第8話 サプライズパーティは好きか? まぁ、嫌いでも決行するがね


《人類の夜明け教団》の本拠地に、見張りはいなかった。

 よくよく考えれば、見張りがいたら逆に怪しい。

 ここは重要な施設ですよ、と宣伝するようなものかな、とレコは思った。

 ユルキが正面玄関の鍵を開けて、ゆっくりと音が出ないよう扉を開けた。

 そこから、団員たちが滑り込む。レコも中に入る。

 最後にエルナが入ったのを確認して、ユルキも中へ。


 マルクスがハンドサインを送って、それぞれが任務のために散る。

 レコの任務は、イーナと一緒に銀髪の少女と団長の救出。

 イーナがハンドサインで付いてこいと指示。レコは頷いて、イーナの後に続く。

 地下へと続く階段を、音を立てないよう素早く降りる。

 いくつかの牢を越え、イーナが止まれと指示。

 牢の中に首ナシの死体が寝ていて、隅っこの壁で銀髪の少女がガタガタと震えていた。

 イーナが鍵を開け、レコに保護しろと指示して、自分はそのまま進んだ。

 レコは中に入って、死体を見下ろす。

 死体が全裸だったので、レコはちょっと得した気分になった。

 それからすぐに、少女の元へと移動。


「大丈夫? 助けに来たよ。団長は?」


 レコが小声で聞くが、少女は震えるだけで何も言わない。


「アスラ・リョナは?」


 団長という単語でピンと来なかったのかと思って、レコは聞き直した。

 しかし少女は返事をしない。


「ねぇ。オレの方見て?」


 レコが少女の肩に触れると、少女は「ひっ!」と小さな悲鳴を上げた。


「もう大丈夫だよ? あの死体は団長……アスラ・リョナがやった?」


 まぁ聞くまでもない。

 この少女にそんな芸当は不可能。


「……怖い、怖いよぉ……」


 少女は泣くばかりで、会話が成り立たない。

 レコは面倒になった。


「言うこと聞いて? 一応、保護しろって言われてるから何もしないよ?」


 言われていなければ、殴って連れて行くところだ。

 しかし、目的は保護。脅迫ではない。面倒だが、懐柔しなくてはいけない。


「もう拉致した人たちはみんな死んでると思うし、大丈夫だから」レコは優しい声を出した。「立って。歩けるでしょ? ケガとかしてないっぽいし」


 レコの声が優しかったからか、少女は少し落ち着いた。


「あ、オレはレコ。レコ・リョナだよ。団長のお婿さんになるから、ファミリーネームはリョナにしようと思ってさ」


 無許可である。

 アスラには一切相談していない。


「……人が……死んじゃって……頭……なくて……」

「うん。それがどうしたの?」


 レコがキョトンと首を傾げた。

 少女はグシグシと涙を拭った。


「オレの家族は魔物にバリバリ食われたよ? なんかそのせいで、オレ、あんまり人が死ぬってことに心動かないんだよね。団長が言うには、オレはソシオパスになって、感情がいくつか欠落しちゃったんだって。だから、君の気持ち分からない。あ、君の名前は?」


