第3話 臭い美少女も悪くないだろう? ダメ? やっぱりダメか。私も嫌だし


「やっと繋がったか」


 宿の一室で、マルクスが長い息を吐いた。

 レコ、サルメがかき集めた情報。

 ユルキ、イーナが持って帰った依頼書の精査。

 そして、アイリスとエルナが借りてきた憲兵の調書。

 そこから、今回の拉致の確信に迫ったのは真夜中だった。


「整理するよ?」床に座っているレコが言う。「まず、団長を拉致したのは《焔》で間違いない。依頼書に団長の名前があった」


「正確には銀髪の少女2人の拉致です」レコの隣に座っているサルメが補足する。「うち1人を、団長さんに限定していました。報酬は団長さんが20万ドーラで、もう1人は誰でもいいので2万ドーラです」


「……団長きっとブチキレる……」ベッドに腰掛けたイーナがブルブルと震えた。「……20万ドーラなんて、あたし絶対無理……。そんなはした金で、団長拉致するとか……無理すぎる」


「おう。団長が知ったら地獄の完成だな」ユルキは椅子の上で肩を竦めた。「団長って舐められるの嫌いだからなー。金額知ったら怒り狂うぜ? つっても、あんま団長は感情表に出さねーけど」


「で、憲兵の調書だと、周辺国でちょこちょこと銀髪少女2人の拉致が起こってるわ」壁にもたれ、調書を片手に持ったアイリスが言う。「各国で連携して捜査してるけど、犯人逮捕には至らず。まぁ、相手が《焔》なら確実な証拠なんて残さないわよね」


 平和に生きていたアイリスですら、《焔》の名前は知っている。

 何でもやる傭兵団。どんな極悪非道なことでも、金さえ積めば遂行する。倫理観の欠片もない連中。


「つまり定期的に、銀髪の少女を補充してる、ってことだわー」椅子に座ったエルナが言う。「それってつまり、使い潰してる、ってことだわねー」


「そしてここからは噂の領域だが」壁にもたれたマルクスは腕を組んでいる。「少女たちは邪教徒たちに嬲り殺される。いわゆる生け贄のような感じだ」


「銀色の神ゾーヤに見立てられてね」アイリスが言う。「それって本当なら最低のことよ」


 中央フルセンに『神典』を書き残した唯一神。

 男か女かは定かではないが、残っている像は少女の姿をしている。

 そして銀髪だったという記録がある。


「続けるよ?」とレコ。

「お前、なんか喋り方が団長みたいだな」とユルキ。


「そう? オレ、団長が好きすぎて団長になりつつあるのかな?」


「んなわけないでしょ」アイリスが溜息を吐く。「さっさと続けて」


「依頼主の名前はアダ・クーラ。全然知らない人だけど、団長ともう1人の受け渡し場所はラスディア王国」


「有名な無法の国です」サルメが言う。「賭博、売春、薬物、だいたい何でも合法なので、ある意味、法治国家とも言えます」


「……東フルセンと中央フルセンの境の国……。だから、中央の厳しい……戒律から逃げた人も……大勢」


「俺も昔、盗品売りに行ったことあるな」ユルキが言う。「闇市が普通の市なんだぜ? 税金さえ納めりゃ、大抵のことが許される国だな。俺らみたいなのには天国だったぜ?」


「逆に言うと……税金払わないと……速攻で捕まるけど……」


 ラスディア王国において、一番の罪は脱税。


「んで、邪教徒どもの巣窟でもある。こうなりゃもう、拉致の依頼主は邪教徒の教団だ。儀式だか何だかの生け贄用の拉致。問題は、なんで団長を指定したか、ってとこだな」


「そこだけは読み取れないが」マルクスが冷静に言う。「大抵は個人的な恨みか、興味だろう」


「どちらにしても」エルナが言う。「わたしはそろそろ引き上げるわねー? アクセルに報告しないといけないし、用のあったアスラちゃんがいないなら、日を改めるわー」


「ああ。助かった」マルクスが小さく笑う。「自分たちはラスディアに向かうから、ヒマなら追って来てもいい。そこで団長とも会えるだろう」


「わたしがヒマに見えるのー?」


 エルナは立ち上がって、一度背伸びをした。


「ヒマそのものじゃねーか」ユルキが笑った。「大英雄会議で動き方が決まるまで、どうせやることねーんだろ?」


「はいはい、どうせわたしはヒマよー。大英雄の力を借りたいなら、素直にそう言えばいいのにー」

「……違うし。団長に用があるなら……ラスディアで会えるって、マルクスはそう言っただけだし……。そのあと、あたしらが……予定通りアーニアに行くとも限らないから……」


