第4話 人間を食べるだって? 私はゴメンだね。ところで、どんな味だい?


 サルメが馬から降りた。

 憲兵が民家を封鎖している。


「シルシィ団長、こちらです」


 憲兵の1人が、シルシィとサルメたちを民家の中に案内した。

 極めて普通の家。

 特に金持ちでも貧乏でもない。

 城下町で最も多いタイプの家だ。木造の二階建て。

 装飾品は多くない。倹約家、というわけではなく、装飾品に興味がないのだろう、とサルメは思った。

 リビングルームに足を踏み入れると、そこに死体が横たわっていた。

 前の3人と同じで、胸に花が添えられている。


「大胆になったな」とユルキ。

「ああ。今までは人目の少ない路地裏での犯行だった」とマルクス。


「今回は家屋侵入までしています」サルメが言う。「自信を深め、エスカレートしていますね。そのうちもっと大胆になるはずです」


 死体はやっぱり若い男だった。


「家族は?」


 シルシィが憲兵に聞いた。


「母親のみです。今は別室で事情聴取を行っています。現時点で分かっているのは、帰宅は母親の方が遅かったようです。第一発見者です」


 憲兵が言った。


「同一犯でしょうか?」シルシィがユルキの方を見て言う。「路地裏から家屋侵入は飛躍し過ぎでは? 模倣犯の可能性もあります」


「ねーだろ。丸っきり《一輪刺し》のサインだぜ」ユルキが言う。「シリアルキラーによる犯行の加速は普通だ。確かに階段を二段ぐらい飛ばしたけどな。キッカケがあるはずだ」


「世間での評判が高まっているからでは?」マルクスが言う。「難易度を上げることによって、《一輪刺し》の価値を更に高めた、という見方ができる」


「私たちに気付いて挑発しているのかも」サルメが言う。「こんなこともできるんだぞ、と」


「ま、どうであれ、詳しく検証しようぜ」とユルキ。


 憲兵が現場の絵を描いているのを見て、サルメが近寄る。


「万年筆ですか。いいですね」


 サルメは憲兵の万年筆を見ていた。絵の方に興味はない。


「高いですが、経費ですから」

「私は羽根で文字を書いていました。今も、多くの国民が羽根を使っています。経費と言っても税金でしょう?」

「え、ええ、そうですが……。批判ですか?」


 憲兵が絵を描くのを止めて、サルメを見た。


「装備が良くても、中身が伴わなければ……」


「やめろサルメ」とユルキが割って入った。


「無意味に喧嘩を売るような発言をするなサルメ」マルクスが言う。「憲兵は依頼主だ。険悪になる必要はない」


「分かりました。ごめんなさい」


 サルメは謝ったあと、死体を検分するために屈んだ。


「すまなかった。万年筆が羨ましかっただけだ。悪く取らないでくれ」

「ええ、あの、あなたは?」

「傭兵団《月花》のマルクスだ。シルシィに依頼され、捜査を手伝っている」


 憲兵は《月花》の名前を聞いて驚いた。

 そしてマルクスと握手を交わす。


「やはり6回刺していますね。《一輪刺し》で間違いないですね」


 サルメは刺し傷の数を数えていた。


「どれ?」とマルクスが死体を覗き込む。

「どうです?」とサルメ。


「戦闘のプロではないな。傷口から分かる。慣れてはいるが、技術は低そうだ。普通の殺人鬼だろう」


「私やレコの方が強いぐらいでしょうかねぇ」サルメが言う。「試合形式で戦ったとしたら」


「そう思うが、《一輪刺し》が試合をしてくれるとは思えんな」

「あ、いえ、見つけて制圧する時に、私が邪魔にならないか知りたかっただけです」


 サルメの隣に、ティナが屈む。

 ティナがジッとサルメを見ている。


「なんです?」とサルメが首を傾げた。


「サルメは憲兵が嫌いですの?」


「え? ああ、さっきのやり取りですか」サルメが言う。「好きではないです。私を助けてくれなかったので」


「何かありましたの?」

「私が暴行を受けている時、憲兵もいました。彼らは助けるどころか、ウーノたちと一緒になって私を虐待しました。いわゆる汚職憲兵です。ああ、でも1人は潜入捜査中のまともな憲兵でしたか? 団長さんに聞いた話ですけど」