 レコは笑いながら言った。


「……イルメリ……」

「そっか。じゃあイルメリ、立って。牢から出るよ? 手を繋いであげるから、眼を瞑っててもいいよ?」


 レコが右手を差し出すと、イルメリは少し迷ってからレコの手を掴んだ。


       ◇


「何人殺した?」とマルクス。

「7人だな。そっちは?」


 ユルキとマルクスはほぼ全ての部屋を開けて、中にいた者を容赦なく殺して回った。


「自分も7人だ。数が合わんな。残りは地下か?」

「かもな。けど、それならイーナがやってるだろうぜ」

「ふむ。自分は一応、地下を見てくる。ユルキはアイリスたちを見てくれ。大丈夫だとは思うが、一応な」

「ああ。了解だぜ」


 ユルキが右手を上げると、マルクスは地下へと向かった。

 ユルキは背伸びしてから、のんびりアイリスとサルメが入った部屋に移動した。

 部屋の中に入ると、すでに縛られた修道女が1人、床に転がっている。

 そしてサルメがもう1人の修道女を縛っているところだった。

 アイリスは剣を抜いている。

 アイリスが脅して、サルメが縛ったのだ。


「よぉ。ちゃんとできてるな」とユルキが笑う。

「……こんな夜襲、なんか嫌だなぁ、あたし」


「でも魔法兵になるんでしょう?」サルメが言う。「じゃあ、夜襲は基本です。私の初陣も夜襲でしたし。はい、完了です」


 サルメが縛り上げた修道女を蹴り倒した。


「サルメって結構乱暴だよな」

「抵抗されたので、少しイラッとしました」


「抵抗したのは、ユルキが入った時に転がってた方よ」アイリスが言う。「あたしが峰打ちしたの」


「なるほど。でも声を上げてねーべ? 速攻で倒したってことか?」


「アイリスさん、やっぱり強いですよ」サルメが言う。「その修道女が何かしようとした瞬間にはもう叩き伏せていました。こっちは戦意喪失です」


「実力差に抵抗する気が失せた、ってことか。つーか、抵抗してねー方を蹴ったってことだろサルメ?」


 ユルキの指摘に、サルメは沈黙した。


「別に俺らに隠さなくてもいーんだぜ? 気付いてるしよ」

「……そうですよね。はい。私、蹴りたくて蹴りました」

「ま、傷付けるなって命令されてたらやるなよ? それ以外ならまぁ、ルミアもいねーし、誰も何も言わねーよ」


 ずっと虐げられる立場だったサルメ。

 いつかは虐げる側に立ちたいと、心の底で願っていることにユルキは気付いていた。

 もっとも、誰でも虐げたいわけじゃなく、相手がクズの場合に限る。

 団員たちは誰もその話をしていないが、たぶんみんな気付いてんだろうなぁ、とユルキは思った。


「分かりました。それでは、私とアイリスさんは出入り口を固めてきます。誰も出さなければいいんですよね?」

「おう。ついでに、誰も入れるな。俺は地下の方見てくるからよぉ、頼んだぜ?」


 ユルキは右手を振ってから部屋を出た。


       ◇


「……団長、何してるの?」


 イーナは苦笑いした。

 地下牢の並ぶ廊下の奥の部屋で、イーナはアスラを発見した。

 その部屋が拷問用の部屋だというのは、入ってすぐに分かった。それらしい器具がいくつもあったから。

 ついでに、修道女の死体がいくつか重なっている。みんな色々な部位を吹き飛ばされているので、【地雷】を使ったのだとイーナは察した。


「見ての通り、三角木馬に乗っている」


 アスラは笑顔で言った。


「……それ、痛そうだけど……?」

「うん。実に痛い。股間に全体重が乗るから、思ったよりしんどいね、これ。このワンピースの下は何も着てないから、直接乗っているというのもあるかな。まぁでも、そんなすぐ気を失うようなものでもない」


 アスラはすでに手枷も足枷も外している。

 元々は白かったワンピースが、ところどころ血で汚れていた。

 ほとんどは部位破壊された修道女たちの血だ。


「……ずっと乗ってたの……?」


 イーナの表情が引きつる。


「うん。君たちが来るまで耐えられるか実験してたんだけど、まぁ大丈夫だね」アスラが言う。「あ、そうだ。アダ・クーラなんだけど、ウッカリ私が殺してしまってね。私が入っていた牢の中に死体があったろ? それだ」


