EX11 恋は盲目 君しか見えない 「いいね! 失せろ! 私ならそう言うけどね」


 プンティ・アルランデルは、中央フルセンの古城の前で、ジャンヌの演説を聴いていた。

 傭兵団《焔》に入って、初めての仕事がジャンヌの戦争に加わることだった。


「班長、こういうのってよくあるのかなー?」

「あるわけねーだろプン子。全員集合なんて初めてのことだぜ?」


 傭兵団《焔》の最小単位はスリーマンセル。

 プンティの組の班長は20代前半の女性。口の悪い女性だ。


「だよねー」


 プンティの位置から、ジャンヌの顔はよく見えない。

 髪の色が白なのは見える。

 しかしジャンヌの声はよく通った。

 1000人以上の人間がここに集まっていて、ジャンヌに近い者はみんな跪いている。

 神性の効果なのだが、プンティの位置ではその神性を実感できない。


「けっ、なーにが人類の救済だ」班長が言う。「うさんくせぇ。要は戦争したいから手伝えって話だろーが。はん。そう言ってくれる方がスッキリするってもんだ」

「だよねー」


 ジャンヌの話は、回りくどい。

 要約すると、みんなで戦争しましょうね。なるべく残酷な戦争をしましょう。それだけ。


「ま、前の方の連中は神性のせいで恍惚の表情だがな」班長が笑う。「クソ、あたしも神性喰らってみてーな」


「僕も試しに神性にやられてみたいねー。実際どんな風なんだろうねー」


 プンティが笑みを浮かべる。

 ジャンヌがかつての三柱を紹介し始めた。

 ニコラ、ミリアム、

 そして。


「ルミアさん!?」


 プンティは思わず声を上げてしまった。

 周囲の人間たちがプンティの方を見たが、特に何も言わない。ただ見ただけ。

 プンティはバツが悪そうに頭を掻いた。


「おいプン子、お前、ルミア・オータンと知り合いなのか?」

「うん。そう。てゆーか、ルミアさん何でいるの? 《月花》辞めたのかな?」


 プンティは小さく首を傾げた。

 ジャンヌはルミアにラグナロクを譲渡したと言って、ルミアがラグナロクを掲げて見せた。


「いい剣じゃねーかクソ。あたしもああいうの欲しいわー。なぁプン子」

「伝説級の武器でしょー? 班長に扱えるかなー?」

「生意気言うなプン子。ぶっ殺すぞ?」

「そりゃ困るなぁ。僕は強くならなきゃいけないから、殺さないでね班長」


 プンティは班長の二の腕を指で突いた。


「気安く触るなプン子」


 班長がプンティの二の腕を拳で殴った。

 ジャンヌが目的地を告げて、プンティたちは進軍することになった。

 先頭集団が動き出して、プンティも続く。

 道中、生きている者は全て殺せ。

 それがジャンヌのオーダー。

 リヨルール帝国に入るまで、ありとあらゆる人間を殺せ。目に入ったら殺せ。残酷に殺せ。なるべく犯して殺せ。子供も老人も分け隔て無く。


「イカレてるな、ジャンヌって」と班長。

「だねー。でも、やるのが傭兵?」とプンティ。


「そりゃそーだ。オーダーは無視できねぇーんだよ。だからなるべく犯せよプン子。まさか童貞じゃねーべ?」

「……いや、僕、童貞……」

「マジかよ。そりゃいいや! 初めては強姦でしたってか! 運悪いなお前!」


 班長がプンティの背中をバシバシ叩いた。


「はぁ……。ちょっと班長ごめん。僕、ルミアさんと話してくるよー」


 プンティは進軍の流れに逆らって、ルミアを目指した。

 班長が怒ったように何か言っていたのだが、プンティは聞こえない振りをした。


       ◇


「ルーミアさん」

「あら、プンティ君じゃないの」


 ルミアは馬に乗って移動していたのだが、その後ろにプンティが座った。まるで友人のような気軽さで。

 プンティは動作も軽やかだったので、馬は特に驚かなかった。さすが英雄候補。それなりの実力は備えている。


「《月花》辞めちゃったの?」


 プンティは口調も気軽だった。


