EX09 後編だよ! 私だって敗北することはある。敗北好きだし


「団長さん」


 サルメは弾んだ声でアスラに声をかけた。

 アスラはまだブラックジャックをやっていた。


「どうしたサルメ? やっぱりここに座るかね?」


 アスラとヨル以外のメンバーは入れ替わっていた。

 アスラが彼らの金を毟り取ったのだ。


「いいえ。私、もっと大きな勝負をすると決めました」


「ほう。それで私の力が必要だから来た、というわけか。スタンド」アスラがドーラをテーブルに置きながら言った。「ダメだよ。自分の力でなんとかしたまえ」


「団長さん、今、どのぐらい勝ってます?」

「15万」

「いいですね。それ全部、貸してください」


「おいおい」アスラが肩を竦めた。「どんな勝負をするんだ君は。15万の勝負? 正気かい?」


「正気です。それに、5万の勝負です。それを3回やりたいので」

「ふむ。勝つ見込みは?」

「7割以上」


 サルメは自信たっぷりに言った。


「なるほど。10割じゃないから、3回勝負か」

「はい。そうです。さすが団長さん。お見通しですね」


 全てではない。

 アスラは一度もサルメを振り返っていない。

 顔を見ていない。声の調子だけで判断している。


「勝てればいいが、負けた時、どうする?」

「お金は依頼をこなして、返します。もちろん、みなさんほど役には立てませんが、時間をかけても必ず返します」


 サルメは真剣に言った。

 そして、嘘じゃない。金は必ず返す。その意思はアスラにも伝わったはずだ。


「ふぅむ……」


 アスラは少し考えている様子。


「そりゃ、1万から開始の訓練なので、私だけ15万というのは不公平だとは思います」サルメは強い口調で言う。「でも、これはレコも一緒にやります。だからその半分です、実際は。団長さん、私とレコが、他のみんなと同じ土俵というのは、それこそ不公平では? 実力が違います。技術が違います。私とレコはみんなに比べると、まだまだ劣っています。不公平です。ハンデがあってもいいはずです」


「なるほど。言うじゃないか。そのハンデが、15万ね」

「はい。そのぐらいのハンデは認めてもらわないと、私とレコだけ達成できない。基礎訓練過程をすでに終えたみんなや、英雄のアイリスさんと私たちは同じじゃないです」


「いいだろう。正当な主張だ。だから選択肢をあげよう。その1。サルメ、それだけ言って15万失ったら、君は逆さまに吊して気絶するまで鞭でしばくよ? その2。ただ達成できないだけなら、ビンタで済ませてやろう。どうする? それでも借りるかね?」