「うん……。あったけど……。降りないの団長?」

「いや、ボチボチ降りるよ。だいぶ飽きてきたしね」


 アスラはとっても楽しそうに言った。

 イーナはやや引いてしまった。

 アスラがこういう性格なのは知っているが、やはり目の当たりにすると引く。


「アスラちゃんって、マゾなのねー」


 いつの間にか、エルナが開けっ放しのドアの前にいて、ゆっくりと中に入った。


「違うよ。今のところ性的欲求とは繋がってない。いや、どちらにしても同じかな? まぁどっちでもいい。気配を消してくるとは、君も趣味が悪いね」

「一応、消しておいただけよー。隠密作戦だって言ってたから」


 エルナが肩を竦めた。


「団長、それ面白い?」


 部屋の入り口で、レコが言った。

 レコはイルメリと手を繋いでいた。


「君も乗ってみるかいレコ?」アスラが言う。「それなりに苦痛だが、泣き叫ぶほどじゃないね」


「……それ、団長だから平気なだけで……他の人なら、泣くんじゃ……」


 イーナが引きつった表情のまま言った。


「オレ、団長の後ろでいいなら、ちょっと乗ってみようかな?」

「ダメだ。君はどうせ私の胸を揉むからダメだ。乗るなら1人で乗れ」


 アスラは木馬に両手を突いて、腰を浮かせ、右脚を大きく後ろに回しながら木馬を降りた。


「いたたっ……、なんだかんだ、痛いね」


 着地したアスラが、笑いながら言った。


「てゆーか団長、今日もボロボロで笑う」レコが笑いながら言った。「それもう趣味だよね?」


 アスラの身体には、暴行を受けた痕がある。顔にも。


「まぁね。ダメージを受けた方が気分が乗るタイプなんだよ、私は」

「……ノーダメージでも……ノリノリな時、結構あるけど……」


 イーナがボソッと呟いた。


「なるほど。残りの修道女たちは団長がすでに殺していましたか」


 今来たばかりのマルクスがレコの背後で言った。


「ああ。悪いね。ストレスが溜まっていたからついやってしまった。反省はしてないよ」


 アスラが小さく両手を広げた。


「問題ないでしょう。アダ・クーラだけ、まだ見つかっていませんが」

「アダはもう私が殺してしまった。それで? 他は順調かね副長」

「はい。何も問題ありません」

「それは良かった。今夜はここに泊まろう。死体を並べたり、捕虜を尋問したり、色々とやることもあるしね」


 ニタァ、とアスラが笑った。


       ◇


 翌朝。

 ノエミ・クラピソンは自らが立ち上げた《人類の夜明け教団》の本拠地の前に立っていた。

 移動に使っていた馬を馬屋に預け、いつもの修道服に身を包み、フードで顔を隠している。

 入り口の前に、見たことのない小柄な修道女が立っている。

 ノエミと同じように、フードで顔を隠していた。


「新入りか?」とノエミが小柄な修道女に近付く。


 今は勧誘なども含め、組織運営の多くをアダに任せているので、希にこういうこともある。


「似合うかい?」


 小柄な修道女がフードを外し、微笑む。

 あまりの美しさに、ノエミは少しクラッとした。

 絶世の美少女と表現して差し障りない。

 だが、とノエミは思う。

 その美少女は銀髪だった。

 銀髪の信者は有り得ない。銀色の神ゾーヤを邪神と定めている教団なのだ。間違っても銀髪の少女など入団させない。

 それに。

 血の臭いがする。この少女からは血の臭いがするのだ。


「アスラ・リョナ……なのか?」


 銀髪の美少女で、ノエミが最初に連想した名前。


「ふふっ、即バレしちゃったね」アスラが笑う。「まぁいいさ。中へどうぞ教祖様。今日は教祖様のために、サプライズパーティを用意している」


 さっきの美しい笑顔とは打って変わって、今度は醜悪な笑み。

 ノエミの背中を、ゾクリと冷たい何かが走り抜けた。

 冷や汗が出た。

 なんだこいつは?

 まるで、超自然災害《魔王》のような嗤い方。

 ノエミは身構えた。

 今、ノエミは武器を持っていない。だがそれでも大英雄。素手でもそれなりに戦える。


「おいおい、そう警戒しないでくれたまえ。ほら、私を見て」


 アスラは言いながら、指をパチンと弾いた。

 ノエミは咄嗟に魔法を躱そうとしたのだが、何も起こらなかった。


「……魔法を使ったのかと思ったが、違うのか?」

「君、魔法の発動なんか察知できないだろう? それができるのは、ある程度魔法に精通している者か、半端なく勘のいい奴だけだろうに」

「ふん。我は見て躱す。英雄候補程度でも、魔法を躱すなど造作もない」

「ああ。そうだろうね。逆に言うと、という意味だけど、まぁいい。とにかく入りなよ。ほら、これで安心かい?」


 アスラはクルッと背を向けた。

 完全に無防備なように見える。

 組み伏せることができるのでは?

 いや、しかし、とノエミは思い直す。

 アクセルとルミアはアスラを高く評価していた。


 それに。

 拘束していたはずのアスラが堂々と修道服を着て立っているという事実。

 アダや修道女たちはどうなった?

 この無防備な姿も罠か?

 できるなら中に入りたい。中の様子が知りたいし、中には槍がある。槍はノエミの得意武器だ。

 街中で修道女が槍を持ち歩いていたら怪しいし、ノエミだと気付く者がいるかもしれない。だから手ぶらだし、フードで顔を隠しているのだ。


「警戒しすぎだよ教祖様」アスラが笑う。「まだ殺さないから安心したまえ」


 その言葉に、ノエミはカチンと来た。


「ガキが。粋がるな。我を誰だと思っている?」


 大英雄であるノエミに対して、まだ殺さない?

 殺せると思っているのか?

 舐めるなよ、というのがノエミの思考。


「ノエミ・クラピソン。中央の大英雄。知ってるから中に入れ」

「ふん。我をアクセルのようなジジイと同じだと考えているなら、貴様は今日死ぬ」

「分かった、分かったから」


 アスラは面倒そうに言って、入り口を開けた。


「ほら、私が怖くないなら、付いてきたまえ」


 アスラは言いながら建物の中に入った。


「舐めるな。いざとなったら、貴様ごとき素手でくびり殺してやろう」


 ノエミもアスラに続いて中に入った。

 その時点で、ノエミはフードを外す。

 そして、いつも集会で使う広い部屋まで移動。

 そこで。

 ノエミは見た。


「……貴様らが、やったのか?」


 綺麗に並べられた修道女たちの死体を。


「「サプラーイズ!」」


 アスラと《月花》の面々が、満面の笑顔で言った。

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