「そうね。そういうプンティ君こそ、ここで何を?」

「僕は《焔》に入ったからさー」

「なるほど。そしてまた勝手な行動をしてるのね?」


 ルミアは呆れたように笑った。


「班長には断ってきたよー。ルミアさんと話したくてさ」


「でしょうね」ルミアが肩を竦めた。「お父様の件、わたしは関係ないわ。本当よ?」


「だろうね。その件で話したかったわけじゃないよー」

「そうなの? じゃあ何の用かしら?」

「うん。単刀直入に言うけどさ……」


「ルミア」馬に乗ったジャンヌが寄って来た。「ずいぶん若い彼氏ですね」


「年下の彼氏ですわね」ジャンヌの後ろに乗っているティナが言う。「どこで捕まえましたの?」


「ちょっと……」とルミア。


「おいおいマジかよー。お前ちゃっかり彼氏とか作ってたんかよ。俺なんか未だに独り身だぞ」


 ニコラ・カナールも寄って来た。当然、ニコラも馬に乗っている。

 ニコラはすでに40歳になっていて、頭髪と無精ヒゲに少しだけ白髪が混じっている。

 ちなみに、ニコラはジャンヌとルミアの入れ替わりに気付いている。


「ほう。ルミアに彼氏ですか。まぁ、ルミアは昔から性格も良かったですしね。実は人気ありましたからね」


 ミリアムが馬上でニコニコと笑った。

 ミリアムはジャンヌとルミアの入れ替わりに気付いていない。


「まさか《宣誓の旅団》の人たちに会えるとは思わなかったよー」プンティが笑う。「それより僕、なんだかすごく土下座して懺悔したい気分になってきたんだけど、これってジャンヌさんの神性?」


「はい。別に土下座してもいいですよ? 望むなら頭も踏んであげます。馬で」

「馬で踏まれたら僕死ぬんじゃないかなー」


 プンティが肩を竦めた。

 すごいわね、とルミアは思った。

 このメンバーに囲まれても、プンティはまったく動じていない。

 アスラとレコを除く《月花》の団員でも、このメンバーと話すことになったら少しは緊張するはずだ。特にマルクス。


 やはり、父親が英雄だったからだろうか、とルミアは考察する。

 英雄の知り合いは多いはず。要するに、大物に慣れている、ということ。


「平手打ちがお勧めだぜ」ニコラが言う。「一発で気分爽快だ」


「姉様の罰には罪悪感を浄化する効果がありますの」


 ティナが澄まし顔で解説した。


「ふぅん。神性ってすごいね。でも今は土下座したくないかなー」

「そうですか。では少し離れましょう。あまりルミアとイチャイチャしないでくださいね。うっかり殺してしまうかもしれません」


 ジャンヌは少しだけムスッとした表情で言ってから、ルミアから離れた。

 その動きに合せて、ニコラとミリアムも離れる。


「ジャンヌさんってシスコン?」とプンティ。

「かなりの」とルミア。


「だよねー」


 言いながら、プンティがルミアに抱き付いた。


「ちょっと、わたしを支えにしなくても落ちたりしないでしょ?」


 レコやサルメならまだしも、プンティは英雄候補だ。

 トロトロと歩いている馬から落ちたりしないはず。


「はー、ルミアさんいい匂い……ぐえっ!」


 ルミアは左の肘をプンティの腹部にめり込ませた。


「叩き殺すわよ? 変態はお腹いっぱいなの」


 アスラ、レコ、ジャンヌにノエミ。

 周囲に変態が多すぎて溜息も出ない。


「痛いなぁもう……」


 プンティがルミアから離れる。でも馬からは降りない。


「さっさと用件を言って」

「結婚してください」

「……は?」


 一瞬、ルミアの思考が停止する。

 何を言われたのか理解できなかった。


「結婚してください」


 プンティが繰り返した。


「……なるほど。そういう作戦に出るわけね。エグいわね」ルミアが怒ったように言う。「わたしに仕返しする気ね? 実力じゃ勝てないから、心理的に攻撃するのね? わたしが行き遅れているってことね? それとも、好意がある振りをして油断させたいのかしら?」


