言う。「死ぬのが嫌なら他人から奪わなければいい」


「……そう思う」元盗賊のイーナが肩を竦めた。「そんな程度の、覚悟なら……最初から別の道……選べば良かった」


「頼む、見逃してくれ……」とリーダー。

「お願いします……」と女。


「ねぇアスラ」アイリスが言う。「ジャンヌの被害者だし、戦意も喪失してるから……」


 アイリスの言葉が終わる前に、

 アスラがリーダーの胸をクレイモアで貫いた。

 同時に、レコの投げた短剣が女の額に突き刺さる。

 アスラがリーダーの胸からクレイモアを抜く。

 リーダーは口から血を吐いて、そのまま倒れた。

 女の方は背中から倒れた。

 2人ともあっさり絶命した。

 アスラがクレイモアを振って、血を払った。


「だから何だい? 助けてあげろと?」アスラが身体を揺らしながら楽しそうに言う。「嫌だね。こいつらは私らに喧嘩を売って、その結果死んだ。豚のように死んだのさ! ははっ!」


「でも……戦意喪失してたじゃないの」アイリスが強く拳を握った。「今のはただの殺戮に見えた」


「こいつらが悪い」レコが言う。「殺戮されるような連中だった。アイリス、盗賊って知らないの?」


「……連中の、自業自得」イーナが深く頷く。「……盗賊なら、返り討ちも……覚悟しなきゃ」


「死にたくないなら、もっと別の方法で生きれば良かった」

「……あたしら、攻撃されたら、やり返すし……。売られた喧嘩は……だいたい買うし……」

「あたしが言ってるのは、戦意喪失してたでしょ、ってこと! それにジャンヌの被害者じゃないの! 元々の悪人じゃなさそうだったし、更生の余地があったわよ!」


「善悪は関係ない。更生するかどうかもね」アスラが言う。「ああ、でも君は正しいよアイリス。君が私に初めて言った言葉は真実だよ。私らはさ。そうじゃなかったことが、一度でもあるかね?」


 アスラの声は酷く冷えていた。

 アイリスは久しぶりに、アスラの本性を思い出した。

 少しばかり、アスラに慣れていた。

 少しずつ、アスラたちを好きになっていたのに、とアイリスは思った。


「それにね、彼らは私の心を惹かなかった」アスラは右手でアイリスの頬に触れた。「生かすという選択肢も、もちろんあったとも。それは常にある。けれどね、彼らを生かす理由を見つけられなかった。私らに、傭兵団《月花》に喧嘩を売った彼らを生かすだけの理由が、どこにもなかったんだよ。彼らを仲間にしても、いい団員になるとは思えないし、恩を売るメリットもない。ジャンヌのように魔法書を差し出せるわけでもない。彼らには何もない! 何もないんだよアイリス!」


「アスラは、最低のクズよ……」


 アイリスは泣きそうな声で言った。

 アスラが頬に触れていた手を引っ込める。


「そうだとも。その通りだとも。どうか忘れないで。二度と忘れないで。そんな私を、そんな最低のクズでひとでなしの私を制御していたのがルミアだ」


 アスラは空を見た。

 木々の間から澄み渡った青空が見えた。


「……ルミアなら、以前のルミアなら……」イーナが言う。「止めたかも……。あの2人は、死ななかったかも……」


「でも、彼女はいなくなった。私から去った。君は……」アスラが再びアイリスの頬に触れる。「その代わりを務めたいかね?」


 アイリスは応えなかった。


「もしその気があるなら、私を殺す覚悟を決めたまえ。他の誰も殺さなくていい。君は生涯、殺さずの信念を貫けばいい。でも私は殺せ。私だけは殺せ。その覚悟がルミアにはあった。だから、私はルミアの意見を受け入れた。ルミアは私が殺人鬼に落ちぶれるなら、私を殺すと断言していた。私はルミアとの殺し合いを避けるため、ルミアの意見を大切にした。分かるかいアイリス? 私を止めたければ私を殺す覚悟を決めろ」


