第4話 世界中で行われている会議の9割は無意味さ 会議の結果、何かが良くなった経験あるかい?


 中央フルセンの中央付近に位置する小国。

 王城内に設けられた会議室に、各地方の大英雄が一人ずつ集まっていた。


「……はぁ……遠かった……。大英雄になんて……ならなければ良かった……はぁ」


 西側の大英雄、ギルベルト・レームが何度も溜息を吐く。

 ギルベルトは36歳の男。

 金髪で、髪の毛を逆立てている。不細工ではないが、イケメンでもない。身長と体重も普遍的。

 ただ、ファッションのセンスは飛んでいた。

 革製のパンツに、革製のジャケットを素肌に羽織っている。首元には金のネックレス。


「テメェは相変わらず暗いなぁおい」アクセルが苦笑い。「その性格直したくて、そんなアホみたいな格好してんだろうがヨォ」


 大英雄3人は、それぞれ小さな円卓に座っている。


「ふん。身なりを変えたぐらいで性格が変わるものか。愚かしい」


 中央の大英雄、ノエミ・クラピソンが鼻で笑った。

 ノエミは31歳の女で、長い水色の髪に修道服。


「……2人はいつも……おれに厳しい……はぁ……西に帰りたい……」

「テメェ、本当、アホみたいに強いくせに、なんだってそんな弱気なんだ? 俺様にはさっぱり理解できネェ」


「ギルベルトが強いのではない」ノエミが言う。「アクセル、貴様が衰えたのだ。さっさと引退しろ。といっても、マティアスを殺されたんだったか。悪いが、こちらでは何の情報も掴んでいない」


「……西も同じ……。何も分からない……はぁ……どうして英雄が殺されなきゃ……いけないんだ……おれ、英雄になんて、ならなきゃ良かった……」


 ギルベルトには理想も思想もなく、ただ無駄に強かったので、周囲に推されて英雄選抜試験に出た。

 三次選考で2回落ちたのだが、その2回もいいところまで行ってしまったので、結局周囲の期待に押され、3回目で称号を得た。


「マティアスの件じゃネェよ」アクセルが肩を竦めた。「前に話したろ? 犯罪組織のボスがジャンヌだったら、俺様らで処理しようぜって」


「……ジャンヌじゃなかった……?」ギルベルトが言う。「だよね……? そうだと言って……」


 アクセルが首を横に振る。

 ギルベルトがガックリと項垂れた。


「……ジャンヌって、もはや伝説的存在……ああ、嫌だ……嫌すぎる……」


「しっかりしろよ大英雄」アクセルが苦笑い。「いくら最近世代交代したばっかでも、テメェはれっきとした大英雄だぜ? マジでしっかりしろってんだ」


「貴様にも言えるのでは?」ノエミが少し笑う。「13歳の少女に左腕を吹き飛ばされた、という噂だが、よもや事実ではなかろう? その義手はファッションなんだろう?」


「ケッ、事実だヨォ。つーか、テメェ今、事実だと知ってて俺様を突いたな? 性格悪すぎんだろうがヨォ」

「……最近の若者……怖いな……」


 ギルベルトがブルブルと震えた。


「ふん。傭兵団《月花》のアスラ・リョナ団長、だろう?」ノエミが言う。「絶世の美少女、という噂だが、どうだアクセル? 事実か?」


「やっぱ知ってんじゃネェか。クソ、美少女かどうかなんて、俺様に分かると思ってんのかテメェはヨォ」

「そうだったな。貴様は殴るしか能のないジジイだったか。美醜など理解できぬか」

「あん? テメェ殴ってやろうか? ボコボコに殴ってやろうか?」

「やめておけ。今の貴様に負ける気はせん」

「……ふ、2人とも、仲良く……仲良くしよう……」


 ギルベルトが両掌を2人に見せた。

 まぁまぁ、落ち着いて、というジェスチャだ。


「まぁいい。アスラ・リョナにはいずれ我の方から制裁を加えておこう。東の連中は甘ったるくて困る」

「制裁もクソもあるか。済んだ話なんだヨォ」

「知るか。マティアスの暗殺に続いて、大英雄が一般人にやられるだと? いい笑いものだぞ貴様。大英雄が舐められていいはずがない。もちろん、我だって殺しはしない。義務に反するからな。しかし、半殺しなら、義務にも特権にも触れんだろう?」

「後悔するぜ?」

「だから、我は今の貴様に負ける気など……」


「そうじゃネェよ」アクセルがやれやれと首を振る。「アスラに会うなら、別に止めネェよ。好きにしろってんだ。どうせ泣くのはテメェの方なんだからヨォ。腕一本で済めばいいけどな」