「ルミアさんって、割と心が荒んでるねー。本気なんだけどなぁ、僕」

「信じないわ」

「いやいや、落ち着いて。決闘で負けたことなんか根に持たないよ、普通。僕がルミアさんより弱かったから負けた。それだけ」

「じゃあプンティ君は、自分をボコボコにした相手に求婚しているって言うの? そういう趣味なの? わたしはジャンヌ姉様みたいに踏みつけたり叩いたりしないわよ?」

「そういう趣味じゃないけど、単にルミアさんを好きになっただけ」

「そうだとしても、断るわ」


 ルミアはツンと澄まして言った。


「じゃあ、また決闘だねー」

「プンティ君が勝ったら、結婚しろってことかしら?」

「そう」


「懲りないわねぇ」ルミアは呆れ顔で言う。「どう考えたって、まだわたしの方が強いわ」


「そうだよー、だから5年後」

「そんなに待たないわ」

「分かったよ。3年。3年だけ待って」

「3年、ね」


 ルミアは思考する。

 プンティは嘘を吐いていない。

 声の調子を冷静に判断して、本気で言っていると感じた。

 正直、

 ちょっと嬉しいルミアだった。

 けれど。


「3年でわたしより強くなるのは難しいんじゃないかしら?」


 プンティの今の実力だと、ルミアと並ぶのはもっと先。

 英雄になるのに5年、そこから更に3年鍛えて同等。

 つまり、今のルミアに追いつくのに8年はかかる計算だ。

 それも、ルミアが今のままなら、という意味。


「強くなるよ」プンティは強い口調で言った。「絶対に強くなる。僕はルミアさんに追いつきたい。3年で追いつく。だから待ってて欲しい」


「追いつくだけじゃダメよ。勝たなきゃ結婚してあげないわ」

「そうだね。勝てるようにする」


「じゃあアドバイス」ルミアが言う。「魔法戦士になりなさい」


「魔法戦士? どうして?」

「わたしは魔法兵なのよ? 本気でやるなら魔法を駆使するわ。魔法を知らないと、魔法を躱せない。でしょ?」

「見て躱せるよー? 実際、マルクスとイーナの魔法は僕に通じなかった」

「わたし、名乗らないけど大魔法使いなのよ? マルクスやイーナと一緒だと思わないでね?」


 魔法使いと大魔法使いの間には、大きな差がある。


「ピンとこないなー」とプンティ。


「そう。じゃあ、見て躱してみて。【神罰】」


 美しい天使の降臨に、周囲がざわついた。

 天使は宙に浮いた状態で、馬の速度に合わせて移動している。


「この子、英雄と同等の戦闘能力があるのだけど、やり合ってみる?」


 ルミアはニコニコと言った。


「……ごめん、無理……」プンティは引きつった声で言った。「ルミアさんも使えるんだね……。ってゆーか【神罰】って何? ……魔法なの?」


「そう。ただの魔法。性質は攻撃」

「そんな風に思えないけど……」


「まぁ、ね」ルミアは少し寂しそうに言った。「まだ少女だった頃の私は、神様のギフトだと思っていたわ。他の魔法に比べて強力だったし、天使の姿だったから……」


 だから神の使徒を名乗った。

 そうだと信じていたのに。

 それらは全て、結局のところ、

 思い込みにすぎなかった。

 当時のルミアの信仰心が、攻撃魔法に反映されただけ。

 神などいない。

 今でも癖で、時々祈ってしまうけれど。


「ふぅん。本当にギフトだったのかもねー」プンティが無邪気に笑う。「ルミアさんが気付いてないだけでさ」


「神様なんていないのに?」

「どうかな? 僕は会ったことないけどねー。ってゆーか、【神罰】持ち出されたら、魔法を覚えるとか以前に、英雄以外、誰も勝てないんじゃ……」


「そんなことないわよ?」ルミアが言う。「正直、アスラには通じない。それどころか、サルメとレコ以外の団員にも通用しないわね、きっと」


 ルミアは団員たちに【神罰】を見せた。

 だから、きっともう彼らは【神罰】を封じる。

 彼らは対策する。絶対に対策する。


「本当に?」とプンティ。


「本当よ」ルミアが天使を消す。「だからプンティ君も魔法を知って。魔法を知れば、魔法の対策が可能よ。でも知らなければ、対策はできない。でしょ?」


 現状、ルミアの【神罰】に個人で対応できる人間はジャンヌ、アスラ、一部の英雄たちぐらいか。

 そして、複数でいいなら《月花》の団員たち。


「分かった。魔法も覚えるよ。ってゆーか、ルミアさん僕のこと嫌いじゃないでしょー」

「嫌いだなんて言ってないわ。好きだとも言ってないけれど。さぁ、もう行って。3年後を楽しみにしてるわ」

「うん。またねー。時々、会いに行くからお茶でもしよーね」


 プンティは音もなく馬から降りた。


「3年……ね」


 ルミアは少し笑った。

 生きる理由ができてしまった。

 差し違えてでも、アスラに勝ちたいと思っていたのだけれど。

 ジャンヌを守るために死力を尽くすつもりだったのだけれど。


「どうしたものかしらねー」


 よく晴れた青い空を見ながら呟いた。

 ああ、でも、

 モテるのって気分がいいわね。

 アスラがよく、「モテるのは気分がいい」と言っていたのだが、その気持ちが分かったルミアだった。

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