「マルクスにはその覚悟ないよね」とレコが笑った。


「そうだね。実力的にも、私を止められるのはアイリスだけだろう。今のアイリスじゃなくて、魔法兵になったアイリスだけどね」

「アスラは……止めて欲しいの?」


 アイリスは左手で、頬に添えられたアスラの手に触れた。


「バカ言うな。あんまり君が半端だから、今後も私に意見したいなら、私を殺す覚悟を持てってだけの話さ」

「オレがもっと強くなったら、オレが団長殺してあげる!」


「いや待てレコ」アスラがアイリスの頬から手を離す。「殺してくれとは言ってない。勘違いだそれは。私は別に自殺志願者じゃない。心意気の話をしたんだ。分かるかい?」



「団長に殺されるのは、きっと気持ちいいけど、その逆も気持ちいいと思う!」

「このソシオパスヤロウめ。イーナと馬を探して来い」


 アスラとアイリスの馬は戦闘中も逃げなかったのだが、レコとイーナの馬は逃走していた。


       ◇


 アーニア王は中庭で午後のティータイムを楽しんでいた。

 温かな日差しの中、シンプルだが高価な椅子に座っている。

 同じくシンプルで高価なテーブルは円型で、ティーカップとポットが置かれていた。

 椅子もテーブルも、アーニアの家具職人が作ったもの。


「ふぅ……」


 短い息を吐き、アーニア王は身体の力を抜いた。

 中庭では鳥がさえずり、緩やかな風が迷い込む。

 アーニア王の茶色の髪が揺れる。


「良い気分だ」


 アーニア王の茶色い瞳に、誇らしげに咲いている花が映った。

 庭師が毎日、中庭の手入れをしているので非常に美しい。

 ちなみに、今は親衛隊も側にはいない。

 束の間の休息。ティーカップの中身は当然、アーニアの茶だ。

 アーニア王は目を瞑り、穏やかな時間を楽しんだ。


「我が王、お菓子をお持ちしました」


 少女の声で、アーニア王が目を開く。

 菓子職人のクレータ・カールレラがお盆をテーブルに置いた。

 クレータは17歳の少女で、綺麗な顔立ちをしている。

 まぁ、アスラほどではないが、とアーニア王は思った。


「うむ。今日は焼き菓子か」

「はい、我が王。我が国の茶に合うよう、研究に研究を重ねた作品でございます」


 クレータは白のコックコートに赤のショートエプロン。そして黒のズボン。

 王城に務める菓子職人の正装だ。


「ほう。では新作ということか?」

「はい。ぜひご感想を」


 クレータは少し微笑んで、テーブルから一歩離れた。

 同時に、柔らかな風が吹いた。

 クレータの長く艶やかな黒髪が、少し乱れる。

 クレータは細い右手で髪を押さえた。


「大丈夫です我が王」クレータが再び微笑む。「髪は入っていません。調理中は帽子を被っていますから」


「そんな心配はしていない」


 アーニア王が小さく肩を竦めた。

 それから、焼き菓子を手で摘んで食べた。

 一口サイズに焼いているので、食べやすい。


「うむ。素晴らしい」アーニア王が頷く。「クレータが王城に勤め始めてもう1年になるか?」


「はい我が王。王城勤務を誇りに思っています」

「そうか。余も、王城の菓子職人たちを誇りに思っている」


 王城に勤務できるのは選ばれた数名のみ。


「私はお菓子が好きです」クレータが言う。「両親が料理屋をやっていますので、幼い頃から料理をしていましたが、やっぱりその頃からお菓子が好きでした」


「うむ。知っておる。王城で勤務する者の素性は、憲兵が徹底的に洗って余に報告する決まりだ」

「どこまで知っています?」

「クレータ・カールレラ。城下町生まれ。学校での成績はトップ。12歳で卒業」


 アーニアの学校は何歳からでも入学できる。

 卒業に必要な年数は、落第しなければ4年だ。


「卒業後すぐに各機関から仕事のオファーがあったが、全て断って両親の料理屋で看板娘に。その後、両親に修行に出るよう言われ、初めて菓子職人になりたいと話した。合っているか?」


「はい我が王」クレータは少しだけ驚いた風に言った。「そして私は菓子職人に弟子入りし、今に至ります。知っているのはそれだけですか?」


「12歳の時に野良犬を正当防衛で殺したことがあるな。しかし問題あるまい。余は記憶力がいい。報告書にはもっと細かく書いてあったが、要点だけ覚えればいいのだ、こういうのは」


「私が続きを話しましょうか?」


 クレータとは別の少女の声。

 アーニア王は驚き、声の方に視線を向けた。

 クレータも驚いたようだ。


「どうもアーニア王。お久しぶりです。覚えていますか?」


 完全に気配を断っていたその少女は、クレータに比べるとさほど綺麗な顔立ちではない。

 髪はセミロングの茶色。

 そして、黒いローブ姿だった。


「傭兵団《月花》のサルメ・ティッカ」アーニア王が言う。「一瞬、分からなかった。雰囲気が、前に謁見の間で会った時と違っている。今のサルメはまるでアスラのようだ」


「まさか」サルメが目を丸くする。「団長さんには及びません。ただ、気配を殺して近寄る訓練は成功しましたけど」


「申し訳ありませんアーニア王!」


 シルシィが走り寄ってきた。


「わたくしは勝手に行くなと言ったのですが……」


「ほう。ではサルメは、全ての衛兵をすり抜けて来たのか。これは愉快だ」アーニア王が笑う。「短期間で傭兵として成長したようだな。まぁ、アスラの手紙で知ってはいたが、目の当たりにすると驚く。才能があるのだろうな、サルメには」


「あるいは、だから団長はサルメを仲間にしたのかもしれません、アーニア王」


 マルクスが歩いて来て、膝を折った。


「マルクスか。お主は相変わらずと言ったところか」

「隠密訓練を指示したのは俺だ。別に害はねーし、許せよな」


 ユルキが楽しそうに笑いながら姿を現した。


「お主の無礼さも相変わらずか。まぁ良い。許す。それで? 今日は何の用だ?」


「いえ、王には何の用もありません」サルメがニヤッと笑う。「用があるのはそっちの――」


 サルメの視線がクレータに移る。


「――連続殺人犯の方です」

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