第2話 君らを誇りに思うよ  ゴミという意味じゃない、本当さ


 傭兵団《月花》のメンバーは、アスラ以外は全員が憲兵団本部の応接室のような場所に通されていた。


 ルミアはソファに座ってくつろいでいる。

 レコはルミアの隣に座って、そのままコテンと倒れてルミアの膝に頭を乗せた。

 ルミアは猫を撫でるみたいにレコの頭を撫で始める。

 マルクスは壁にもたれて立ち、腕を組んで目を瞑った。

 イーナは部屋中を徘徊し、色々と物色している。

 ユルキはルミアの対面のソファに腰を下ろして、背伸びをした。

 サルメはそんな様子を見ながら、戸惑っていた。


「あ、あの、みなさん……あの、外から鍵をかけられたみたいなのですが……」


 憲兵たちは、みんなの装備を没収し、この部屋に通し、更に鍵をかけた。

 逮捕する気満々なのではないか、とサルメは少し不安になっている。


「3秒で開けられるぜ、そのぐらいなら」

「……あたし4秒……」


 ユルキは肩を竦め、イーナは棚の引き出しを開けて中を見ながら言った。


「わたしはピッキングは苦手で、10秒ギリギリね」

「自分も8秒ほどですね」


 ルミアが苦笑いして、マルクスは目を瞑ったまま言った。


「え? みなさん鍵開けできるんですか?」


 サルメはとっても驚いた。


「俺とイーナは最初からできるぜ? 元々、俺ら盗賊だしな」


「わたしたちはアスラに教わったのよ。サルメもそのうち練習させられるわよ? アスラの指定する最大時間は10秒。苦労したわ、わたし」


「……本当に何でもやるんですね……」


 傭兵団《月花》はスキルの宝庫のよう。


「しかし」マルクスが目を開けてサルメを見る。「そのドアなら蹴破った方が早い」


「は、はぁ……」


 私はどっちも無理です、とサルメはドアを見ながら思った。


「立ってねぇで座れよサルメ」ユルキがソファをバンバンと叩いた。「ゆっくりしようや」


 サルメは言われた通り、ユルキの隣に座った。


「えっと……団長さんだけ別室に連れて行かれましたけど……大丈夫でしょうか?」


 アスラの治療にはみんな立ち会ったのだが、その後はアスラだけが別室に案内された。


「心配すんなサルメ。団長は見境なく暴れたりしねぇよ。いつも冷静で腹立つぐらいさ」

「……そう。取り乱したとこ見たことない」

「それに団長は円満なお別れを望んだ。騒ぎは起こさないだろう。安心していい」


「そうね。よほどのことがない限り、大人しくしているでしょうね。だから心配は無用よサルメ。くつろいでいいわ」

「……えっと、そういう意味ではなくて……団長さんが、大丈夫かなって……。暴れるとかじゃなくて、団長さんが尋問とかされてないか、って意味でして……」


 サルメはアスラを心配したのだ。アスラが暴れることを心配したわけじゃない。


「アクセル様とアスラのやり取り見てたでしょ? アスラに尋問なんか通じないわ。拷問もね」

「ついでに言うと、俺らにもな」


 拷問に耐える訓練がそのうちある、ということをサルメは聞いている。

 痛いのは嫌いだし、その訓練はとっても不安だ。


「……あたし、一度でいいから団長、泣かせたい……。何しても団長は泣かない……それどころか、ヌルい、って言われる……」


 傭兵団《月花》の団員は、拷問を施す訓練も受けるのだ。

 みんな一度はアスラに拷問しているのだが、拷問している方が引いてしまうほど、アスラは拷問されることを楽しむとみんなが言っていた。

 確かに、アクセルとのやり取りも楽しそうに見えた。

 普通、大英雄にあれだけ殴られたら泣きながら自白する。サルメだったらそうする。


「団長が泣いているところは見たことないな。副長はどうです?」

「そうねぇ、ないわねぇ。あの子、初めて出会った3歳の頃からあんなだったわよ?」


 ルミアが肩を竦める。


「恐ろしい3歳児っすね」


「ええ。わたしに対して、『敵じゃないなら私を育てたまえ。見ての通り、大人はみんな死んでしまった。私はまだ幼いから、1人では不都合が多い。だから君が育てろ』って言ったのよ? 10年経ってるから、ちょっと違うかもしれないけれど、そういう感じだったわ」


