第49話 領域ーガーディアンの正体②ー

「マリ?」

 私が知っているマリと目の前で微笑む少女が同一人物とは思えなかった。さらりと流れる短い髪もボーイッシュな雰囲気も寸分変わらないのに、表情がまるで違う。

 

「お前さ、なんで勝手な動きをするんだよ」

 バカみたいにマリを見つめたまま動けない私に、ケンシが容赦なく怒りをぶつけてくる。ケンシが怒るだろうことは予測していたけれど、少しだけ時間が欲しい。何が起きたのか、とりあえず教えて欲しい。


 そんな私の思いを完全に無視してミユとケンシが続ける。

「しょうがいないよ、ひまりは向原先輩の言いなりだもん」

「だからって、お前」

 と、ケンシがそれでも私に文句を言いたそうに続ける。ケンシの長めの前髪の向こうから真剣な目がまっすぐに私をみていた。


「お前、またあいつにあったんだろ?」

 スー、と体が冷えるような感じがした。女性管理官に掴まれた腕に鈍い痛みが残っていることに気づく。

「気づいたか?あいつらが何を考えているのか」

 高台から見た海の光景が脳裏によぎる。おもちゃのような小さな船が水平線にむかって消えていく。私が気づいたこと。それはきっとケンシが気づいたことと同じなはずだ。

「ガーディアン・・・」

 私が言いかけた時、叱るような声が割って入る。

「こら、ケンちゃん!そんな風に女の子を責めちゃダメでしょ!」

「ケンちゃん?!」

 私とミユが同時にケンシを見つめる。その可愛らしい響きにちっとも似合わない渋い顔でケンシがマリを振り返る。

「その呼び方はやめろよ・・・」


 私に詰め寄る時とは全く違った勢いのないケンシの反論をマリは軽やかに無視して、少し真面目な顔で「状況を整理しないと」とつぶやくと、マリは勢いよく立ち上がった。


「ひまり、ちゃんだよね?まずは何をしたのか教えてもらってもいい?」

 年は変わらないはずなのに、まっすぐな瞳は未来をどこまでも見通せそうに輝いていて、彼女にだったら全てのことを安心して任せられるような気がした。


 落ち着いて周囲を見回すと、この前ケンシとマリとあった林の中の小部屋だった。ぎっしりと詰まった本はあの日と同じように美しく鎮座している。


「なるほど。やっぱりユウトだったんだ」

 マリは私の話を聴きおえて、天井を仰ぎ見るようにしてゆっくりと大きく瞬きをした。

「じゃぁ、今度は私の話」

 そう言って、マリは軽やかにPCを操作して、画面を私たちに示す。ウィン、という軽い音が響く。次の瞬間、あふれるように次々とたくさんの「手紙」が表示された。幼さの残る小さな文字と絵手紙から始まって、何枚も何枚も。

 

 ケンシが息を飲む。

「届いたよ」

 マリがそう言って、愛おしそうに画面を撫でながら柔らかくケンシに微笑んだ。私のところからはケンシがどんな表情をしているのか見えなかったけれど、マリはその表情を見て少しだけ目を大きくして爽やかに笑った。夏空の似合う眩しい笑顔だった。


 先輩の言動を思い出す。先輩は、ずっとこの笑顔がみたかったんだな。早く先輩と彼女を合わせてあげたいと思った。素直にそう思えた。


「この手紙が私を起こしてくれた。ここに転送された時からほとんど眠った状態だったんだ」 

 そう言ってマリはしげしげと自分の手足をながめてから髪や顔をさわる。

「若くない!?」

「今更かよ・・・?」

 ケンシが呆れたように突っ込む。


「びっくりだわ。ま、いいか。えっと、じゃあ次はミユちゃんの話?」

 ミユがいきなりの名指しにびっくりしたように自分を指差す。

「私!?」

「そう、お願いできる?」

「いいけど」

 ミユはちょっとだけ気まずそうにマリを見てから、私に視線を移す。


「私は、ひまりが管理官に連れて行かれた後、宿舎に走って戻って、ケンシをずっと探し回った」

 ミユはそう言いながら今度はケンシに微笑みかけて、ケンシの腕をつかんだ。

「見つけた時は絶対に逃がさないと思った」

「すごい勢いだったな」

 ケンシとミユが笑いあう。ミユの白い手がケンシの腕に添えられたまま軽やかに揺れる。なぜだか少し息苦しさを感じた。


 ミユが私をふりかえる。にっこりと微笑んた。

「ケンシ、ひまりのことはもう大丈夫だね。先輩もついてるんだから、そっとしておいてあげなよ」

 私の曖昧な微笑みを見て、ミユがほんの少しだけ目を細めたように見えた。


 面白そうにミユとケンシの様子を見ていたマリは、ふーん、と含み笑いをしてから、すっと真面目な顔に戻ってまた話し出した。


「で、ケンちゃんがここにきて、二人が私を見てびっくりしてる好きに、私はちょっとだけ世界に細工したんだ」

 なんでもないことのようにマリがそう言った。

 世界に細工?


「ガーディアンは二人いるの」

 

 マリがまっすぐ私たち3人を見つめる。大きな瞳は世界を丸ごと吞み込めそうなくらい深い色をしていた。


「高橋と、私」


 

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