 サルメがシルシィに微笑みかけた。


「あなたに関する報告は聞いていました」シルシィが淡々と言う。「でも捜査を優先しました。フルマフィに迫る方が、結果として多くを救えると信じていましたから」


 フルマフィと聞いて、ティナが複雑な表情を浮かべた。

 フルマフィを指揮していたのはティナだからだ。


「なるほど。まぁでも」サルメが笑った。「恨んではいません。私が弱かったのが一番の問題です」


「ま、恨んでたら仕事請けたりしねーわな」ユルキが言う。「憲兵嫌いなのは別に普通だろ? 俺なんか明確に敵対してたしな」


 はっはー、とユルキが笑った。

 周囲の憲兵たちはどう反応していいのか分からない、という表情だった。


「そもそも、自分たちは個人的な感情を持ち込まない。サルメはまだ訓練中だから、うっかり嫌味を言っただけだ。捜査に集中しよう」


 マルクスが言った。


「そうですね」サルメが言う。「被害者はやはり20代前半の男性」


「優男風で、髪は茶色だな。アーニアは茶色の髪の奴が多いけど、被害者全員が茶色ってことは、好みだろうな」


「瞳の色も同じだ。背の高さも平均的」マルクスが言う。「アーニアには割と多いタイプだな。被害者の特徴から《一輪刺し》を特定するのも、次の被害者を特定するのも難しいか」


「ひとまず、憲兵にできることは、20代前半の男性に注意を促すぐらいでしょうか」サルメが言う。「この様子なら、女性は殺されないかと」


「心境の変化がなきゃ、だけどな」とユルキ。


「突発的に殺す可能性はある」マルクスが言う。「犯行を目撃されたり、障害となる場合だ」


「ですね。手口について話しましょう。家屋侵入は初めてなので、何か出るかもしれません」サルメが言う。「ただ、押し入った形跡はありませんでした」


 窓はどこも割れていないし、玄関も壊れていない。


「顔見知りじゃねーか?」

「あるいは、警戒心を抱かないタイプ。憲兵とかな」


 言いながら、マルクスはシルシィを見た。


「ちょっと待ってください」シルシィが言う。「憲兵が犯人だと?」


「可能性の話さ」ユルキが言う。「さっき絞った23人の中に憲兵いたか?」


「いませんでした」サルメが言う。「憲兵による動物虐待が隠蔽されている可能性は?」


「ないとは言い切れませんが……」


 シルシィは複雑な表情で言った。


「別に憲兵だけが安心感を与えるわけじゃありませんわ」ティナが言う。「可愛い女の子も警戒されにくいですわ」


「そりゃそーだ」ユルキが肩を竦める。「ティナがシルシィにやったこと、俺がやったら逮捕もんだしな。やりてーけど」


 ユルキの視線がシルシィの尻へ。


「ユルキも尻派ですの?」

「いや、俺は女の子の身体は全部好きだぜ?」


 ティナとユルキの会話に、サルメとマルクスは苦笑い。


「花屋の店員が、女の子です」サルメが言う。「花を届けに来たなら、警戒せず玄関を開けるかと。それで、お茶を出そうとリビングに招き入れた。どうでしょう?」


「知っていると思いますが、アーニアでは客人にお茶を出すのは普通です」シルシィが言う。「別に花屋に限りません。大工と家の補修の相談をしていた可能性もありますし、何だって有り得ます」


「となると、被害者が最近何をしていたか調べる必要があるな」ユルキが言う。「容疑者の23人と接点がないか洗ってくれシルシィ」


「今、うちの者たちが被害者の情報収集をしています」シルシィが言う。「捜査の基本です。さすがにやってます、それぐらい」


「そりゃ失敬」とユルキ。

「あ」とティナ。


 みんなの視線がティナに集まる。

 ティナはクンクンと周囲の匂いを嗅いでいた。

 そして死体に顔を近づけ、

 なんだか嬉しそうな表情で、


「美味しそうですわ」と言った。


 ユルキが急いでティナを抱き上げる。


「おいっ、人間食うんじゃねーっ」


 ティナの耳元で言った。

 みんなティナの発言に驚いている。


「失礼ですわ。子供みたいに持ち上げないでくださいませ」


「いや、聞けって」ユルキが耳打ちする。「お前、人間食うのか?」


「もし食べると言ったらどうしますの?」


 ティナも小声で返した。


「俺がテキトーな死体調達してやる。生きたままがいいなら、殺しても良さそうな奴を生け捕りにしてやる。だから勝手に食ったりするな。食う素振りも見せるな。分かるだろ?」


 ティナは半分魔物だ。

《月花》以外の普通の人間に知られると、色々面倒なことになる可能性がある。

 特に、英雄たちに話が回ると厄介だ。

 ティナはギュッとユルキに抱き付いて、


「優しいですわね。でも安心してくださいませ。ぼくは人間を食べませんわ」

「そうなのか? んじゃあ……」


 言いながら、ユルキがティナを降ろす。


「なんだか美味しそうな、甘い匂いがしますの、その死体」


 ティナの発言で、サルメがバッと死体に覆い被さるレベルで近寄った。

 そしてクンクンと死体の匂いを嗅ぐ。


「……分からないです。それほど強くはないということですね」

「ってことは、犯人の移り香の可能性が高いぜ!」


「最大の進展だぞ」マルクスが言う。「さすがの《一輪刺し》も、ティナの五感の鋭さまで想定できない」


「どんな香りですか?」とシルシィ。

「美味しそうですわ」とティナ。

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