第61話 領域ー秋の始まりー

 Play Areaを抜けてゲートを出るまで、すれ違うほとんどの子たちが退出の準備に追われながらもはしゃぎまわっていた。

 

 みんな今ここで全力で笑っておかなければいけないと妙な焦燥感を感じているのではないだろうか。夏なんて毎年繰り返されるはずなのに、今年の夏は今しかないんだってすごく強く感じて。私だけじゃない。みんな、夏を楽しむことに必死だったんだ。


 ゲートを抜けた時に前は感じた刺すような日差しを感じなかった。「あ、夏が終わる」と思った。夏の終わりにふさわしい日だった。暑さは相変わらずなのに、空が少し遠のいて、スカッとした青さではなく少し柔らかな空色が頭上に広がっていた。どうしてこんなに寂しくなるんだろう。秋の気配がにじんだ透明な光は柔らかく心地よかったけれど少し物悲しかった。


「向原先輩たのしそうじゃん」

 バスケコートの横を通り過ぎる時にミユがつぶやいた。

「そうだね」

 と、うなずいた私は先輩の姿を見ないようにしていた。


 いつも同じように開いていた駄菓子屋の扉がきっちりと閉まっていた。お休みかと覗き込むと、奥からいつものおばあちゃんがのっそりと出てきた。

「今日お休みですか?」

 おばあちゃんはゆるゆると首をふって、ガラス戸を開けて中に入れてくれた。売り物なのかよく分からないダンボールがいくつも転がっていた。恐る恐る中に入る私たちの様子を察してか、おばあちゃんは、「引っ越すことになってね、お店もうおしまいにするの」と教えてくれた。


 流れ出した時間は現実に沿って動いているのだろうか。

 ケンシと先輩に聞いてみたかった。


 私たちがそれぞれ一つずつアイスを選ぶと、おばあちゃんは「チン」という古風な音をさせるレジを操作して、「レシートいる?」と聞いてきた。これまで一度もレシートなんてもらわなかった。

「ください」

 なんとなくそう答えていた。


「あれ?ケンシー?!」

 海沿いの道をのんびりと歩いていたら、ミユが砂浜を歩く人影に気づいて大きく手を振った。そしてにんまりと私に微笑んだ。「私の勝ち」

 私たちに気づいたケンシが駆け寄ってくる。

「お前たち、ユウト見なかったか?」

「先輩?さっきバスケしてたけど」

「くそ」

 ミユが答えるとケンシが踵を返して宿舎の方にかけ戻ろうとする。慌てて呼び止めた。


「先輩どうかしたの?」

 もう一度振り向いたケンシはよく見たら額にうっすらと汗をかいている。こんな風に動き回っているケンシを見たのははじめてだ。


 ケンシは少しだけ迷うようなそぶりを見せたけど、早口でこういった。

「あいつがマリに言ったこと本当だと思うか?」

「なんのこと?」

 私の質問に明らかに苛立ちながらケンシが続ける。

「ガーディアンはいらない。あいつそう言ったよな?」

「うん。だからマリはここにいなくて大丈夫だって」

「本心だと思うか?」


 強い風が吹いた。秋を通り越して冬を感じさせるような冷え冷えとした風だった。先輩が愛おしそうに眺めていた世界が少しづつ変化していく。先輩の予定通りなのだろうか?


「あいつ、ここに残る気なんじゃないか?自分をガーディアンとして」


 ケンシの声がかすれる。

 

 先輩は昨日、私にメッセージを送ってきた。

『鍵を貸して欲しい』

 林の中でマリが私に放ってよこしたあの小さな鍵。制服のポケットにそっと手を忍ばせる。私の手の中にあるひんやりとした鍵をしっかりと握りしめる。

 





 

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