「借ります」


 サルメは迷わなかった。


「分かった。持って行け」


 アスラはローブの下から札束を出して、サルメに渡した。

 その時も、アスラは振り返らなかった。背中越しに札束を手渡しただけ。


「ありがとうございます」


       ◇


 アスラたちはみんな笑顔でカジノの外に出た。

 レコだけはトイレに行ってから出るとカジノ内で別れたまま。


「さて、それじゃあ10万ドーラあるか確認しよう」


 アスラが言うと、最初にユルキが10万ドーラを見せた。

 ここは大通りだが、気にせずユルキは大金を手に持っている。

 当然のことだが、《月花》は強盗など恐れていない。むしろ上等だ。逆に身ぐるみ剥いで半殺しにするだけの戦闘能力があるのだから。


「……余裕だった……」


 イーナも金を見せる。


「自分は余裕ではなかったが、なんとか稼げた」


 マルクスも10万ドーラを見せる。


「あたし、本当にギリギリだったわ。謝礼だけじゃ届かなくて、仕方なくステージで剣舞とかやらせてもらったのよ」

「見てたよ。綺麗だった。さすが英雄だね」


 英雄の称号はこういう時も便利だ。

 アイリスがショーをやらせてと頼んだら、『最速英雄少女アイリスによる超絶剣舞!』という即席の舞台をカジノ側が用意してくれた。

 普段は英雄に縁のない連中がこぞって見に来て、かなりの盛り上がりを見せた。

 ショーにせよイカサマの発見にせよ、アイリスはカジノ側とWin-Winの関係を築き、団員たちの中で一番まっとうな方法で金を稼いだと言える。


 アイリスは見た目もいいし、よく喋るし、ショービジネスに向いている。ちょっとアホなところも親近感が湧いたのか、ウケが良かった。

 最初からショービジネスの道に進んでいたら、きっと世界的な人気者になったことだろう、とアスラは思った。


「あ、私も10万です」


 サルメが金を見せて、そのままカジノの入り口まで戻った。

 みんな、どうしてサルメが戻ったのかよく分からなかった。

 サルメは入り口でレコに10万ドーラを渡した。

 そして2人で一緒にアスラたちのところに戻った。


「はい10万」レコがサルメにもらった10万ドーラを見せる。「これサルメが団長に借りた金だから、はい団長、返すね。あと5万も」


 レコがポケットから残りの5万ドーラを出した。


「いやちょっと待てレコ、サルメ」アスラが言う。「どういうつもりだい? 私は確か……」


「1万持って入って、10万持って出ろと言いました」サルメが言う。「私もレコも達成しています」


「それはズルくない!?」とアイリス。

「屁理屈ここに極まる、って感じだな」とユルキ。

「やはりこの2人は楽をすることに精力を注いでいるように見えるが……」とマルクス。

「……でも、ルール上……問題なくない?」とイーナ。


「しかしそれは私の金だぞ? サルメが大勝負をしたいと言うから、私は貸したんだ。私を騙したのか?」


「騙される方が悪い」とレコ。


「はい。団長さんを騙せた私の演技が優れていた、ということです。団長さんって熱中すると振り返らないので、いけると思いました。だって、私は声だけ演技すればいいんですから」


「なるほど。言い分も確かに一理あるけどね」アスラが言う。「私は細かい指定は何もしていないからねぇ」


「認めるってこと?」レコが言う。「オレとサルメは合格?」


「そうだね。確かに合格だよ。おめでとう。なかなか君らズル賢いよ。将来が楽しみだ」


「ふふっ、団長さん、甘いですね。だって私たちを認めるなら、団長さんは達成していないことになりますよ?」サルメがニヤッと笑う。「私に15万貸したので、団長さんはカジノを出る時に10万持っていませんでした。でしょう?」


 アスラはサルメに金を貸したあと、更に7万ほど勝って止めた。勝ちすぎたので、相手がいなくなってしまったのだ。

 ディーラーとの勝負ならできるだろうが、ちょうどアイリスが剣舞をするという話を小耳に挟んだので、そっちを見学していた。


「ほう。私を騙した上に、追い詰めるわけか」アスラが笑う。「なるほど。私の善意を逆手に取ったか。サルメ、君の案か?」


「はい。私です」


「ククッ、そうかい。やっぱり君はいい団員になる」アスラが言う。「演技が上手くて、頭が回って、度胸がある。それに、普段は私にベッタリなくせに、いざとなったら私を切り捨てる非情さがある。これはレコにもあるね」


「ま、サルメの二面性は俺らも知ってるぜ」

「……うん。善いサルメと、悪いサルメが……サルメの中で同居してる」


「それが人間だろう」マルクスが言う。「完全な善も完全な悪も存在していない。団長以外」


「アスラは色々と例外すぎよ」


 アイリスが肩を竦めた。


「種明かしを聞かせておくれサルメ」アスラが言う。「なぜ私を騙せると思った? そして、なぜ私がこのズルを認めると思った? 勝率は7割だったか?」


「7割方、いけると思いました」


「オレたち、最初にプロファイリングしたんだよ」レコが言う。「その結果、ユルキとイーナは絶対認める。でもアイリスとマルクスは認めない。だから団長次第になるって分かった」


