第39話 領域ー秘密の部屋の秘密④
ケンシが顔をあげてもう一度繰り返す。
「ここは過去の時間そのものなんだよ」
先輩が、「ここにこれてよかった」とつぶやいた時のことを思い出した。先輩が言っていたのはただこの場所の事ではなく、過去の時間そのものだったのだろうか。
「タイムトラベル・・?」
そうつぶやいたら、
「お前、バカか・・?」
呆れるを通り越して気の毒なものを見るような目でケンシが私を振り返る。
「もっと現実的に考えろよ。過去を誰かが完璧に再現してる。島にいた人の記憶を利用して」
「島にいた人って・・・」
私はマリに視線を戻す。マリは私とケンシの会話をきにすることなくPC作業を続けている。ずっと何をしているんだろうか。
マリが作業を続けながらつぶやいた。
「高橋」
「え?」
「高橋がここを作った」
※※
「その管理官が、『高橋』っていうの?ずいぶん平凡な名前じゃない?男?女?」
マリのことだけは伏せて話し終えると、ミユがそう言って首をかしげた。
「わかんない。ケンシはとりあえずここの弱点みたいなもの探したいみたい。だから、紙の持ち込みとか試してたらしいけど、別にどうってことないみたい」
「ふーん」
ミユは特に興味なさげにつぶやいて水平線に目をやる。
うっすらと雲が広がり、先ほどよりも日差しがやわらいできた。ミユがまだ動きたがらなかったから、私は海に目をやった。波に合わせて白波が輝き、ときどき魚のようなものが跳ねるのが見えた。まだ浅瀬にしか行っていないから、魚を直接見たことはなかった。初日に、男の子たちが魚をさわったと騒いでいた。どんな手触りがするのだろうか。機械のような色味をしているのをVRではみたから固いのかもしれない。そんなことを考えていたら、遠くに小さく船が通るのがみえた。時間がとまってみえるくらいにゆっくりと海を横切っていく。
この集落もたとえ復元されたものであっても構わないのではないだろうか。実物そっくりに再現された世界は何がいけないんだろう。なぜケンシは執拗にここを嫌うんだろうか。
ミユがまだわかんないの?という顔を私に向ける。
「結局さ、ケンシも、そのガーディアン?っていうのに会いたいんでしょ。アプローチは全然違うけど」
ミユが弾むようにして立ち上がって、制服の裾についた土を払う。
「ひまりはとりあえず、先輩の味方するんでしょ?今もわけわかんない人探して歩いてるし」
私も立ち上がってミユにならって土を払う。湿り気のあるひんやりとした土は手に吸い付くようにまとわりついて、払っても払ってもなかなか落ちていかない。
「ミユは?」
「私は当然ケンシ。正直、ここがどうなるのかどっちでも私はいいんだ」
ミユらしいな、と思った。
「あ!」
「なに」
「船だ」
「だれか乗ってるの?」
「わかんない」
ミユは、ふーん、と言って少しだけもう一度水平線に目を向けたけど、そんなに興味はなさそうだった。白い船は目をはなすと幻のように消えてしまいそうにはかなくちいさくみえた。
「あの船、どこにくのかな」
「さー。とりあえず、私たちこそどこ行く決めようよ。ひからびちゃうよ」
ミユが不機嫌そうに言う。わかった、とかえしたけどもう少しだけ動きたくなかった。船の行き先には何があるのかなんだかとても気になった。
「ひまり?」
ミユが少し心配そうに私の顔を覗き込む。
船の行き先を見つめ続けながら、ケンシの言ったことは本当なんだと実感した。ゆっくりと通り過ぎていく白い船。
ケンシはこういった。
「文字は世界を変えるために生まれたんだ」
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