第57話 領域ー渡せなかった手紙ー
ゆっくりと夜が降りてきた。
白い光が世界を満たしていく。
「はじめて見ました。『夜』」
「夜?」
私の言葉にマリが不思議そうに首をかしげる。うまく伝えられるか自信がない。
「本物の。宿舎だと明かりがついてて結構明るいから。こんな風に何にもない場所ははじめてです」
あぁ、とマリが深くうなづく。
「わかる」
「ほんと?」
マリはこんな風に『夜』を過ごすことは珍しくなかったんじゃないだろうか。だから、ここにもこんなに魅力的な夜が残されている。
「ここの島のは特別。私も帰ってきた時に驚いた」
マリが両手で輪を作るようにして顔の前に掲げる。
「だから、絶対忘れないって思った」
見てごらん、と言って手で作った輪を私の顔の前に寄せる。
マリの手のひらの中で月があふれんばかりに輝いていた。
「すごい!」
自分の貧弱な語彙力が残念すぎる。白く輝く月の光が周囲のすべての闇を押し出すように輝いていた。
「ふふ。ハンドパワー」
マリの言葉に隣で黙って座っていたケンシが吹き出す。
「それ、前にも見た記憶があるし」
「ケンちゃんの記憶もここで生きてるってことでしょ」
ケンシは何も言わなかった。マリの声を聞き流すようにして、足元の砂を片手で掴み上げてさらさらと落ちる砂を眺めていた。小さな砂の一粒一粒に誰かの記憶が詰まっているのかもしれない。
「あいつ、遅いな」
ケンシがぽつりとつぶやいた。
先輩はさっき、「少し待ってて」と言って桜の木の方に向かって行ってからまだ帰ってこない。
先輩は。やはりここに残るためにきたんじゃないだろうか。マリになる前のマリは、マリの代わりに先輩がここに残ろうとしていると言っていた。でも。今のマリは、きっとずっとここに残るのだろう。ずっと。それは一体どれくらいの長さなのだろうか?
もう一人のガーディアンと?
先輩はもう一人のガーディアンになりたいのではないだろうか?
まだ姿を見せないもう一人のガーディアン、高橋さん?は一体どんな人なのだろうか。
「お待たせーい」
戻ってきた先輩は泥だらけの缶を持っていた。遠い昔に見た記憶のある懐かしいキャラクタが描かれている。
「お前、なんでそんなの持ってるんだよ」
「掘ってきた」
ニッと笑うと先輩は「俺の宝もの」と言って、何枚かの折り紙を取り出した。
「先輩かわいい」
私は先輩の可愛さに泣きそうになる。
「ユウト、折り紙好きだったもんね」
箱の中をマリが楽しそうに覗き込む。
「あ、これ俺のシール・・・」
ケンシがキラキラと光るシールを見つけて、手に取る。
「ばれた?宝ものと、俺の秘密が詰まってるから」
「お前、知らないって言ったくせに」
「まとめて謝ろうと思ってさ」
私とミユとマリは顔を見合わせて、笑いだす。
「な、ここは本物だろ?」
先輩が光るシールをケンシから受け取りながら、妙に爽やかに言い切った。ケンシは少しだけ眉をひそめて反論でも考えようとしているように黙ったが、小さくうなずいた。
「そうかもな」
その言葉を聞いて、マリが一番嬉しそうだった。
「で、これはお姉ちゃんに」
先輩は不器用に折られた折り紙を取り出した。
「あ、手紙だ」
マリが懐かしそうにつぶやく。この折り方、確かに幼稚園で先生が作ってくれた。クシャリとゆがんで入るけど、丁寧に一生懸命折った後がある。
「先輩が作ったんですか?」
「折ったのは俺で」
マリはおられた折り紙を「開けていいの?」と嬉しそうに開き始める。
「書いたのは高橋くん」
先輩の箱の中に他にも自分のものがないか確認していたケンシが顔を上げる。
「たかはし、くん」
マリの表情が消える。ガラス玉のような瞳が手紙をスキャンするようになぞる。
「開けてみて」
マリはゆっくりと手紙を開いた。
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