第47話 領域ーガーディアンの正体①ー

 女性管理官に掴まれた手がじんじんと痺れるように痛み出す。

「どこにいるのかしら?ガーディアンは?」

 ゆっくりと、小さな子供に言い聞かせるような柔らかな声音で彼女はもう一度尋ねてきた。


 知りません、そう答えたかったのに言葉が出てこない。しびれるような手の痛みだけが私の中で確かなもののように感じられて、この痛みを感じられなくなったらもう何も考えられなくなりそうだった。


 ヴィィィィイーン


 鈍い機械音のようなものが響いた。

 

 何かが起きた。

 そう思ったのは私だけじゃなくてどうやら女性管理官も同じだったようで、怪訝そうに周囲を見渡し、ほんのわずか私の手を掴んでいた力が緩む。私が彼女の手から逃れた瞬間、まるでタイミングを見計らったかのように事務所の明かりが消えた。明かりが消えたというよりも、突然夜が降ってきたような暗さに包まれる。


 暗闇の中で女性管理官が大声で叫ぶのが聞こえた。

「何が起きたの?」

 誰も明確な答えを持たずに他の管理官たちも右往左往している気配が真っ暗中でも感じ取れる。

 どうしたらいいんだろう。一体何が起きたのかわからない。その時、一瞬だけポケットに入れていた先輩のスマフォが振動した。ぎゅっと強く握りしめる。世界につながる唯一の出口のような気がした。


 その瞬間。


「ひまり!」

 囁くように私の耳元でよく知った声が聞こえた。

「ミユ?!」

 思わずそう問いかけた途端、誰かが私の体を強く引っ張った。抵抗する間もなく、深い穴の中に落ちるような感覚に襲われる。

 

 一瞬、体が浮いたと思った次の瞬間、腰から床に叩きつけられるように落ちていた。

「いたぁ」

「お前、重いんだよ」

 冷ややかな声が聞こえると同時に、それまで私の背中に添えられていた暖かな手が離れていった。この手の感触は知っていた。前にも同じように支えてくれた手だった。

「ケンシ?」

 私の呼びかけに見慣れた仏頂面でケンシが面倒臭そうに振り向く。いつも以上に眉間のシワが深い。全力で呆れているか怒っているかしていそうだ。さっき見ていた女性管理官の方がずっと柔らかい笑顔を浮かべ続けていたのに、ケンシの怒った顔を見て、泣きそうなくらいにほっとした。


「ひまりー」

 ミユが私に抱きついてきた。私もミユに抱きつき返す。

「ありがとう」

 ミユが私が連れて行かれたことをケンシたちに伝えてくれたに違いない。ミユの暖かさがじんわりと私を包んでいく。


「ごめんね、ちょっと乱暴なやり方になっちゃって」

 別の声が聞こえた。

 確かに耳にし他ことがある声音なのに、頭の中で知っている誰とも結びつかなかった。


 目の前に、知っているけど初めて会う表情を浮かべた少女がいた。ショートカットのさらりとした髪を揺らし、心配そうに私を覗き込む。大きな綺麗な瞳は生き生きとして輝いている。


「マリ?」

 そうつぶやいた私の声に、目の前の少女が大きく頷いた。


「はじめまして」

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