第58話 領域ー夜行ー
海の上に白い道を作るように伸びた月の光が、私たち3人の歩くアスファルトをしらしらと照らしていた。橋の奥からカサカサと乾いた音と、昼間に耳にするのとは異なる種類の鳥の声が聞こえていた。鳥の声は低く寂しげで、帰る場所を見失ってしまった迷子のように聞こえた。
「静かだなぁ」
先輩がのんびりとした口調でつぶやいた。
「こんなに海鳴りがすごいのに?」
ケンシが呆れたように言い返す。
「海は俺たちの一部みたいなもんだろ」
ケンシはその言葉を無視したようにも見えたし、微かに頷いたようにも見えた。
私は数歩前を歩く二人の後ろ姿を見つめながらずっと黙ったまま歩いていた。本当は私はここにいるべきじゃなかったんだろう。それとも、一歩引いて出来事を見るための第三者が必要だったのだろうか。
宿舎が見えてきたとき、先輩が少しだけ心配そうに私を振り向いて言った。
「吉川、大丈夫?」
「大丈夫です」
先輩がゆっくりと微笑む。
「付き合わせて悪かったな」
私は黙って笑いかえした。朝起きたら、いつも通りの朝が来て、きっと先輩はまたみんなに囲まれながらバスケをして、私はミユに冷やかされながら一生懸命に応援する。そんな毎日が帰ってくるはずだ。
夜はもう十分だった。
こんなに綺麗な夜が続いたらどうしようもなく何かを渇望してしまう。その何かはきっと一生わからない。わからないまま苦しさだけがきっと残るんだ。すでに飲み込めない感情が私の中でぐるぐると回り続けている。
ゲートの前で、扉が開くのを待っている間にふと気づいた。この扉は、何かから私たちを守っているのではなくて、私たちからこの世界を守ろうとしていたんじゃないかな。
ゲートが軋みながら動き出すと、扉の向こうから月の光とは違う強い刺激を持った光が私たちを照らした。ケンシも先輩も顔を背けることなくその光を見つめている。きっと私も同じだ。
帰り道。
誰もマリの話をしなかった。
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