第12話 領域ー禁じられた行為①

 2回目の領域。

 ミユがマリにまつわる噂を懇切丁寧に教えてくれた。


「知ってる?」

 そう言って、ミユは私のベットに転がりながら声をひそめた。

 誰も聞いていないことを確認しているようなふりをしながら、誰かに聞いてもらいたくて仕方がない。普段はwebの中でスルスルと流れるように飛び交っていく噂話がここではこんな風に顔を寄せ合うようにして語られる。


「あの子さ、去年もここにいたんじゃないかって評判なの」


「なんで?」

 

ミユが枕を抱えて嬉しそうに私の耳元に口を寄せる。

「友達の友達の先輩が、名簿に載っていない子がいたって言ってたの。なんの記録もなくて、管理官たちが慌ててたらしいよ」


「友達の友達の先輩・・・」

 私が不審げにつぶやくとミユがちょっとムッとしたように起き上がる。


「私も都市伝説的なもんだと思ってたわよ。・・・ここに来るまではね」

 ミユが言葉を切ってポーンと枕を私に投げてよこす。

 小さくため息をついたミユはもう笑っていなかった。

「じゃあ・・・」

「そ。あの子、名簿に載ってなかったんだよ。初日の講義の時にリストアップされてなくて、管理官たちが確認に来てた」


少しだけ肌がひんやりとした。

「・・・システムエラーでしょ?」


ミユが黙って私を見てから、くるりと仰向けに寝転ぶ。

「かもね。でも、エラーならエラーって言いそうなもんじゃない?管理官たちもしばらくオタオタしちゃってみっともなかったなぁ」

ミユがその時の情景を思い出したようにくすくすと笑う。


「なるほど。じゃあ、別にあの子が悪いんじゃないんだ」

「違う!一番変なのはやっぱりあいつよ」

 私の言葉にミユが、わかってないなぁ、と言うように眉をしかめる。


「あの子、その間ずっと平然としてたのよ。じっと一人で動かずに座ってんの」

 ミユが一瞬言葉を切って、ゆっくりと言葉を探すようにして続ける。

「世界が自分に合わせて変わっていくのを待ってるみたいだった。・・・感じワル」

 ミユは吐き捨てるように言って枕の上に顔を伏せた。


 世界を変える。


 そんなことは・・・

 考えようとするだけで肌が泡立った。


 遠い彼方の箱に封じ込めたはずの小さな頃の記憶がうっすらと影を伸ばそうとし始めたのを感じて、深呼吸をする。


 窓の外から木々のなる音が聞こえる。よく耳をすませば遠い海なりの響も聞き取ることができる。窓を開けたらきっと心地の良い風を肌に感じることができる。


全部。

ここにある全部が、今では特別なものになっている。

世界を変えようとした結果、大切なものが失われてしまった。


ミユは眠ったように動かなかった。泣いているのかもしれないと思った。涙を流さず。過去からすり寄ってくる記憶を堰きとめるために。

なんでミユがマリのことを毛嫌いするのか少しだけわかった。 


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