第5話 ピクニックはやはり楽しいものだね 時々、魔物の血肉が飛び散るけれど


 アスラたちは大森林を進んでいた。

 木々が日光を遮るので、かなり涼しい。


「ふむ。かなり広範囲に樹木が密集しているね。空から見ると、きっと海のようだろう」アスラが言う。「大森林より大樹海とかの方が正解だろうね」


 ほとんど道なき道を進んでる。

 地面は苔で緑色になっている部分が多い。

 多様な蔓植物が高木に絡まって、ある種の幻想的な光景を創り出していた。


「最初に目指すポイントはここ」マップを見ながら、カーロが言う。「小さな泉があるんだよ。綺麗だから、飲めるし水浴びにもいい。ただ、魔物たちもここで水を飲むから注意が必要だけどね」


 カーロは大荷物を背負っている。

 それでも歩く速度は落ちていない。普段から、この日のためにトレーニングを重ねているのだ。


「水浴びね」アスラが言う。「それって下心かい? 私の裸が見たい?」


 アスラはカーロと並んで歩いている。

 アスラの前にマルクスとユルキ。後方にサルメとレコ。最後尾にアイリスとルミア。

 イーナは先行しているので、見える範囲にはいない。

 ちなみに、サルメとレコは荷物係。2人とも大きな荷物を背負って、遅れないよう必死に歩いていた。


「ははは! 団長ちゃんの裸なんか見てどうするんだい!?」


 カーロが豪快に笑った。


「ちっ、そうだろうね。どうせ私は一部の小児性愛者か、レコみたいな年齢の近い変態にしか人気がないよ。美少女のはずなんだけどねぇ」


 アスラは男に興味がない。

 けれど、自分がチヤホヤされるのは悪い気がしないものだ。


「若い子好きは多いっすよ。団長の場合、中身の問題っすね」ユルキが言う。「本性知ったら絶対抱けねぇ」


「中身もそうだが、自分は大人の女でないと……いや、自分は純潔の誓いがあるから、どんな女にも欲情しない」


「無理するなマルクス」アスラがニヤニヤと笑う。「君の年齢なら毎日やりまくったっていいはずさ」


 アスラも20代の頃は娼婦を相手に楽しんだ。

 もちろん前世の話。今世ではまだ13歳だ。


「はは! 団長ちゃんはおませだね!」


 カーロはとっても楽しそうに言った。

 アスラたちの実力を知ってから、カーロはずっと上機嫌だ。

 と、近くの木に赤い矢が刺さった。


「おっと、排除した方がいい魔物がいるようだね。待機して」


 アスラが言うと、カーロは素直に立ち止まる。

 団員たちもみんな立ち止まった。

 ちなみに、矢を放ったのは先行しているイーナだ。

 魔物を発見した場合、3種類の矢で知らせる手はずになっている。

 赤は排除が必要。青なら素通りでオッケー。黒なら排除かつ相手が強い可能性が高い。

 魔物にも大人しい魔物と好戦的な魔物がいる。

 それらを見分けるために、イーナは出発前に魔物図鑑を丸暗記していた。

 イーナは頭が悪いわけではない。知らないことが多いから、バカに見えることがあるだけ。頭の回転は速い方だ。もちろんユルキも。

 2人ともちゃんとした教育を受けていなかったのだから、仕方ないこと。


「行くよアイリス」


 魔物を発見した場合、アスラたちはオフェンスチームとディフェンスチームに分かれることを決めていた。

 ディフェンスチームはその場に待機して、カーロを守る。

 オフェンスチームは、先行して魔物を排除、進行方向の安全を確保する。

 矢の色によって、チームメンバーが変わる。

 今回は赤い矢なので、アスラとアイリスがオフェンスで、残りがディフェンス。

 黒い矢だと、アイリスをディフェンスに回して、ユルキとマルクスをオフェンスチームに加える。

 アイリスを鍛えつつ、任務をこなすためのチーム分けだ。

 アスラがジャンプして木の枝を両手で掴み、そのままクルッと逆上がりのように枝の上に立った。

 アイリスも真似をして近くの枝の上に乗る。


「身体能力高いねー」


 カーロが感心して言った。