 そう。状況というものは変化する。

 アスラが拉致されたことがそもそもイレギュラー。

 であるならば、当初の予定通りに動くとは言い切れない。


「あらそうなのねー。親切にどうもー。じゃあ、わたしはこれで」


 エルナは軽く手を振ってから部屋を出た。


「オレたちどうする?」

「朝まで休む。それから、朝食を摂ってラスディアに行く。焦ることはない。うちの団長に限って万が一はない」


「そりゃそーだ」ユルキが笑う。「ぶっちゃけ、団長がその気なら余裕で自力脱出するさ。ラスディアに向かう道でバッタリ会って、『やぁ君たち、今日もいい天気だね』ってなもんさ」


「問題はそうしなかった場合ですね」サルメが言う。「団長さんの意向を上手に汲み取らないと、お仕置きされるかも……」


「それは恐ろしい」マルクスが苦笑い。「念のため、ラスディアに入ったら慎重に考えて動こう。いきなり団長を救出するのではなく、まずは敵側に気付かれないよう団長と接触しよう」


「副長のマルクスが一番責任重いし」


 レコが楽しそうに言う。


「1人残った方がいいでしょうか? 自力脱出した団長さんと入れ違わないように」

「その必要はねーさ。こっからラスディアに行く道なんて二通りしかねーし。二手に分かれてラスディアに向かうだけで十分さ。途中で団長に会ったら、そのまま一緒にラスディアで合流すりゃいい」


       ◇


 3日後。


「イルメリ、ちょっと臭うよ君」

「アスラお姉ちゃんも臭いよ?」


 アスラは相変わらず荷馬車に乗っていた。

 拉致されたもう1人の少女、イルメリとはそれなりに仲良くなった。

 今も2人は寄り添って座っている。

 2人とも、もう手は縛られてはいないが、足枷同士を鎖で繋がれている。


「ふむ。もう3日以上、身体を洗っていないからね」

「イル、温泉に行きたい」


 最初はずっと怯えていたイルメリだが、アスラが話しかけて打ち解けた。

 同じ拉致された者同士なので、仲良くなるのに時間は掛からなかった。


「温泉いいね。私も行きたいよ」

「一緒に行こう、アスラお姉ちゃん」

「そうだね。いずれね」


 そろそろ目的地であるラスディア王国に到着する頃だ。

 アスラはヤーコブから目的地も依頼主も聞き出した。

 そしてやる気が出た。

 依頼主がジャンヌを神と崇めるカルト教団だからだ。

 ジャンヌの神性にやられた愚か者どもだと、簡単に推測できた。

 ジャンヌ本人はアスラの拉致なんて頼まない。そういうタイプじゃない。今のジャンヌは、アスラをそこらの小石程度にしか思っていない。ルミアが説得しても同じこと。


 よって、ジャンヌを信奉する者が、フルマフィを潰したアスラを許せず、独断で行った拉致である可能性が高い。

 運が良ければジャンヌの居場所を知っている者がいるかもしれないし、仮にいなくても問題ない。

 どうせ連中はジャンヌのために動く。ジャンヌの兵隊の一部と考えていい。ならば、潰せばジャンヌのダメージになる。小さなダメージでも構わない。ジャンヌに関連する連中は積極的に潰す。


