第48話 領域の向こう18

ミズキが必死で作業を続けていると、部屋の外で言い争うような声が聞こえた。スタッフの佐々木が誰かともめているようだ。怯えた島の人がここにかくまってもらいに来たのだろうか。


「島の人なら入れてあげて!地下のシェルターなら安全だから早く案内してあげて」


 ミズキは手を休めずに佐々木に指示した。

 声が止み、誰かが入ってくる気配がした。佐々木が適切に案内してくれるだろう。


 そう思ったら、

「じゃあ、ミズキはどうするんだよ」

 予想していなかった声が頭上から降りてきた。


「・・・高橋」

 高橋の後ろで苦笑する佐々木の姿が見えた。高橋は珍しく息を切らし、しっとりと汗をかいているようだ。


「走ってきたの?港から?」

 高橋は黙ってうなづく。その様子を見たらなんだかおかしくなってしまった。笑いながら、でも作業は再開する。


「高橋は馬鹿だなぁ」

「お前もな。逃げないの」

「・・・これだけやったらね」 

「うそつけ」


 手を止めることなく、ミズキは高橋の顔を見る。何事にも興味なさそうないつも通りの表情だ。ふと、ミズキの机に貼ってあるユウトの手紙に目を留める。


「手紙」

「この前、ユウトが書いてくれたの。いいでしょ」


 普段通りの会話を続けている方が作業が進む。

「俺のは?」

「え?」


 ミズキが首をかしげて、高橋に尋ねると、高橋は一瞬不思議そうな顔をしたけれど、目をくるりとコミカルに動かして、

「あいつめ」と楽しそうに呟いた。


「なに?」

「俺もお前に手紙書いたんだよ」

「え?ほんと?」

「ほんと。今度、渡すからさ。読みたいだろ」

「読みたい」

「読むまで、絶対に離れるなよ」


 ほんの一瞬、ミズキは手を止めた。高橋がこちらを見る。最後のコードを入力するとミズキはふんわりと微笑んだ。


「絶対読ませてよね」

 高橋が微笑んで、わずかに唇を開いた。その時、窓の外を怪訝そうに見る。何かに気づき、叫んだように見えた。ミズキを振り向いて、高橋がまっすぐに手を伸ばす。


 真っ白な光に包まれる前のスローモーションのような映像だった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る