 アスラとアイリスは枝から枝へと移動しながら、イーナが矢を放った方向へと進んだ。

 少し進むと、イーナが木の枝の上で弓を構えていた。

 アスラは音を立てないようにソッとイーナの近くの枝に着地。

 アイリスも同じようにした。

 魔物が2匹、苔を食べていた。草食の魔物だが、好戦的で危険。ただし強さは下位の魔物に属する。

 アスラも魔物図鑑を丸暗記していた。

 魔物の見た目は、以前テルバエ軍が従えていた狼のような魔物に似ている。

 いや、狼というよりは、犬って感じかな、とアスラは思った。

 黒い毛の犬のような見た目。


 アスラはハンドサインでイーナに待てと伝える。

 イーナが矢を矢筒に戻して、弓を降ろす。

 アイリスに右の魔物を倒せ、とハンドサインを送る。

 続いて、左は私がやる、と伝えた。

 背中のクレイモアの柄に触れる。

 魔物は体毛が硬く、短剣では殺しきれない場合が多い。だからみんなそれぞれ、短剣だけでなく、殺傷能力の高い武器も装備していた。

 アスラは柄から手を離し、私は魔法を使う、とサインを出す。

 アイリスと2人で飛びかかるのは、まだ少し怖い。アイリスが信頼できない、という意味だ。

 ハンドサインは教えたが、他の団員と違って、それだけで完璧に息の合った動きができるとは思えない。

 最悪、アイリスが邪魔になるか、アイリスがミスってアスラを斬ってしまう可能性だってある。

 アイリスとの意思疎通や連携は未完成。というか、そういう訓練をしていない。今後、アイリスが魔法兵になるなら、連携を深める予定だ。

 アスラは指を3本立てて、順番に折り畳む。


 3。失敗してくれるなよ、アイリス。先制攻撃は魔法兵の基本だよ。

 2。君は強い。やろうと思えば、2匹とも倒すポテンシャルがある。

 1。まぁ、私もだがね。


 アスラは最後に残った指で魔物を指す。

 同時に、ピンクの花びらが魔物の顔に落ちて、爆発。肉片が飛び散った時には、アイリスの剣がもう一匹を捉えている。

 アイリスは飛び降りる勢いを利用して、もう一匹の魔物を両断した。

 魔物たちは何が起こったのか理解することもなく、秒単位で死骸となった。


「……アイリスやるじゃん……」


 イーナが呟いた。


「ああ。でも、ちょっと刺激が強かったみたいだね」


 アスラは枝から飛び降りて、ガタガタ震えているアイリスの肩に手を置いた。


「生き物を殺したのは初めてかね?」


 アスラが問うと、アイリスは震えながら何度か頷いた。

 爆散した魔物の血肉が、アイリスの顔に付いていた。

 アスラはそれをローブの袖で拭ってあげる。


「あたし……」

「もう終わったよ。剣を仕舞うんだアイリス」


 アイリスは震えながら、剣を背中の鞘に挿した。


「よしよし」アスラがアイリスを抱き締め、背中を何度か叩く。「辛いのは最初だけだよ。この森から戻る頃には、きっと慣れてる」


 レコのようにはいかないか、とアスラは思った。

 魔物相手でこのザマでは、相手が人間だったらアイリスの心が壊れる可能性もある。

 少しずつ慣れさせるしかない。


       ◇


 アスラたちは安全を確保したのち、泉で休憩した。

 そのまま軽い昼食を摂って、出発。

 それから日が傾くまで進み続け、初日の目的ポイントまで到達。


「今日はここでキャンプだね。枯れた王の樹」


 カーロが巨大な樹を指さす。

 周囲の樹木より樹齢が高いのは見て分かるが、すでに枯れていた。


「枯れた王の樹? なぜ枯れた樹じゃなくて間に王を入れたんだい?」


 アスラが首を傾げた。


「王みたいに堂々と枯れてるから、そういう名前を付けたんだけど、変かい?」

「変だけど、別に私には関係ないし、聞いただけだよ」


 アスラが樹の根っこにもたれて座る。

 団員たちもそれぞれ、その場に座り込んだ。


「さて、お疲れ様」カーロが言う。「日が昇ると同時に出発したいから、早く休んでくれよ? 明日の夜までには、未到の地の手前まで辿り着く計算だよ。君たちがへばらなければね」