「ほう。ずいぶん、買っているじゃないか」

「アスラは何の躊躇もなく、俺様の腕を消し飛ばしたんだぜ? 俺様はぶっちゃけ、金貰ってもアスラとは二度と敵対したくネェな」


 恐れ。底知れない恐怖。

 あの嗤い方。思い出しただけでも寒気がする。

 だが敵でなければ、アスラは割と話の分かる奴だ。アクセルはそう思っている。


「あー」ギルベルトが言う。「アスラの話は……もういいから……、ジャンヌ……どうするか決めよう……」


「そうは言っても、どこにいるかも分からん」ノエミが肩を竦めた。「できることなど多くない」


「だな。とりあえず、ジャンヌの組織、フルマフィってんだが、それを英雄たちで潰す。そうすりゃ、いつか出てくるだろ?」

「……了解……。戻ったら……早速……通達する……、ああ……ジャンヌ出てきませんように……西側には……出ませんように……」

「どんだけ弱気だよテメェは」


 アクセルが溜息を吐いた。


「だが実際、ジャンヌだぞ? そこらの英雄で勝てるとは思えぬ。嫌でも我ら大英雄が出るしかなかろう? それでも、際どいと思うがな。奴には【神罰】がある」


「最低3人で組ませろ」アクセルが言う。「俺様らも、単独行動は禁止だ。以上だ。他になきゃ、解散だ」


       ◇


「ねーねー、20万ドーラあったよ!」


 荷馬車から降りてきたレコが、嬉しそうに言った。


「お、いいじゃねーか。死人に金はいらねぇし、貰っとこうぜ。あ、3人で分けて、女連中には内緒な?」


 ユルキがニコニコと笑った。

 傭兵団《月花》は二手に分かれてラスディアを目指した。

 男チームと女チームだ。


「割り切れんだろう。素直に団の金にしておけユルキ」


 マルクスが溜息混じりに言った。


「……ふざ……けんな……クソが……」


 マルクスの前で倒れているヤーコブが吐き捨てるように言った。


「別に自分はふざけていない。団の金にした方が円満だ」

「オレもそう思う。アイリスとサルメはともかく、イーナが知ったら怒るよ?」


「ちっ、分かった分かった」ユルキが両手を広げた。「んじゃあ、団の金でいい。レコ持ってろよ」


「うん。オレ持っとく」

「それはそれとして、レコ、自分がなぜこいつを生かしたか分かるか?」


 マルクスたちはラスディアのすぐ近くで、傭兵団《焔》の連中と遭遇した。

 穏やかな昼下がりのことだ。

 そして特に何かを話すこともなく、すれ違いざまに襲撃。すでに2人は死体になって、残るは荷台から出てきたヤーコブのみ。

 そのヤーコブも、マルクスに素手で半殺しにされ、今は地面にキスしていた。


「何か情報を聞き出す?」とレコが首を傾げた。

「今更か?」とマルクス。


「えっと、ごめん。分からない」


「単純なことだぜレコ。相手が3人で、こっちも3人」ユルキが言う。「団長攫われてイラついてんのは、何も俺とマルクスだけじゃねーだろ?」


「あぁ……」レコが頷いた。「オレが殺していいの?」


「そーゆーこった」


 ユルキが言うと、レコは20万ドーラをローブの内ポケットに仕舞った。

 今回、こっちのチームは拠点を動かしていない。

 拠点は女チームの方が移動させている。

 拠点は中で休めるので、当然取り合いになった。公平にどちらが使うか決めるため、コインの裏表勝負をしたのだが、男チームが負けたのだ。

 だがルートは男チームが短い方を選んだ。女チームは拠点ありなので、そこは素直に譲ってくれた。


「よくもオレから団長奪ったな」レコが短剣を右手で持つ。「もう3日も会ってないから、オレ、寂しくて死にそう。でもお前が先に死ね」


 レコが左手でヤーコブの髪を掴み、顔を上げさせる。

 そして何の躊躇もなく、右手の短剣でヤーコブの喉を裂いた。


「あ、中に団長の装備あったよ?」


 レコは短剣を振って血を払いながら言った。


「自分が持って行こう。予備もあるが、一応特注品だ。というか、持って行かなかったら団長はきっと怒る」

「俺もそう思うぜ。『なぜ私の装備を置いてきたんだい? 嫌がらせかね? 殺すよ?』って感じか」

「ユルキ全然似てない」


 レコが笑った。


       ◇


 アスラとイルメリは地下牢に連れて行かれた。

 まだ牢の中ではなく、廊下だ。


「地下まであるとはね。感心だよ。ところで、身体を洗ってくれるんじゃないのかい?」


 アスラが言うと、ポニーテールの修道女がアスラを叩く。


「アダ様、用意しました」


 修道女が3人増えた。

 2人は大きな桶を持っている。1人は真っ白な服と手拭いを抱えている。


「では、鎖を外します」


