第59話 領域ー夏の終わりー

 本当はミユの様子を見に行きたかったのに、部屋に入ると身体が突然重たくなって、一ミリも動くことができなくなってしまった。ここ数日続いていた長い長い1日の中でも格別だった。


 机の上に朝の私が放り投げたままのタオルが落ちていた。ベットの上に放り投げられたPadも寝る前のミュージックがすでにセットアップされていた。ここは本当に私の部屋だろうか?朝の私がしたことすべてが霧の向こうにかすれて見える。いつの間にか自分がすべて丸っと洗われて引っ張られて叩かれて潰されて・・・そんな思いつく限りの作業をされても結局新品に戻らないまま戻された気分だった。


 とにかく眠りに落ちる前になんとかミユにメッセージだけ送っておこうと思ってスマフォを手に取った。1件、メッセージが入っていた。ミユ?

 先輩だった。

 

 チェックするのを少し躊躇する。

 脳裏にマリの姿が蘇ってくる。先輩から受け取った手紙を読んでいたあの姿。

 ゆっくりとメッセージを開く。


※※

 

 翌日の朝はすごい騒ぎだった。

 領域内のあらゆるネット回線に過去の情報が溢れかえった。まるで止められていた時間が一気に動き出したように、「攻撃」される前のこの島の人たちがアップしたり書き込んだ情報が私たちのスマフォやPadから簡単にアクセスできた。


 好奇心でみんながアクセスし、こぞってそのサイトをSNSにアップした。

 

 当時の町の人たちがまるで「今この島にいるように」情報が動いていく。1時間で1日進むくらいのスピードで、どんどん夏が過ぎていく。みんながPadから目を離さないから授業どころじゃなくて、管理官たちは私たちからPadを引き離すことに必死だった。


「マリはもういないよ」

「でしょうね」

 私はミユと一緒にPlay Areaにいた。今起きていることは間違いなくその影響だろうと、過ぎてしまった思い出を眺める気分で周囲のみんなが騒いでいるのを眺めながら、昨日あれから起きたことを話した。


 興味があるのかないのか。マリがいなくなったことを喜んでいるのかいないのか。ミユはほとんど反応を示さずに私の話を聞いていた。Play Areaにいるほとんど全員がスマフォを操作して顔もあげずに会話している。時々画像を見せ合いながらも、各自のスマフォを覗き込んだままで嬉々とした表情を浮かべている。


 スマフォを覗き込むことなく話しているのは私とミユだけだった。

 蝉の声がわんわんとなっていたけど、あまりに一斉に鳴くせいか、無音にも思えてきた。夜の潮騒と同じだと思った。夏はいつの間にか私たちの一部になってきていた。


 私の話を聴き終えたあと、管理官たちが走り回り、私たち生徒全員に緊急招集がかかったところでミユはようやく私の顔を見た。


「ひまりはなんで今でも向原先輩のそばにいようとするの?」

 先輩のことが好きだから。先輩のことが心配だから。先輩に頼まれたから。ここまできたら最後まで見届けるのが義務だから。頭の中で考えられた回答がいろいろ飛び交うけれど、結局どれも選べなかった。

「わかんない」

 私が正直にそういうと、ミユはむすっとした表情をした。けれど、怒ってはいないようだった。

「私はわかるけどね」

 ミユが呆れたように言って立ち上がった。

「まぁ、いいよ。ずっと先輩のことが好きなふりし続けられるよりはマシだし」

 悪いけど先に行く、と席をたったミユを追いかけられなかった。まっすぐにミユの目を見て「どういう意味?」なんて聞けない。 


 あとどれくらいの時間ここでこうして過ごせるのだろうか? 

 もう直ぐきっと終わってしまう。

 そう実感した時、彼ともう一度話をしたいと思った。


 ケンシと。

 先輩のそばにいればケンシの目に入るから。それが私の心にすんでいる本当の答え。とても自己中心的で全然純粋じゃない。

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