「へー。俺らをプロファイリングか。やるじゃねーか」

「……それで? 団長がどうして……7割認めると思ったの?」


「それもプロファイリングです」サルメが澄まし顔で言う。「まず、団長さんはお金を貸してくれます。これは団員なら誰が頼んでも貸すでしょう」


「団長って、がめついように見えて、実はお金に執着ない」レコが少し笑う。「正当な報酬が欲しいだけ。あとは、団を運営するのに必要だし、多くても困らないってだけ」


「正解」とアスラ。


「ですから、持っているだけ貸してくれます。15万勝ったと言っていたので、15万要求しました」

「10万ちょうどだと怪しいから、借りるならそのぐらいがベストだった」

「あとは、私の演技です。大勝負をするという嘘を信じてもらいました。さすがに何の理由もなく貸してはくれないでしょうから」

「そ。団長はお金を貸してくれるけど、理由は聞くタイプ。別に理由は何でもいいけど、興味本位で知りたいだけ」


「いいね。君たち何気に賢いよね」

「オレ、学校通ってたし、サルメも短い時間だけど通ってたみたい」


 レコはムルクスの村の出身。ムルクスの村はアーニアが世界に誇る茶葉を育てている。当然、一国の主要産業なので、村人は裕福な者が多い。


「お父さんが学費をお酒につぎ込んで、私は学校を追い出されました」


 サルメが肩を竦めた。


「学校のことはいいから、続けてよ」アイリスが言う。「アスラを騙すなんて、クソ度胸もいいところよ。なんで認めると思ったわけ?」


「アイリスって学校の成績悪かったタイプだよね」とレコが笑う。


「う、うっさいわね! 運動は一番だったんだから!」


 小貴族であるアイリスも、当然学校には通っていた。ちゃんと卒業もしている。

 この世界の学校教育は、国によるがだいたい4年前後。


「団長さんが自分で言ったように、この訓練、細かいルールを決めていなかったので、そこを主軸に攻めれば、団長さんは折れると思いました。まぁ7割ですが」

「だって、技術を使えって言っただけで、ギャンブルしろとは言ってない。ユルキとイーナなんて盗んだわけだし。オレたちがズルなら、ユルキとイーナもズル」

「はい。アイリスさんもズルになります」


「え?」とアイリス。


「だからアイリスもオレたちを認めざるを得ない」

「団長さんがなかなか折れなかった場合は、そっちを攻める予定でした。怒られる人を増やそうかと思って」


 サルメは笑顔で言った。


「サラリとあたし巻き込んだぁ!!」

「俺とイーナもな」

「ふむ。しかし確かに、レコとサルメを認めないなら、達成したのは自分と団長だけになってしまいますね」


 マルクスは小さく頷いた。


「次からはギャンブルで、と言うよ」


 アスラはどこか楽しそうに笑みを浮かべている。

 嬉しいのだ。

 サルメはもう虐げられていた頃の弱々しい女の子ではない。

 傭兵団《月花》の一員として、生死の境を彷徨ったこともある。処女も捨てた。サルメはもう自分の命をベットできる。

 普通にギャンブルをやったとしても、そこらのギャンブラーやカジノのディーラーに負けるわけない。

 いや、それどころか、

 サルメは今日、アスラにすら勝ってみせた。


「ふふ、その15万は2人で分けたまえ。私を出し抜いたご褒美と、達成できなかった私の罰金代わりだ」


 アスラが言うと、2人は「やったぁ!」とハイタッチ。

 こんなに嬉しいものかねぇ、とアスラは思った。

 自分で育てた者が、自分を抜く瞬間。

 サルメとレコはアスラの想定を遙かに上回る速度で成長している。

 実に素晴らしい。

 ルミアにも、

 こんな風に思った瞬間があったのだろうか?

 そんなことを、ふと考えた。


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