第46話 領域の向こう17
恩師の顔が消え、画面が目まぐるしく変化する。ミズキの背後から佐々木の安堵した声が聞こえてくる。
「すごい。セキュリティが回復しました」
画面上にシンプルなパネル操作のインストラクションが表示され、恩師の声が聞こえてきた。
「次の攻撃くらいまではもつだろう。システム転送のための大よそ設定は完了している。あとは“ガーディアン”の設定だが、」
「このインストラクションですね」
「そう、そのとおりで問題ない。あとはヘッドフォンからながれる特殊な電波が誘導してくれる」
「分かりました」
「グッドラック」
「バス先生!」
声が消える瞬間、ミズキは恩師に呼びかけた。無機質な灰色を帯びたスクリーンに恩師の顔がぼんやりと浮かび上がる。
「質問は一人一つだよ?」
研究室で学生たちに囲まれていた時と同じように恩師が微笑む。次々と溢れてくる好奇心をどう処理しようかと困惑する学生たちに、結局はどこまででも根気よく付き合ってくれた。
ミズキもそうやってたくさんのことをこの恩師から学んだ。聞きたいことなんて数えきれないくらいたくさんあった。今でもたくさんのことがミズキの頭の中を駆け巡っている。それなのに、何も言葉が出てこない。
「マリ・ミズキ?」
恩師の柔らかな声が心地よく耳に響く。そして、ミズキはずっと彼に尋ねたいと思っていたことを思い出した。
「先生は必ず人をフルネームで呼びますね?」
「名はとても大切なものだからね」
ミズキは自分の大切な相手を思い浮かべる。
「わたしはいっつも、ファミリーネームで相手のことをよんでます。彼もおんなじ。もっと親密になるにはファーストネームで呼び合うことが大事でしょうか?」
「ふむ」
少しだけ考えるようなしぐさを彼はしたが、すぐに微笑んだ。
「その場合は、ファミリーになってから考えるのもいいだろう」
「適当ですね」
「自身の主義主張をわたしは人に押し付ける気はないからね」
恩師は画面の中で微笑む。
「それに、君は自分のファーストネームを誇りに思っているだろう?美しい良い響きだ。自分で、自分の道を選びなさい。マリ・ミズキ」
「はい」
ミズキの言葉に恩師は満足げにうなずいたように見えた。でも、それはスクリーンが消えていく瞬間に見た幻のような感傷かもしれない。
「佐々木君、代わる」
「ありがとうございます」
今はとにかく前に進むことだけを考える。
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