「……そんな3歳児、嫌すぎる……」


 イーナは少しだけ表情を引きつらせてから、マルクスの隣にもたれて座った。


「まぁでも、アスラに会えて良かったと思ってるわ」


 ルミアが優しい表情になる。


「自分もです。魔法兵という生き方は自分にとっては最高のものです。自分にとって、憧れの存在はジャンヌ・オータン・ララとアスラ・リョナですね」


「わぁお。世界最高の魔法戦士と、うちの団長を同列に語ったぜ」

「……歴史上、英雄の称号を剥奪された唯一の英雄……」


 ジャンヌ・オータン・ララを知らない者などこの世にいない。


「今そいつ何してんのかな? 死刑執行前に逃げたんだよね?」レコが言う。「おとぎ話の存在だよ、オレにとっては」


 15歳で英雄になり、16歳で《魔王討伐》を経験。

 17歳で祖国を独立させ、18歳で英雄の称号を剥奪され、死刑判決を受けた。

 数奇な運命を辿った史上最強の英雄。もし生きていれば、そして鍛錬を続けていれば、たぶん誰の手も届かないような存在になっているはず。


「さぁ。大虐殺のあと、完全に姿を消したわね」ルミアが言う。「噂でしかないけれど、犯罪組織を作って完全に裏の世界で活動しているという話もあるわね」


「ジャンヌは公開処刑場にいた全ての人間を殺し、逃げる時に近隣の村々で略奪を行ったとされている」マルクスが言う。「それがのちに、大虐殺と呼ばれるようになった」


「副長さんは、中央の出身ですよね? 年齢的にも、ジャンヌ見たことあります?」


 憧れと畏怖。

 輝かしい戦績と、奈落の底に突き落とされた経験を持つジャンヌ。

 彼女は中央フルセンの出身だ。


「わたしも世代だから、一応ね」

「もしかして副長、軍属だったって、ジャンヌの軍だったとかっすか!?」

「……それなら、副長が強いの納得……」


 ジャンヌの軍――《宣誓の旅団》は当時、勝利の代名詞だった。

 ジャンヌのカリスマ性や神性が高すぎて、他の者の名は一切有名にならなかった。

 それでも、全員がかなりの手練れだったという噂だ。


「中央にいた頃のことはまだ話したくないわね。いずれ、ね」


「では仕方ありませんな」マルクスが言う。「自分はジャンヌマニアですので、話してくれる日を楽しみにしています」


 みんなそれぞれ、深い過去を持っている、とサルメは思った。

 ユルキとイーナは盗賊で、マルクスは騎士団。ルミアはもしかしたら、《宣誓の旅団》のメンバー。

 それに比べて私は。

 酒飲みの父親に殴られて育ち、惨めな思いをしながらも父を庇っていたけれど、最後は借金のカタに娼館に売り飛ばされた。

 何でもない。何者でもない。

 ポンッ、とユルキがサルメの頭に手を置いた。

 そして唐突にグシャグシャと撫で始める。


「な、何するんですか?」

「いや、何か急に暗くなったからよぉ。俺らは愉快な傭兵団だぜ? 人生を楽しめよ」


「どうかしたの?」ルミアが首を傾げた。「大虐殺の被害者なの?」


「いえ、違います。私は生まれも育ちもアーニアです。ただちょっと、私、みんなに比べて何もないなって思って……」

「俺らも別に、何もねーよ」

「自分もそうだ。あるのは《月花》に所属する魔法兵という誇りだけだ」

「……サルメはちょっと、卑屈すぎる……。レコを見習うといい。ただの村人なのに、堂々としてる……」


「そうだテメェ」ユルキが言う。「何気に副長の膝枕とかマジで蹴り入れるぞ? ちょっと場所代われテメェ」


「自分も代わって欲しいが?」

「……あたし、膝枕しよーか?」


 イーナはちょっとウキウキした様子で言った。

 膝枕をしてみたいのかもしれない、とサルメは思った。


「いや、イーナはいいや」

「自分もイーナは別に」

「……ムカツク……いたずらしてやるから……」

「あ、私、イーナさんに膝枕して欲しいなー、なんて……」


 あはは、とサルメが仲裁に入る。


「仕方ない。……特別だから」


 イーナがユルキを押し退けてソファに座る。

 それから自分の膝をパンパンと叩いた。

 サルメはおっかなびっくり、イーナの膝に頭を乗せた。

 その瞬間だった。


「マァーールクゥーーース!!」


 それはまるで絶叫。

 凄まじい声量。

 ただごとではないと誰でも理解できる。

 サルメが顔を上げた時には、すでにマルクスがドアを蹴破っていた。

 秒単位で団員たちが部屋を駆け出る。

 最後にサルメとレコが顔を見合わせて、それから2人も走ってみんなのあとを追った。


       ◇


 アスラが目を覚ますと、そこは清潔で広い部屋だった。

 ベッドの隣の窓から、温かな光が差し込んでいる。

 ゆっくりと身体を起こした時、アスラは自分が全裸だと気付いた。

 枕元に水の入った桶と手拭い。

 誰かが身体を拭いてくれたのだと理解。


「団長、起きましたか」


 床で腕立て伏せをしていたマルクスが立ち上がる。