「大丈夫だよ。私たちも結構鍛えているからね」アスラが肩を竦める。「サルメとレコは遅れたらお仕置きだよ?」


 アスラがニッコリ笑いながら言った。


「だ、大丈夫……です」


 サルメは現状でも割と辛そうだった。

 重くて大きな荷物を背負っての移動なので、普通に歩くよりも消耗が激しい。


「お仕置き、興奮する。何されるの? 遅れていい?」


 レコは元気だった。


「お仕置きするのは私じゃなくてイーナだよ? つまりイーナに任せる」

「オレ、絶対遅れない」


 レコが力強く頷いた。


「今のところ」マルクスが言う。「魔物もそれほど多くありませんし、ディフェンス組は余裕がありますね」


 全て赤い矢だったので、アスラとアイリスは少しだけ消耗している。

 オフェンスチームが出ている間に、カーロたちが襲われるということもなかった。

 比較的、平和で楽な任務と言っていい。あくまで今のところ、だが。


「そうだね。チーム編成を少しいじろう」アスラが言う。「明日は先行をユルキ。オフェンスをルミアとマルクス。残りディフェンス」


 アスラの言葉で、アイリスがホッと息を吐いた。

 ここまでに討伐した魔物の数は15匹ほど。全部アスラとアイリスで倒した。

 全て下位の魔物だったので、特に苦労はしていない。

 体力もまだ余裕。

 問題は、アイリスのメンタルだ。帰りのこともあるし、明日は休ませた方がいい、とアスラは判断したのだ。


「なぁカーロ」アスラが言う。「中位の魔物や上位の魔物に遭遇した回数はどのくらいだい?」


「んー、中位はこの先でちょこちょこ。上位は最後のポイントで一度だけ」


 カーロが荷物を降ろしながら言った。


「そんなものか」


 本当に楽な任務になりそうだ。これで経費別の20万ドーラなら美味しい。


「ピクニックで金を貰っているようなものだね。天気もいいし、景色もいい」

「団長ちゃんは本当に頼もしいね!」


 カーロが笑った。

 それから、カーロは大きなリュックを開いて、中から寝袋を出した。


「未踏の地を調査している時に、上位が出る可能性はあるでしょ?」


 ルミアが真面目な表情で言った。


「それまではピクニックさ。中位の魔物如きなら、もう怖くもないだろう?」


 アスラはみんなの顔を見回しながら言った。


「だな」ユルキが頷く。「俺らの敵じゃねーよ」


「問題は……上位……」イーナが言う。「……出たらキツイ任務に……早変わり……」


「出てくれた方が張り合いがあっていい。それに、上位の魔物を処理できる傭兵団として名前も売れる」


「乗り気じゃなかったくせに」とルミアが笑う。


「来てみたら割と楽しくてね」アスラが小さく背伸びをした。「よし、交代で2人ずつ見張りをして、他は寝る。休息も仕事のうちだ。火を焚いて、絶やさないように。万が一、火が消えたらユルキを起こして点けてもらうこと」


「自分はまだ眠くないので、最初は自分が見張ります」とマルクス。


「私だってまだ眠くないよ」アスラが両手を広げた。「でも、休める時に休むことが大切。他に最初の見張り役をしたい奴はいるかね?」


「オレ」レコが手を挙げた。「団長の寝顔見てていい?」


「構わないけど、火と周囲の警戒も怠らないように」

「胸触っていい?」

「構わないけど、激しく触って私を起こしたらしばくよ?」

「あ、団長の胸、今は家出してる? ないように見えるけど?」

「なくはない。小さいだけだよ。頭突きされたいかね? って、されたいに決まってるよね。うん。何もしないのが一番の罰だ」


 レコはアスラ・フェチなので、アスラが何をしても基本的には喜んでしまう。


「疲れましたー」


 サルメがその場にコテンと転がった。


「サルメ。みんなの寝袋を出したまえ。君の分もね。休むなら寝袋に入れ」

「はい、すぐに」


 サルメは起き上がってリュックを漁る。


「明日は中位の魔物と遭遇する可能性があるし、ユルキ、魔物図鑑はちゃんと暗記したかね?」

「したっすよー。図鑑にいねーの出たら、黒い矢でいいっすか?」

「それでいい。アイリス、こっちに」


 アスラが言うと、アイリスが立ち上がってアスラの前まで移動。


「座りたまえ」

「何?」


 言いながら、アイリスがアスラの対面に座る。


「今日はよくやった」


「……別に……」アイリスが俯く。「……殺すのって……すごく嫌な感じ……」


「だろうね。でも、慣れることだ。嫌でも《魔王》は殺さなきゃいけないしね」

「分かってるけど……斬った感触がまだ残ってて、あたし……」

「いいんだアイリス。おいで」


 アスラが両手を広げる。

 アイリスは少し頬を染めて、動かなかった。


「アイリス行かないなら、オレ行くよ?」とレコ。

「いえ、私が」とサルメ。


「……さっさと行って」


 イーナがアイリスの背後に移動して、背中を押した。

 アスラがアイリスを抱き留める。

 そしてゆっくり、優しく背中を撫でる。


「ひぐぅ……えぐっ……」


 アイリスがそのまま泣き出した。

 殺すことがよほど辛いのだ。

 それでも、アイリスは英雄だ。魔物退治は英雄の仕事の一つ。慣れなければいけない。

 まぁ、強制的な招集がかかるのは、《魔王》を除けば最上位の魔物が出現した時ぐらい。

 上位の魔物程度なら、近くにいる英雄か、あるいは仲の良い英雄3人ぐらいでサッと倒してしまう。

 もちろん、その中にアイリスが含まれる可能性だって十分にあるのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る