第45話 領域ー世界の変え方③
「世界を変えようとしてはダメ」
そんなことは嫌という程知っていたはずなのに、佐々木さんにそう言われたときに、なぜだか私はこう尋ねていた。
「なぜですか?」
そんなに大きな声を出したつもりはなかったのに、ひんやりとした事務所の中で私の声は異質なもののようにざわりとした感触を持って響いた。奥で作業をしていた何人かが手を止めて私を振り返る。佐々木さんは、大丈夫、と言うように他の人たちに手を上げてみせると、長い髪をゆっくりと搔き上げて私に顔を寄せた。
「いつかわかる」
いつものポーカーフェースとは別の表情がほんの少しだけ覗いて見えた。「いつかわかる」という言葉は大人がよく使う、その場しのぎの言葉だ。でも、佐々木さんは本当にそう信じているように見えた。私に言い聞かせるというよりも、彼女自身もそう信じて「いつかわかる」と思って過ごしているように感じた。
「佐々木さんも、」
そう問いかけた時、事務所の奥から見覚えのある女性がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。昨日会った女性管理官だった。佐々木さんは私の視線を追ってちらりと後ろを振り向き、席を立って私に向き直った時はいつもの完璧なポーカーフェースに戻っていた。
「ご苦労様」
女性管理官は佐々木さんにそうにこやかに挨拶すると、私の前の席に腰掛けた。微笑みを浮かべたままゆっくりと指を組んでその上に顎をのせてじっと私を見つめる。
「またお会いしたわね」
ゆっくりと目尻にしわがより顔じゅうに笑いが広がっていく。写真や絵で見たら、もしかしたら満面の微笑みを浮かべた優しげな女性なのかもしれない。でも。目の前に差し出された笑顔を長い間見ていたくなかった。
怖い。
人形が笑っているようだった。
耐えられなくて目をそらす。
ふふふ、と言う優しげなささやきのあと、
「怖がらないで。私はあなたの味方だから」
女性管理官はそう言ってそっと私の方に手を伸ばす。引っ込めようとした私の手を痛いくらいの力を込めてつかむ。
「ガーディアンはどこにいるのかしら?」
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