 マルクスの隣では、サルメとレコも腕立てをしていたのだが、2人とも腕立てを中断して立ち上がった。


「おや? 君は誰かね? そして私は誰だね?」


 アスラは言いながら、左手を見る。

 傷はすでに塞がっている。

 毒も完全に抜けているようだ。

 マルクスが解毒し、ルミアが傷を癒したのだと分かる。


「その冗談は笑えませんね」

「そうかい? 定番のネタだと思ったんだけどね」


 アスラが肩を竦める。


「団長!!」


 レコがすごい勢いでアスラに抱き付いた。


「おい、私は病み上がりだよ? 力一杯突進してくるな」

「くんくん、少し汗臭い団長興奮する」

「おいマルクス、このエロガキをなんとかしろ」


 アスラが言うと、マルクスはレコの首根っこを片手で掴み、そのままレコを後方に放り投げた。

 レコは床に落ちる時、ちゃんと受け身を取った。

 それを見て、そろそろ近接戦闘術を教えてやろうかな、とアスラは思った。

 魔法に関しては、毎日少しずつ練習させている。習得に時間がかかるので、コツコツやらせているのだ。


「団長さん、すごい高熱で、すごく熱くて、その、すごく……」


 サルメはオロオロと心配そうに言った。


「落ち着きたまえサルメ。私は平気だよ。マルクス、状況説明を頼む」

「はい。まずここは貿易都市ニールタの宿です」

「なぜ貿易都市に移動した?」


「例の犯罪組織、フルマフィでしたか? 連中のアジトはこっちにあるようです。そこまでは憲兵が掴んでいましたので、我々は団長を治療しながらすぐに移動しました」マルクスはチラッと視線をアスラから外す。「サルメとレコはトレーニングを続けていろ。ボヤッとしていると鉄拳だぞ?」


 サルメとレコが慌てて腕立てを再開する。


「他の連中は?」

「情報収集に出ています。ちなみにですが、団長は丸二日ほど眠っていました」

「どうりでよく寝たような気がするわけだね。アサシンについては何か分かったかね?」

「ユルキの話では、あのアサシンはアサシン同盟の者で、フルマフィと直接関係はないと思う、とのことです」

「雇われただけ、か」


「はい。しかも殺しが目的ではなかったようです。アサシン同盟は警告的な依頼も請けるようですね。ナイフの毒は致死性のものではありません。高熱にうなされますが、適切な治療で助かります」


「シルシィについては?」

「副長の判断で、24時間の警護を付け、なるべく出歩かないようにと話を付けました。依頼主に死なれては、報酬が受け取れませんからね」


「完璧だマルクス」アスラが両手を叩く。「素晴らしい。君らを誇りに思うよ」


「最善を尽くせという命令だったかと」

「ああ。そうだね。とにかくよくやった。ここまでは完璧だよ」

「そうですね。これからは、どう動きます?」


 マルクスは入り口に身体を向けた。

 サルメとレコが腕立てを止めて、アスラのベッドに乗った。

 そのまま2人ともアスラの背中に隠れるように移動した。


「入ってくるだろうから、何もするな。クソ、アホみたいに闘気を放ちやがって。もっと普通に訪問できないものかね?」


 サルメとレコでさえ、察知できるほどの闘気。

 本来の自分の能力を十全に発揮するためには、闘気を巡らせる必要がある。

 英雄になった人間は、まず闘気の扱いを教わる。

 別に秘密の技というわけでもないので、センスのある奴は自然に使うようになる。

 闘気は入り口のすぐ向こうから放たれている。

 ゆっくりと、ドアが開く。


「邪魔するぜ、嬢ちゃん」


 大英雄、アクセル・エーンルートが部屋に入ってくる。


「闘気を抑えろアクセル。君の闘気は荒々しい。私は闘気の効果を知っているから別に怖いとも思わないが、うちの子らがビビッてる」

「そりゃすまネェな。けど、テメェに会うとなるとどうしてもな」


 アクセルが手首までしかない左手を上げる。

 その手首には包帯が巻かれている。


「そうかい。いいから闘気を使うな」

「ふん。いつかテメェを闘気使った状態でぶち殴ってみてぇな」


 言いながら、アクセルが闘気を仕舞う。


「君の全力の一撃に、私の幼い身体が耐えられるといいがね」


 アスラが両手を広げた。

 謁見の間でアスラを殴った時、アクセルは闘気を仕舞っていた。登場した時に脅しのような意味合いで放っただけだ。


「それはそうと、さっさと義手を探せ。きっとカッコイイのがあるはずだよ」

「ああ、今作らせてんだヨォ。それより、話したいことがあんだけどヨォ」


 アクセルは室内を見回す。


「ま、全員揃うまで待つとするか」


 アクセルはドカッと床に座る。


「つーか嬢ちゃん、寝る時は全裸派か? 俺様もだ」


「不要な情報をどーも」アスラが肩を竦める。「私は高熱が出ていただけで、普段はシャツと下着で寝る」

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