 アダと呼ばれたポニーテールの修道女が、アスラの首輪の後ろの鎖だけ外す。

 これでアスラとイルメリは、首輪の前にだけ鎖がある状態。


「君はアダという名前なんだね」とアスラ。


「いい加減、勝手な発言は止めてください。鞭を使いますよ?」

「どうぞどうぞ。大歓迎」


 アスラが笑う。

 どうせ拷問用ではなく、仕置き用の小さな鞭だ。何の問題もない。


「くっ……」


 アダは苦い表情をして、イルメリに視線を移す。


「……ではこうしましょう。アスラ・リョナ、黙らなければこっちの子を打ちます」


 アダが言うと、イルメリがビクッと身を竦めた。


「なるほど。そういう手を使うか。分かった、もう黙るよ」


 アスラが言うと、アダはイルメリの首輪の鎖を掴み、引っ張る。


「おい、黙ると言ったろう?」アスラが言う。「その子を叩いたら殺す。一度でも叩いたら、いや、叩く素振りを見せたら殺す」


 カルト教団のボス、いわゆる教祖様が現れるまで、アスラは大人しくしておく予定だった。

 けれど、イルメリを傷付けるなら話は別。今すぐ皆殺しにする。


「勘違いしないでください。別々の牢に入れるだけです」

「そうかい。じゃあ黙るよ」

「……嫌! 嫌! イル、アスラお姉ちゃんと一緒じゃないと嫌!」


 イルメリが悲痛に叫び、その場に座り込む。


「くっ……」アダが顔をしかめる。「言うことを聞かないなら……」


「殺すと言ったはずだ」


 アスラが酷く冷えた声を出した。


「私は約束を守るタイプでね。イルを叩いたら殺す。今すぐ殺す。それと、私とイルは一緒にいる。いいだろう? それだけで、この私が大人しくしていると約束しよう」

「……今のあなたに、何ができると?」

「おや? 私を知っているはずだろう? 少なくとも、教祖様に聞いているはずだよ? 私がどんな人間か。どんなことをしてきたか。知っていて拉致したんだろう?」

「魔法に気を付け、常に拘束しておく、それだけです。聞いているのは」


「魔法に気を付ける、ね」アスラが笑う。「どうやって? ん? どうやって気を付ける? どうせ君ら、魔法のことなんて何も分かっちゃいないんだろう? 私がその気になれば、君らを殺すなんて容易いんだよ?」


 教祖はアスラを舐めている。

 あまりにも舐めている。拉致の金額がたったの20万ドーラだった上、部下に大した情報も与えていない。それで十分だと考えているのだ。

 私はそんなに安くない。いずれ思い知らせてやる。


「では、なぜ逃げないのです? 逃げられないからでは?」


 アダは冷静にそう返した。

 まぁ、普通はそう思う。これまで逃げていないのだから、当然逃げられないと考える。逃げるだけの能力がないと勘違いする。


「私を招いた人物に興味がある、それだけだよ」

「ふっ……」


 アダが初めて笑った。


「何が可笑しいんだい?」とアスラ。


「いいでしょう。2人一緒にしておきます。構いません。どうせ未来は変わりません。たとえ、あなたの話が事実でも。それより、大人しくしてくれる方が助かります」


「今の言葉と態度で分かったよ」アスラが言う。「私を招いた人物……たぶん教祖様だろうけど、そいつ、かなり強いね?」


 アスラの言葉が本当でも、何も変わらない。

 つまり、アスラがどれだけ強くても、意味がないということ。

 なぜなら、相手の方が強いから。少なくとも、アダはそう信じている。


「傭兵如きが逆立ちしても敵う相手じゃありませんね」

「そこまで言い切るということは、明確な指標があるんだね。つまり英雄」


 アスラの言葉で、アダが目を丸くした。

 正解ということだ。


「ははっ、面白い。英雄がまさかカルト教団の教祖様とはね! 裏の顔ってやつかな? ははっ、笑えるよ!」


「くっ……私たちはカルトではありません!」アダがアスラの首を右手で掴む。「私たちは《人類の夜明け教団》! カルトではありません! 邪神ゾーヤを信仰している方がどうかしているのです!」


「ははっ……どう見てもカルトだね……だって、君らの神って、ジャンヌだろう?」

「絞め殺しますよ!?」


 アダが右手に力を込める。

 だが殺さない、とアスラは読んでいる。そんな命令は受けていないはず。

 狂信者が教祖に逆らうはずがない。


「くっ……」


 そしてアスラの読み通り、アダは右手を離した。

 アスラは軽く咳き込んだあと、


「教祖様とはいつ会えるんだい?」


 普通な感じでそう質問した。


「……明後日です……」


 アダはアスラを睨み付けながら言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る