「……おうち、帰れるよね?」


 イルメリが不安そうに言った。


「もちろんだよ」アスラは小声で言う。「私は強い。連れて帰ってあげると約束したろう? 私は約束を守るタイプだから安心していい」


 チラッと見張り役の男に視線を移すが、こちらの会話を気にした様子はない。

 傭兵団《焔》の連中は、やはり3人だった。

 3人で見張り役、馬車を動かす役、休憩する者、とローテーションで回している。

 ヤーコブは今、馬車を動かしているはずだ。

 まぁ、どうでもいいことだけれど、とアスラは思った。


 アスラはこの3人には何もしない。その必要がない。どうせ彼らは家に帰れない。人生最大の幸運で、《月花》に遭遇せず帰れたとしても、家そのものがない。

 アスラには団員たちの行動が手に取るように分かる。

 彼らの帰る家はもう存在しない。それは確信だ。


「うん……」


 イルメリは頷いたが、まだ不安は拭えていない。

 分かっている。所詮は口約束だし、アスラの実力も見せていない。


「歌おうイルメリ。昨日教えた歌、覚えてるよね?」

「うん。すかぼろーふぇあ」

「そう。スカボローフェア。私はバラッドが好きでね。いくよ」


 アスラとイルメリが一緒に歌う。

 こっちの世界に生まれたアスラは歌が好きだった。

 もちろん、前世でも音楽は嫌いじゃなかった。

 一番好きなのはアサルトライフルの発砲音だったが。

 歌い終わって、しばらくイルメリと他愛もないお喋りを続けていると、馬車が停まる。


 アスラとイルメリはまた後ろ手に縛られた。続いて足枷が外される。

 それから、首輪をはめられ、首輪同士を鎖で繋がれる。歩くときはアスラが前でイルメリが後ろという形。

 アスラの首輪の前にも鎖があって、《焔》の男がそれを引っ張る。

 アスラたちはそこで降ろされ、修道服を着た女がヤーコブに金を渡し、鎖を受け取る。


「ここからは、私と行きますが、逃げようなどと思わないでください」


 女が厳しい口調で言った。

 イルメリが怯えているのがアスラには分かった。


「このガチガチに拘束された状態で逃げるとでも?」


 アスラは少し笑って、周囲を見回した。

 普通の大通り。他に人も多い。だが誰もこっちを気にしていない。

 さすが無法者の天国と言われるラスディア王国だね、とアスラは感心した。

 他の国なら、誰かが憲兵に通報する。

 と、女がアスラの前に立って、いきなりアスラに平手打ちをした。


「口答えしたら叩きます。逆らっても同じです。では行きましょう」


 女が鎖を引っ張って歩く。

 アスラは女を観察する。

 赤毛のポニーテール。年齢は20歳前後。胸の大きさは普通。身長体重は平均的。ただ、戦える女だ。

 身体を鍛えているのはすぐ分かったし、歩き方が綺麗だ。それに、さっきの平手打ちのフォームも良かった。

 誰かを痛めつけることに抵抗もない。慣れているのだ。


 中央の出身だろう、と予測。

 中央では体罰が日常的なので、元々、痛めつけることに抵抗の少ない者が多い。

 体罰を受けて育ったから、そのまま他の者にも体罰を与えるのだ。それが普通だと思っているから。


 昔のルミアもそうだったなぁ、とアスラは思い出す。

 まったく言うことを聞かない上、クソ生意気なアスラを、ルミアはよく叩いた。

 その頃のアスラは、すでに傭兵になろうと考えていたので、痛みは歓迎した。慣れておきたかったのだ。新しい幼女の肉体を、前世と同じように痛みに慣らしたかった。

 ちょっと度が過ぎて、ルミアの方が引いてしまったが。

 半年も経たずに、ルミアはアスラを叩くことを止めた。それを境に、ルミアはどんどん落ち着いていった。

 不安定なルミアも、割と可愛かったんだがねぇ、とアスラは少し笑った。


「まずは身体を清めてもらいます」


 女が大きな建物の前で立ち止まる。

 平屋で、二階はない。だが広い。この教団はかなりの金を持っている、ということ。

 まぁ、真っ当な金ではないだろうが。


「私らは臭うかね?」とアスラが笑った。


 女はすかさず、アスラに平手打ち。


「黙ってください」

「黙らないとどうなるんだい? 今は殺せないだろう?」


 この女はボスではない。ボスは自ら生け贄を迎えに来たりしない。

 生け贄、というのはヤーコブの情報ではない。カルト教団が少女を拉致する理由なんて二つしかない。輪姦するか、捧げるかだ。あるいは両方。

 極めて低い可能性だが、仲間に引き入れるというのもある。だから正確には三つ。でも、仲間にするためにわざわざ拉致するのは変だ。勧誘した方が手っ取り早い。

 女がまたアスラを叩いた。


「ヌルい。その程度で私が黙るとでも? まぁ、君が可哀想だから今は黙って従ってあげるけれど」


「私が可哀想?」


 女が首を傾げた。

 素手でアスラを叩き続けたら、先に女の手と精神が壊れる。


「気にしなくていい」


 どうせ君は近い将来、死ぬんだから。

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